第51話 今日一日は、まだキミに夢中でいさせてね

 僕の思う雨霖うりんさんの熱中というのは……応援することだった。だからサポーターとか追っかけとか……そういったことを始めれば良いと提言するつもりだったのだ。

 

 雨霖うりんさんは……須田すださんのバスケ大会を見て熱中していた。自分の行動を変えてしまうほどの衝撃的な光景を見たのだ。それを夢中になったと言わずになんというのか。


 そのための僕の大会出場。雨霖うりんさんはすでに観戦や応援に夢中になっているということに気づいてもらうための策だった。


 しかし大会を見た雨霖うりんさんが語ったのは「教師になる」という言葉。


 いったいどういう心境の変化だったのだろう。


 雨霖うりんさん自身もまだ話がまとまっていないようで、ちょっとしどろもどろだった。


 だけれどもちろん待つ。急かしたりはしない。だって……僕はいつも待ってもらっていたのだから。


「キミの試合を見てね……思ったの。たしかに私は試合を観戦したりして……熱中してた。月影つきかげさんと須田すださんの試合とか……キミの試合を見ることに夢中になってたと思う」


 それは伝わってくれていたようだ。試合観戦の楽しさは雨霖うりんさんにも気づいていたようである。


「でもね……それはきっと、どんな試合でも熱中できるわけじゃないんだと思う。たまにスポーツ中継を見るけれど、そこまで熱中することはないんだ。もちろん楽しいんだけれどね」


 ……家にテレビもないのにスポーツ中継とか見るのか。動画投稿サイトとかかな? あるいは友達の家とか……まぁそれはどこでもいい。


 さて、では雨霖うりんさんが熱中できるタイプの試合とはなんなのか。


「今回この大会に熱中できたのは……キミがいたからだよ」ああ……なるほど。なんとなくわかった。「須田すださんのときもそうだったんだよ。私は須田すださんのこと気になってたから……たまに話しかけたりしてたの。それで仲良くなって……大会に懸ける思いとかも伝わってきてた」


 だからか……だから雨霖うりんさんは熱中できた。

 

 その大会の出場者に……のだ。

 知り合いかもしれない。友達かもしれない。恋人かもしれない。親友かもしれない。


 ありきたりな風景でも、我が子や知り合いがいれば特別な光景に変わる。運動会だって見ず知らずの子供たちが競技をしているのを見るより、我が子がいる運動会を見たほうが真剣になれるだろう。


 だから……雨霖うりんさんは教師になると言っている。


「もしもだよ? もしも私の教え子が……こうやって大会に出てたら、きっと私は全力で応援する。その度に熱中して……きっと感動すると思う」だろうな。常に試合観戦とかすることになるだろうな。「それに……キミが言ってくれたよね。広く浅く知っていることは私の長所だって」

「そうですね」


 広く浅くの雨霖うりんさんだからできることがある。


「だからね。子供たちにいろいろな競技の入り口を紹介してあげることができると思うの。それで……協力してあげることができると思う」だろうな。共感して、褒めてあげることができるだろう。「その子が伸び悩んでたら、師匠とかも紹介できるかもね」

「師匠……?」

「キミとか」……ゲームで伸び悩んでたら、僕がそのこの師匠になるわけだ。「ほかにも須田すださんとか月影つきかげさんとか……たぶん呼んだらきてくれる。他の競技にもアテはあるし……きっと、私に向いてる職業だと思う」


 ……雨霖うりんさんが教師か……たしかに向いてる職業だと思う。


 いろいろなことの入り口を知っている彼女だからこそ、無限の可能性を持つ子どもたちに未来を見せてあげられると思う。


 唯一……生徒たちの初恋を奪ってしまう可能性があるけれど……まぁそれも淡い青春か。その恋が成就したとしても……それはそれで青春か。

 ……いや成就したら困る。それって僕がフラれてるって事だ。それはダメだって。


 ともあれ……雨霖うりんさんの夢は……熱中は伝わった。


 ならば僕が言うことは1つだけだ。


「応援してます」たとえどんな苦難の道になったとしても、僕は応援している。「できることなら、一番近くで応援したいです」


 いつまでもずっと……というのはまだ言わないでおこう。


「遠回しだなぁ……もっとストレートにどうぞ」

「……」本当に……からかっても面白くない人だな……「わかりましたよ……」


 ちょっと……恥ずかしい。試合の緊張が消えてきて正気に戻ってきている。


 ……まぁ正気の状態での告白じゃないと意味がないよな。勢いだけの告白ではダメなのだ。


 ということなので……一度深呼吸をしてから、


「好きです」ストレートにってことは、これしかないよな。「僕の……恋人になってくれると、嬉しいです」

「うん」


 言葉の瞬間、雨霖うりんさんの体が近づいてきた。

 なにをするつもりなのかと思ったら……そのまま抱きしめられた。


 女性とハグしたのなんて生まれて初めてだった。あんまりにも驚いて、息を呑んでしまった。大会の決勝より緊張してる。心臓が爆裂しそうだった。


「ねぇ……」雨霖うりんさんのささやくような声が僕の脳をとろけさせる。「ありがとう」

「……な、なにに対するお礼でしょう……」

てんゆうから、依頼されてたんでしょ? 私の夢中を見つけてほしいって」

「……知ってたんですか?」

ゆうはわかりやすいからね」しずかさん……挙動不審だったんだろうな。「まぁてんは……私にバレることも承知の上で計画をしてたんだろうけどね。あの子は……いつもなにかを企んでる人だから」


 ……なんとなくわかる。雨霖うりんさんグループで頭脳派はしずかさんだと思っていたのだが、おそらく本当は地平ちひらさんだ。絶対に敵に回したくないタイプだ。地平ちひらさんを本気で怒らせたら勝てる気がしない。


「私には思いつかないことだったよ。恋人を作るなんて、考えたこともなかった。それを気づかせるために、てんは一計を案じたんだろうね」雨霖うりんすずに恋人を作るという計画を。「でもね……当然、嫌いな人となんて恋人になりたくないからね」

「遠回しですね……もっとストレートに」

「……キミ、チャットじゃなくてもそんな感じなんだね……」自分でも驚いている。「好きだよ。そんなの……わかってるでしょ?」


 わかってはないけれど。今でも雨霖うりんさんが僕のことを好きだというのが信じられないけれど。


 オタクが好きなんじゃなくて、なにかに夢中になっている僕が好きなのだと雨霖うりんさんは言ってくれた。

 ならば僕は夢中であり続けよう。挑戦し続けよう。彼女に嫌われないためにも。


 雨霖うりんさんはそのまま僕の胸に顔を埋めて、


「私は……あんまり成績も良くないからね。これから勉強したりとか体力つけたりとか……ちょっと忙しくなると思う。明日からでも行動を始めるつもり」

「……じゃあ、お互いに忙しくなりそうですね」


 僕も次の大会に向けて練習を始めるつもりだった。この大会に出場していた数人と連絡先を交換したので、オフラインでの練習にも力を入れるつもりだ。

 

 雨霖うりんさんと恋人にはなったけれど……まだまだお互いの夢がある。そこまでベッタリはできないようだ。


「そうだね……私もキミも、夢中を見つけてしまったのだからね」僕はゲーム。そして雨霖うりんさんは教師という夢。「でもね……」

「なんですか?」

「今日一日は、まだキミに夢中でいさせてね」

「……へ……?」


 いよいよ僕の青春キャパがオーバーして頭から煙を吹きかけた瞬間、雨霖うりんさんに手を引っ張られた。


「お話、聞かせてよ。今日の試合のこととか……これからのこととか。ね? いいでしょ?」

「あ……あの……」これからのことってどういうことですか……「あ、あ、あの……会場の片付けを手伝わないと……」

「あ、そうなんだ。じゃあ私も手伝うよ。それからお話しようね」


 そのときの雨霖うりんさんの笑顔があまりにも眩しすぎて……しばらく彼女の顔を見れなかったのは内緒の話。顔が真っ赤になっているのを他の出場者にからかわれながら、滞りなく会場に後片付けは終了した。最後の仕上げは設営したプロたちに任せる形になるだろう。


 そしてそのまま……一緒に帰ることになった。新幹線で隣の席に座って帰宅することになった。地平ちひらさんとしずかさんは気を利かせて時間をずらしてくれたようだった。


 新幹線の中で、雨霖うりんさんが言う。


「よくよく考えたら……まだ私達って、あんまりお話してないんだよね」


 それもそうだ。まだ出会って間もないし、この1ヶ月は練習で忙しくて話せていない。

   

 だからこそ……今話そう。


 それから雨霖うりんさんに……いろいろな話をした。大会に関することとか、これからの未来のこととか。俎上そじょうさんにどうやって言い訳しようかとか。

 

 ……そうか……俎上そじょうさんとの約束、どうしよう。優勝できなかったし……これからも絡まれ続けるんだろうな。まぁ……しょうがないな。甘んじて受け入れよう。


 なんにしても……僕の人生、かなり変わったものだ。高校に入学した頃は、なんの面白みもない灰色の青春を送ると思っていたのに……

 

 気がつけば隣の席に美人で優しい恋人が座っている。ずっと出場したかった大会に出場して、準優勝という成績までもらってしまった。


 今でもまだ夢なのではないかと思っているくらいだ。


 それもこれも……


「キミが私を助けてくれたから、今があるんだよね」雨霖うりんさんも僕たちの出会いの頃を思い出していたらしい。「そう考えると、俎上そじょうさんにも感謝しないとね」

「ポジティブですね……」もうしゃべることも怖くない。「1つ訂正すると、最初に僕を助けてくれたのは雨霖うりんさんですよ」

「そうだっけ? まぁ、そんなこと忘れたよ」お礼の言い合いはお互いに望んでないからな。「ちょっとした行動で、人生っていうのは変わるものなんだね。この変化が……キミにとって素晴らしいものだったら良いのだけれど」

「素晴らしいものだと思いますよ」


 僕にしては珍しく……自分の人生に満足している。


 完全に……今までの選択肢を選んだ自分を褒めてあげたい。


「私は素晴らしいものだと思ってるよ。けど、キミからすれば嫌なこともあったでしょ?」

「嫌なこと?」

「あの……張り紙のこととかさ」

「ああ……あれですか」僕がチート野郎って言いふらした張り紙だ。「まったく気にしてませんよ」

「そう? 犯人探しとかは、しなくてもいいの?」

「何度も言いますけど……それはやめてください」


 だって、。犯人探しなんてされたら困ってしまう。


 そもそもスー・テランが僕の格闘ゲームのときの名前だと知っているのは僕しかいない。だからあの張り紙を制作できるのは僕だけだ。


 あんな張り紙を作った理由は2つある。

 1つは自分を追い込むため。僕がチート野郎だと学校中で言いふらせば、俎上そじょうさんあたりが挑発してくれると思っていた。だったら僕は……もう大会に出場するしか選択肢がなくなる。

 

 そしてもう1つの理由は……まぁ大会を盛り上げるためだ。あれくらい煽られての出場のほうが、雨霖うりんさんとしては応援しやすかっただろう。


 あとは張り紙を見つけた生徒たちがザワつくであろう時間帯に登校すれば終わり。僕は計画通り俎上そじょうさんに絡まれて、大会に出場するという約束をした。

 そしてこれまた計画通り雨霖うりんさんは大会に熱中してくれた。張り紙作戦大成功である。


 これは僕だけの秘密。まぁ地平ちひらさんあたりにはバレてそうだが……彼女なら言いふらすことはしないだろう。


 ともあれ……アレだ。これで最大のイベントは終了した。


 これまで、いろいろなことがあった。ちょっとしたきっかけで行動して、こんなにも素晴らしい青春を手に入れることができた。


 これからも、いろいろなことがあるだろう。ちょっとしたきっかけで行動して……もしかしたら最悪の未来を手に入れるかもしれない。雨霖うりんさんにフラれたりチートに手を出したり……もしかしたら明日にでも死んでしまうかもしれない。


 それでも、まぁいいや。僕が死んでしまったとしても最悪の未来を手に入れたとしてもいいや。それでもきっと、雨霖うりんさんは前を見て進んでくれるから。


 雨霖うりんさんの熱中できるものが見つかってよかった。その気持ちだけは、未来永劫変わらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

オタクが好きというより、なにかに夢中になってるキミが好きだって言ってるんだよ 嬉野K @orange-peel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ