第17話 お見舞い

「どうして、彼を事務所に誘ったんですか?」


「天道院君に道を示したかったのさ。彼が本気で異世界に行きたいのであれば、若くして得た社長の座も捨てないといけないからね。昏睡状態の彼女を探しに、いるかも分からない異世界をさまよう。本気だとしたら、すごいよな。こちらの世界に戻って来れるとも限らないのに。しかも、手がかりは『ミュートロギアの神樹』と『翡翠のペンダント』だけなんだから」


 カタリナは思った。本当にそうだろうか。クロスには嘘を示す灰色が見えない。でも、話していることは上辺だけのような気がした。


 彼を勧誘した理由は別のところにあるのではと、カタリナは感じた。


 二回目の異世界転生申請でも、天道院の審査は合格にならなかった。もし彼が異世界転生できたとしても、向こうでは赤ん坊でのスタートになる。幼少の時に自由はない。簡単に探しに行くことはできないだろう。両親の監視もあるし、そもそも体力がないからだ。


 カタリナは、転生した時の自分の経験をふり返る。確かにそうだったと、確認するようにうなづく。


 そして、仮に見つけられたとしても、彼女は天道院だと分からないだろう。


 だとしたら、異世界転移という手しかないが、彼のスコアだと半日しか許可されてない。あの翡翠が虹色に輝くようになったとしても、異世界で『ミュートロギアの神樹』という場所へ辿り着くのは、時間的に非常に困難なはずだ。


 カタリナは『森の騎士』の称号を得た後、冒険者になった。エルフの森のしがらみから抜け出して、自由になった。


 各地を旅してまわったけれど、『ミュートロギアの神樹』なんて場所は聞いたことがなかった。でも、レグナ王国のある地方がそういう名前だったような気がする。神樹というくらいだから、シンボルになる様な大きな樹があるのだろう。


 仮にわかっていたとしても、異世界転移はスタートの位置が決まっている。オプトシステムを介して選択できるのは、安全とされている王都や都市に限定されている。


 そこから、旅をする時間は、天道院には許可されていないのだ。転移した先の都市で観光して半日なんてあっという間に終わってしまう。


 カタリナはわからなかった。クロスは何を考えているのだろう。何故、天道院を誘ったのだろう。何がしたいのだろう。


 *


 クロスは、仕事を終えると、自宅とは逆方向の電車に乗った。乗り継いで女神ヶ丘駅で降りる。そこから徒歩十分のところにある女神ヶ丘病院が目的地だった。


 病院の正門から入らず、守衛が見守る裏口から入る。転生・転移管理事務所の写真入りIDカードを守衛に一応見せるが、顔パスだった。この病院には、異世界転移者の昏睡対応病棟がある。その三階の奥にある病室へと向かう。すでに面会可能な時間は過ぎている。あたりはとても静かだった。薄暗い中、自分の靴音が鳴り響く。


 個室の病室に入り、静かにドアを閉める。ベッドに近づいた。そこで寝ている女性をクロスは見つめる。若い二十代の女性。毛先は茶色だが、黒い髪は長く伸びていた。


 左腕には点滴の針が刺さっており、右手の人差し指には脈拍や血中の酸素濃度を測るパルスオキシメーターが指先に噛み付くように付いていた。近くには他にも医療機器が設置されている。


 ベットの枕元にある名札には、「来元美琴くるもとみこと」とある。


 パイプ椅子がベッドの横に置いてあった。クロスはそこには座らずに立ったままで、ベッドで静かに眠る彼女をじっと見つめていた。


 今日もおそらく面会時間内にここに来て、パイプ椅子に座って、美琴に話しかけていた人物を想像する。そして、目を閉じる。あの時、泣き崩れてた人を思い出す。自分の胸が締めつけられる痛みを感じる。


「ごめんな。ずいぶん時間がかかってしまった……。でも、大丈夫。もう少しだ」


 そう美琴に話しかけて、クロスは静かに病室を出た。

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