第37話 厄災
それから、クロスは延々とミコトの惚気話を聞くことになったのだった。若くして起業家を目指していて、社会課題に対しても意識が高いらしい。それでいて、物腰は静かで顔も良く、文武両道。まったく非のづけどころがない人物の様だ。
クロスは、自分とは正反対な人なんだなと思った。ミコトの方が先に惚れ込んだと思いきや、意外にも彼の方から告白してきたらしい。この快活で周りに元気を与えるミコトは、同性異性問わず好かれるのだろう。
リーゼとヴィルヘルムが合流してくれなかったら、きっともっと話は長かったかもしれない。クロスは、惚気話からなんとか解放された。親友のリーゼとはこういう話をもっとしていそうだ。
「万が一厄災から逃げる手段として、行けるところまでは馬車で行きましょう」
リーゼが提案した。反対する者はいなかった。
*
村で聞いていた道を進むと、やがて小高い丘に出た。事前に聞いていたのは、そこから一望できる森の一部が枯れて腐っているとの話だった。
だが、現実はそれ以上の事態になっていた。すっかり森そのものがなくなっていたのだ。
木々は枯れ腐り落ち、むき出しになった大地からは黒い湯気のような瘴気が漂っている。そして、その瘴気に惹かれるように、多くの魔物が集まっていた。ゴブリン、スライム、人面樹、スケルトンなどが群がっていた。空にもハーピーやガルーダといった半人半鳥の魔物が舞っている。
魔物たちは、黒き瘴気にあてられ、通常よりも禍々しさが増している様にも見えた。おそらく同心円上に広がっている厄災の中心部からは、黒い瘴気の渦が竜巻のように立ち昇っていた。その空には暗雲が立ち込めていて、時折、光と共に雷鳴が響く。
尋常ではない状況に、四人は言葉がなかった。そして、これは『厄災』だという確信があるのに、その言葉を誰も口に出せずにいた。
ミュートロギアに入ってから、魔物に遭遇しなかった理由がはっきりした。この厄災の瘴気を感じ取り集まっていたのだ。クロスの手は震えている。三人を見ると、皆、丘から見える壮絶な光景から目を離せない様だった。
「……こ、これはおそらく『腐食』の厄災かと思います」
リーゼが、なんとか状況を三人と確認するために声を出した。
「大地を腐らせて、瘴気を放っている。間違いないでしょう」とヴィルヘルムも答える。
彼の額には、汗が滲んでいる。
「……聞いていた話よりも深刻だね。森の一部どころか、……森がもうなくなってる」
ミコトの声も弱々しい。
「この厄災による大地の侵食は、思っていた以上に速い。すぐにでもテルミヌスの村の人々を避難させないと」
クロスは、何とか冷静に対応できることを考えて、促した。
「でも、この広がり方だと、あの村だけじゃすまないよ。ひょっとしたらもっと早く被害にあってしまう集落があるかもしれない」
ミコトも、なるべく平静を装って言った。
しかし、四人が判断する間もなく、ことは急転した。
黒い瘴気にあてられた魔物たちが、一斉に丘の上にいる四人をめがけて駆け上がってきた。普段の冒険の旅で出会う見慣れた魔物たちだったが、その目には狂気の色が宿り、獰猛さが増している。
尋常でない数の魔物が、丘を駆け上がってくる。
「コード、八・五!」とリーゼが叫んだ。
八番台は、パーティの逃走の指示だ。五は一丸となって四人まとめてという意味。離散するのではなく、パーティの体制を維持したまま、逃げるという指示だ。四人は置いてきた馬車の方へ向かおうと走り出した。
だが、走り出したのも束の間、空からハーピーとガルーダの強襲を受ける。ヴィルヘルムは両手剣で、クロスは雷の魔法で強襲を退けたはいいが、迎撃に手間取っているうちに、丘を駆け上がる魔物たちに追いつかれてしまった。
四人は、応戦せざるを得ない状況になった。
クロスは、ムーンストーンの首飾りを握り、宝石に蓄えられた魔法を一気に解放する。魔法で生み出された幻影の霧が、広範囲に多くの魔物たちを包む。魔物たちは同士討ちを始めた。そこにアメジストで強化された強力な雷撃を当てていく。
「ヴィルヘルム、これを使ってくれ」
クロスは、アイオライトの髪飾りを投げ渡した。
行動強化の魔法が込められている。即座に魔法を発動させたヴィルヘルムは、通常以上の速度で両手剣を振るう。剣身に捉えられた魔物は斬られながら、吹っ飛んでいく。飛ばされた魔物が他の魔物にあたり薙ぎ倒されていった。片手剣を振るような軽さで、重量ある大きな両手剣を振るい、周囲の魔物を次々と倒していく。
リーゼは、ルビーの指輪で強化された炎の魔法を放ち、ミコトは風の魔法で精度を上げた弓矢で、空を飛ぶ魔物を堕としていく。空からの強襲は数も多くなく、二人の活躍によって退けられた。
だが、丘を駆け上がってくる魔物はまだ無数にいた。ヴィルヘルムとクロスが前線で防いでいるが、逃げる余裕はなかった。二人の体力と魔力で、いつまでも前線を維持できるかわからなかった。周囲からも魔物は迫ってくる。
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