第16話 そして二回目

「その、自力で、こちらの世界に戻ってきたのですか?」


「そうだよ」とあっさりとクロスは答えた。

 

 でも、少し寂しそうだった。悲しみの色が滲んでいる。


「カタリナさんは、転生する前は何て名前だったの? 問い合わせて、少し調べてみることはできると思う。転生後、こっちで何があったか知りたい?」


 クロスは、自分のことを気にかけているのだと感じた。


「片瀬里奈です。異世界転生したのは当時、十九歳です」と言いつつ、思い出して笑みが溢れる。


「カタセ・リナって、カタリナと似ているな」


「そうでしょう? 私、転生した赤ちゃんの時に、両親の名付けにツッコミたかったです。小学校の頃、外国人の名前をあだ名にして呼び合うのが流行ったことがあって、その時もカタリナだったんですよ!」


 その話を聞いて、クロスは声を上げて笑った。カタリナもそれが嬉しかった。誰にも言えなかった小さな面白い秘密を共有できたのだから。


「クロスさん、お気持ちはありがたいですけど、ずいぶん昔のことです。調べてもらうのは、今はいいです。審査合格者に異世界転生の説明で毎日していますが、こちらの世界では自分は死んだことになっていますよね。自分のお墓、いや前の自分のお墓ですかね。それを暴くのは気分がのらないです。お墓参りもしたいとは思えません。まだ生きていると思ってますから」


 クロスは理解を示してうなづき、微笑んでくれた。


 その後は、クロスと異世界話で盛り上がった。エルフの森の古いしきたり、冒険者ギルドの変な依頼、各地の名産などだ。クロス先輩の秘密について、もっと知りたい気持ちもあったけれど、従兄弟と実家の田舎話で盛り上がるような楽しさには負けてしまった。


「ミュートロギアの神樹については、知ってる?」とクロス。


「いえ。あれ? でもその言葉には聞き覚えがありますね。どこで聞いたのだろう」


「天道院君が言っていたね」


「あ、それですね。でも、異世界でそんな場所あったかな……」


 そんな話で盛り上がっている中、定時を告げるチャイムが鳴った。今日は金曜日だ。お互い自由時間を尊重することに、なんとなくなっているので、今日はお開きになった。


 クロスが異世界転移者だったというのは驚きだ。どうやってこっちの世界に戻ってきたのか。授かったスキルが関係しているのだろうか。自力でと言っていたし。


 授かったスキルについて、カタリナは他の人に話したことはない。自分のスキルの内容を知れば、他人は自分とはコミュニケーション取りたいと思わないだろう。心が読まれているなんて、気分は良くないはずだ。


 そう考えて異世界にいた時も秘密にしていた。知っていたのは母だけだ。父が亡くなった後で、密かに伝えた。人に明かさずにいなさいと言われたのを鮮明に覚えている。


 自分のスキルは明かせないのに、クロスのスキルを知りたいと思うのは、少し礼儀に欠けるだろうなと考えていた。


 *


 翌日、天道院について申請二回目の面接があった。カタリナは自分の端末で、二人のやり取りを観察していた。前回とほとんど変わらない結果をクロスが伝えた。それを聞き、天道院はひどく落ち込んでいた。


「前回見せてくれた、翡翠はどうなりましたか?」

 クロスが丁寧に聴いた。


「はい。輝きは強くなっています」

 と、天道院はそう言うと、前の面接と同じように、翡翠のペンダントを定期的に撮っていた写真を画面上に並べた。確かに以前よりもはるかに強く輝く様になったことがわかった。


 クロスはしばらく考え込んで、彼に言った。


「君も、転生・転移管理事務所の職員にならないか?」


 唐突にもほどがある。天道院は、目を見開いて驚いている。少し間があった。やっと言われたことを飲みこめたようだ。そして、カタリナ自身も驚いていた。ひょっとして、このために人件費の予算を確保したのか。


「あの、それはどういう意味でしょう? ぼくは、すでに仕事は間に合っていますが」


「……行動する勇気さえあれば、世界は変えられる」


 クロスは机に両肘を置き、顔の前で手を組んで言った。いきなり文脈に関係ないことを言ったのに、真剣に天道院の顔を見つめている。


 天道院の顔が少し緩んだ。心の色は黄色が滲んでいる。何か嬉しいことがあったのだろうか。


「どうして……その……」

 天道院は何かを言いかけたが、言い直した。


「えっと、どうして、ぼくを誘うんですか?」


「うちの事務所は今、人手不足なんだ。優秀な人には声をかけてようと思っていてね。といっても、君が一番最初だけれど」


 天道院は少し考えさせてくださいと応じた。クロスは、気持ちが固まったら、ここに連絡してほしいと電子名刺を画面越しに送った。


 クロスさんは、どうして天道院を誘ったのだろう。


 確かに、異世界転生の申請書をみると、とてつもなく優秀な青年だとわかる。


 仕事はテック系で起業しているらしく、二十代と若いのに社長だった。AIにその会社のサイト、ニュース、SNSなどを調べさせた。業績が伸びている順調な会社のようだ。


 優秀な人材を欲するのはわかるけれど、勢いあるベンチャーの社長が地道で地味な事務処理勤務を選ぶだろうか。霞ヶ関の端にあるさびれた雑居ビルなんて似合わない、と思った。

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