第38話 彼女の覚悟
「あの黒い瘴気で強化されているんだよね」
ミコトは、リーゼに確認した。
「そうです。普段であれば縄張りに入らない限り、魔物は襲ってこないものですが、あきらかに凶暴になっています」
それを聞き、ミコトはうつむき、黙り込んだ。そして、短い髪を揺らしてから、顔を上げて言った。
「……だったらさ、逆転の一手がある。あの黒い瘴気に対して『符号反転』を使う」
「な、何を言ってるんですか! あれは厄災そのもの」
リーゼは、ミコトの言葉が信じられなかった。ミコトのスキル『符号反転』は効果があるかもしれない。でも、その対象はあまりに強大だ。
「無理です。今は何とか逃げられる手を探しましょう」
親友を危険に晒したくない、その一心でリーゼは言いながら、何か打開策をと思考を巡らせる。
「私一人じゃ無理。でもね、リーゼ。私を助けて。二人でならやれる。大丈夫」
ミコトはそう言うと、大声で叫んだ。
「コード、四・三・一!」
四は救護、回復の意味だ。そして、三はミコトを示す。一はリーゼだ。ミコトの回復をリーゼが行うという指示。
「リーゼ様、ミコトがやられたのか?」
ヴィルヘルムが声を上げた。
「私は平気。これから、黒い瘴気、厄災に対して『符号反転』を使う」
リーゼに代わって、ミコトが答える。
「バカな。無理だ。俺たちが足止めするから、二人だけでも逃げろ!」
クロスは叫んだ。
「行動する覚悟があれば、世界は変えられる! いくよ、みんな!」
「その口癖は、覚悟じゃなくて、勇気だろ! ミコト、お前は元の世界に帰るんだろ。未来があるんだろ。ここで命を賭けるな!」
クロスが、その想いを叫ぶと同時に……。
「『符号反転』、全開!!」
ミコトは両手を前にかざし、黒い瘴気を睨んで、スキルを発動させた。
魔物にまとわりついた黒い瘴気が反転し、次々と聖なる光に変わり魔物たちを弱体化させる。
ヴィルヘルムの斬撃がことごとく魔物を屠っていく。クロスの雷撃も多数の魔物を仕留めていった。
魔物にとって、瘴気にあてられて強化された状態、つまりプラスの状態だったのが、一気にマイナスへと反転し弱体化したのだ。
厄災の黒い瘴気が退いていくにしたがって、劣勢だった状況が好転していく。
だが、同時にミコトの魔力と体力はどんどん減っていく。リーゼがミコトに寄り添い、回復魔法を全力でかけ続けている。
そのリーゼの魔力も減っていった。厄災の瘴気は退いていくが、森一つを消し去ったほどの大きさだ。
「クロス、ルビーのスキルを解除して! 私の魔力を回復させて!」
リーゼが叫んだ。
即座に、クロスは解除する。ルビーの指輪に残っていた魔力がリーゼに注がれた。
「ヴィルヘルム、悪いがこの場を任せていいか? ミコトを回復し続けないと」
それを聞いたヴィルヘルムは、応える。
「では、これも使え」
そして、クロスにアイオライトの髪飾りを投げた。受け取ると、リーゼとミコトの元に駆け寄る。
弱った魔物は、ヴィルヘルムが片付ける形となった。単身で多くの魔物を相手にしている。
ミコトは、両手を前にかざしたまま、黒い瘴気に向かい合っていた。額には汗が滲み、呼吸も苦しそうだ。リーゼは、彼女を支えるようにして、回復魔法をかけ続けている。
クロスは、アイオライトの髪飾りをリーゼに渡し、『眠れる宝石』を解除した。アイオライトの輝きは失われ、そこに残っていた魔力がリーゼに注がれていく。
『符号反転』は、マイナスをプラスに無理やり変える力。
厄災によって腐食した大地も、黒い瘴気が退くにつれて、元に戻っていく。それにつれて、黒い瘴気を目的に集まっていた魔物も離散していった。
「クロス、またお願い」とリーゼが懇願する。
クロスは自分が持っていたアメジストの指輪のスキルを解除して、リーゼの魔力を回復させる。
同心円上に広がっていた厄災の黒い瘴気は、その半径を狭めていき、視認できないくらい小さくなっていく。空にあった雷を伴う暗雲もいつの間にか消え去っていた。
「やりました、ミコト」
リーゼは素直に喜んだ。魔物たちも、もういなくなっていた。ヴィルヘルムがこちらへと駆けつけてくる。
「……ごめん。まだ、終わってないの。……わかるでしょ。まだゼロに戻せただけ」
ミコトは、苦しい表情のまま、そう告げた。
『符号反転』は、マイナスをプラスに無理やり変える力。
厄災の瘴気を消し去ったが、スキルの使用はまだ完了しない。『符号反転』のスキルは、容赦なくミコトの命を削り、奪おうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます