第44話 旅立ち

 翌日の昼過ぎ、ヴィルヘルムがリーゼの屋敷に来た。クロスが向こうの世界に旅立つと聞きつけて、見送りに参加するためだった。


 屋敷の中庭で、クロスはリーゼと一緒にヴィルヘルムを待っていた。


「お待たせした」とヴィルヘルムは丁寧にお辞儀をする。


「すいません。急に呼び出すような形になってしまって」

 クロスは謝った。そして、ヴィルヘルムに伝える。


「俺の剣を預かってもらっていいですか?」


「ああ、もちろんだ。ミコトの剣も預かっている。一緒に管理しておくとしよう」

 それを聞き、クロスは彼に剣を渡した。


「このバイカラー・トルマリンに込めた魔法を使えば、向こうの世界に行けるはず」

 クロスは手に持っていたその宝石を二人に見せる。


 だが、気持ちは揺らぐ。

 

 向こうの世界に戻りたくない。何もなかった虚無のような生活をしていた、あの世界に帰りたくない。思い出したくない記憶が急に頭の中を満たし、苦しくなる。息が続かなくなって水中から顔を出す様に、昨晩のリーゼとのことを思い出す。


  ……リーゼのそばに、ずっといたい。



 そのクロスの険しい、苦しそうな顔を見て、リーゼが告げた。


「……クロス、我が騎士として命じます。必ずミコトを取り戻しなさい」

 荘厳で覇気ある力強さがこもった言葉だった。


 彼女の顔を見た。見つめ合った。クロスは、なんとかうなづいた。


「それから、我が騎士、クロス、ヴィルヘルム。聞きなさい。私は、この国のになることを、ここに誓います」


 その言葉に二人は驚いた。リーゼは続ける。


「ミコトは最後に『あなたの国を守った』と私に言ってくれました。その言葉の意味をずっと考えていました。……ミコトが、私に覚悟をくれました」


 リーゼは黙って決意していたのだろう。だから、ミコトが欠けた後、静かな強さを感じることが多かったのだ。


「ヴィルヘルム、私に変わらぬ忠誠と今まで以上の尽力を求めます。よろしいですね?」


「御意」


 そして、少し間をおいてから……


「……私が女王になったら、ミコトなら『さすが、私のリーゼ。すごいよ!』と褒めてくれると思いませんか?」

 と、リーゼは微笑んで言った。


 その言葉に、二人も微笑んだ。


 クロスは、いつの間にか自分の中から怯えや恐れが消えているのに気づく。


「それに、女王になれば、どなたと結婚しようと誰も文句は言えないでしょう」

 リーゼは、クロスをしっかりと見つめて言った。


 それを聞き、ヴィルヘルムがクロスの顔を見て、しっかりとうなづいた。彼の顔は誇らしげだった。


「リーゼ、ありがとう。騎士として命じてくれて。それから、君の覚悟を伝えてくれて。必ず、ミコトを取り戻そう」


 クロスは、リーゼとヴィルヘルムの顔を順番に見てから、一礼した。泣きそうな気持ちを抑えながら、最高にカッコつけなくてはと思って、背筋を伸ばす。


「では、いってきます」


 右手に持ったバイカラー・トルマリンが強く輝き、クロスの身体を包みこんだ。そして、天高く白い光が伸びる。次の瞬間、その光と共にクロスは消え去った。


 転移する瞬間、クロスはリーゼが涙を浮かべていたのを見逃さなかった。


 必ずやり遂げる。君の元へ、必ず帰る。

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