第43話 心を伝える勇気

「いつ、向こうの世界に行くのですか?」


 先にリーゼから話かけてきた。ティーカップを見つめて、波紋が揺れるのを見てから答える。


「明日にでも。決心が揺らがないうちに。そして一日でも早く……」


 そして、クロスはリーゼを見つめた。いつも以上に綺麗な顔に思えた。鼓動が高鳴っているのがわかる。


「一人で行くのですよね」

 リーゼの視線を気にしながら、静かにうなづく。


「今日、話をする時間を取ってくれて、ありがとう。向こうの世界へ行く前に、きちんとけじめをつけないといけないと思ったんだ。あの時、ミコトが消えた時、『王家の翡翠をくれ』と言ったことだ」


「ええ。この国では、特別な意味になりますね」


「翡翠の所有者を君から俺にすることで、魔法を上書き、つまり他の魔法を込められる。そのためだった。他の宝石ではなく、あの場にあった最も魔力と想いを込められる質の高い宝石が、王家の翡翠だった」

 リーゼがうなづく。少し寂しそうに見えた。


「あの場では勢いだったかもしれない。なんとかしないとって、必死だった。でも……」


「……でも?」


――行動する勇気さえあれば、世界は変えられる。


「……リーゼ、俺は君のそばにいたい。騎士としてではなく、君にとって特別な人になりたい。俺は君が好きだ。だから、あの時の言葉は、この国での特別な意味でもある。いきなりで申し訳ないのだけれど」


 彼女の顔を見つめる。顔が熱くなる。心臓の鼓動が鼓膜に移動して鳴っているようだった。リーゼは目を逸らさずに、クロスを見つめている。


 クロスは少し震える指でプラチナの指輪を二つ取り出した。片方の指輪にはネックレスのチェーンが付いている。


「君と俺は身分が違いすぎる。王女様と異世界から来た身元不明者だ。ぜんぜん違う。一緒に冒険ができたのは、奇跡みたいなものだ。騎士にしてくれたのも……」


 言葉に詰まる。でも、自分の気持ちをきちんと伝えられている。なんとか続ける。


「……だから、お願いだ。成すべきことを達成して、必ず君の元に帰ってくる。約束の印として、これをずっと持っていて欲しいんだ」


 そういって、ネックレスのチェーンが付いたプラチナの指輪を差し出した。


「もう片方は、クロスが持っていくということですよね。でも、どうして私のだけネックレスに?」


 クロスは、自分のいた世界では婚約したら左手の薬指に婚約指輪をつける習わしがあることを伝えた。だけど、この世界ではそういう習わしがあるのか、少し不安だったから、身につけやすい形にしたと添える。


「それに、君はレグナ王国の第三王女だ。君の立場を悪くすることにならないようにも」


 すると、リーゼはクロスの手から指輪を取った。ネックレスになっていない方のだった。そして、クロスの左手を取ると、その薬指に指輪を差し込んだ。


「お心遣い、ありがとうございます。この国でも結婚している証として左手に指輪をつける風習がありますよ」

 そう言った後、リーゼはクロスを見つめて続けた。


「私、リーゼ・マリア・レグナは、クロス・マサトをお慕いしています」


 その言葉を聞いて、舞い上がるようなしあわせを感じた。自分が彩られた世界の中心にいる気がしたのだった。


 指輪が付いたネックレスを彼女の首に静かにかける。リーゼはネックレスに付いた指輪を手に取り、クロスの顔を見て、微笑んだ。


 そして、立ち上がった二人の影が重なった。その夜、二人は同じ部屋で過ごしたのだった。

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