エクストラ・エピソード

第56話(Extra Episode 1) 二つ目の秘密

 病室でのレン君とミコトさんの再会を見届けた後だった。


「カタリナさん、ありがとう。君がいたから、上手くいったと思う」


 そう言ってクロスさんは、病院の廊下で私に向かって頭を下げた。


「いいえ、とんでもない。お役に立てて、光栄でした」


 すこし慌てて、私もお辞儀をする。


 ミコトさんを取り戻せて、レン君に再会させることができて、本当に良かった。


 こんなこと、他の仕事では味わえないだろうなと思う。この異世界転生に関わる仕事に就けたことが、あらためて嬉しかった。


「そうだ。クロスさん、たまにはビール飲みましょうよ。最初の一杯は、私が奢りますよ」


 ふふ。私は知っているのです。クロスさんがお酒を控えていたことを。そして、何より、乾杯してお祝いしたい。クロスさんの頑張りを知っているから。そして、私にとっても、それはとても大事なことだからだ。


「お、それ、いいね。お言葉に甘えようかな」


 心の色が黄色だった。喜んでくれている。私も嬉しくなる。



 もう日は落ちていた。女神ヶ丘病院を出て、二人で駅に向かう。駅までは十分くらいの道のりだ。


 これまでをふり返ってみると、クロスさんから冒険の話を聞いて、今回、異世界に行ってきて、謎だらけだった彼のことを随分と知ることができた。


「リーゼさん、とても綺麗な人でした。そして強い人ですね。王位継承に勝たれて女王になられます」


「ああ、ミコトからも聞いたよ。本当に感心する」


 夜道で横に並んでいるからクロスさんの顔はわからない。そして、心の色は見るまでもない。喜んでいるに決まっている。


「戴冠式はこれからだそうです。お仕事休んで、行ってあげてくださいね。事務所は私とレン君に任せてください」


「ああ、もちろん。事務所は任せるよ。ほんとはさ、今すぐにでも向こうの世界に行きたいくらいなんだ」


 そんな話をしているうちに、女神ヶ丘の駅前に着いた。


 駅前のロータリーには自動運転のバスやタクシーが行き来している。ベンチが均等に並べられた広場には、この街を象徴する女神像が立っていた。天使のような羽を持つ女性が立って祈りを捧げている姿。そんな銅像だ。


 女神ヶ丘駅は乗り換え駅であるため、夜はにぎやかだ。お洒落な街として有名なのだが、駅の近くには居酒屋が並ぶ横丁がある。


「ここにしましょうか?」

「ああ、そうしよう」


 適当に目についた大衆居酒屋に入る。二人がけのテーブルに案内された。テーブルにある端末から注文をする。ジョッキの生ビールを二杯。それに、枝豆、焼き鳥、だし巻き玉子、フライドポテトも頼む。


 ビールが届いた。そして、枝豆も。


「クロスさん、乾杯しましょう。本当にお疲れ様でした!!」


「ああ、お疲れ様!」


 ジョッキとジョッキが軽くぶつかり、心地よい音を立てる。クロスさんと一緒にビールを飲んだ。


 仕事の後の生ビールはやはり美味しい。でも、それだけではない。私にとって、これは特別な乾杯でもあるのだ。


 焼き鳥やだし巻き玉子が届いた。フライドポテトはまだだった。


「ひさしぶりの向こうの世界はどうだった?」


 クロスさんが尋ねてくれたので、いろいろ報告する。クロスさんが来るものだと思っていたリーゼさんの機嫌が悪かったこと、レン君がリーゼさんが女王になったと見抜いたことなどだ。


 クロスさんは相変わらずゆったりと聴いてくれていて、どんどんと話してしまう。ただ、リーゼさんが怒っていた話には、顔がひきつっていたけれども。


 そして、魔族エグゼン・プラーとの戦いも報告する。


「事前に作戦コードを覚えてなかったら、勝てませんでした。本当にありがとうございます」


「役に立って良かったよ。……リーゼたちを助けてくれて、ありがとう」

 

 それから、私は二杯目のビールを注文した。


 クロスさんは、「久しぶりだったから」という理由で、お酒はやめてコーラに切り替えた。


 フライドポテトが届いた。熱々だ。


 魔族のエグゼンが言っていたことも共有する。勇者にかけられた魔王の呪い、分割された魂のこと。クロスさんは真剣に聴いてくれた。


「レン君に、変わったことはなかった?」


「えっと……エグゼンとの戦いで一度倒されかけたのですが、リーゼさんに回復されて……最後はレン君がとてつもない強さを発揮して勝った感じでした。なんだか別人のような強さというか……」


 クロスさんの心の色は青色で冷静だった。柔らかな表情だったけれど、眼はいつになく真剣だ。


 あの時のレン君の心の色は、輝くような強い色だった。でも、このことは報告できない。


 スキル『心が触れた色』のことは、秘密だ。


 でも、とても気になる。あれは初めて見る色だったから。虹色というかプリズムというか。あれは何だったのだろう。


「教えてくれて、ありがとう。何はともあれ、ミコトを取り戻せて、レン君と再会させることができた」


「はい。クロスさんの目的も達成されましたね。私が言うのも変かもしれませんが、長い間、いろいろお疲れ様でした」


 それを聴いた彼は、嬉しそうに微笑んでくれた。心の色も黄色だ。


「もうちょっと何か注文しようか」


 そう言って、クロスさんは刺身の盛り合わせや豚しゃぶサラダを頼んだ。


 その後も二人でいろいろと話した。クロスさんとリーゼさんたちの冒険譚は聴いていて楽しかった。


 何より、それを話すクロスさんが楽しそうだった。私も嬉しくなる。きっとこういった話をすることを、ずっと我慢していたのではと思う。


 いつになく、クロスさんは自分自身のことを話してくれている。


 私は聴き役でいい。それが彼に対する一番の労いだと思ったのだ。



 程よい時間になり、居酒屋を出る。駅の改札を通り抜けた後、乗る電車が異なるので、そこで別れることになった。


 クロスさんが「じゃ、お疲れ様。また明日からよろしく」と言って、背を向けて歩き出す。


 その後ろ姿を、私は見つめる。


 彼に対して、私の秘密は二つになった。

 一つは、スキル『心が触れた色』だ。


 そして、もう一つはさっきの乾杯だ。


 剣をささげる儀式ではなかった。

 誓いのさかずきでもなかった。

 ビールジョッキだった。


 でも、私は誓った。

 

 クロスさん、私はあなたの騎士です。

 これからもよろしくお願いします。


 そう心の中で呟き、彼の後ろ姿に向けて丁寧にお辞儀をした。

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