第46話 真剣勝負

 翌日。試合会場に入った。


 とんでもない熱気が僕の体を包んだ。その会場だけ異空間にあるような、そんな熱量だった。


 まだ試合開始前だから、盛り上がっているわけではない。だけれど……自信と緊張と不安と期待と……いろいろな感情が入り混じっていた。今まで感じたことがないような空気感だった。


 心臓が揺れて足が震える。ビビっているのかもしれないが、武者震いということにしておこう。


 それにしても広い会場だ。有名なアーティストがライブを行ったりもする会場らしいので、集客性はバッチリである。


 その広い会場を埋め尽くす人々は……どいつもこいつも強そうな顔をしていた。僕みたいに自信なさげにオロオロしているのは一握りだった。


 なんでみんな、そんなに笑っていられるのだろう。僕も早く、それくらいメンタル強くなりたい。


 なんてことを思いながら深呼吸をしていると、


「やぁやぁおはよう。今日は絶好の真剣勝負日和だね」振り返ると、地平ちひらさんがヒラヒラと手を振っていた。「対戦相手になったらよろしくな。手加減はしないからね」

『やっぱり、地平ちひらさんも出るんですね』

「あたぼうよ」江戸っ子かよ。「本当は出場する気はなかったんだけどね。まぁ、いろいろあって参加することにしたよ」

『ありがとうございます』

「なんでお礼を言われたのか、わかんないな」


 こんな時だけ鈍感なフリするんだから。


 地平ちひらさんが出場を決めたのは……おそらく大会のレベルを示すためだ。


 雨霖うりんさんやしずかさんはゲームに疎い。だから大会のレベルを感じられない恐れがある。

 だけどその中に知り合いが参加していたら? グループの中で一番ゲームが上手い人でも敵わないレベルだと知ったら?


 きっとわかりやすく大会のレベルを理解できる。そして勝者の強さ、偉大さもすんなりと頭に入ってくるはずだ。


 地平ちひらさんはそのために参加してくれた。おそらくだが……この読みに間違いはないだろう。

 まぁ地平ちひらさんにその読みを告げたところで認めてくれるわけがないので、黙っておくけれど。お礼を言うにとどめたけれど。


「実際……本気で出場してみたくなったのは本当だよ。私もまぁ……比較的冷めたタイプだからね」雨霖うりんさんグループで一番冷静なのは地平ちひらさんだろうな。「たまには真剣勝負もいいかなって……思ったわけだよ。気遣いも何もない。そんな空気は好きだからね」


 わかる。真剣勝負ゆえに気遣いがないのは楽しい。

 もちろん思いやりがないわけじゃない。だけれど……真剣に相手を叩き潰すことこそが、勝負においては最大の敬意なのだ。


 真剣勝負というのは心地良い。むき出しの熱意が僕たちの心を奮い立たせてくれる。仲間内での安定した空気も良いけれど、たまには真剣勝負を味わいたい。

 地平ちひらさんも……同じことを思ったのだろう。


すずゆうの案内も終わったよ。今頃、どっかで観戦してると思う。試合前には一回くらい会ってあげたら?」

『そうします』


 ちょっと心が高ぶりすぎているので、雨霖うりんさんと話して落ちついておきたい。


「さてと……」地平ちひらさんは僕の手を引いて、「機材チェックとかしたいからさ。ちょっと付き合ってよ」


 機材チェック……そうか。オフライン大会だと運営の用意した機材やらの操作感を確認しないといけないのか。だいたい同じだとは思うが、オンラインとの違いもあるだろう。たしかに事前に確認しておいたほうが良いな。


 特に僕はオフライン慣れしていないので……入念にアップをしておいたほうが良い。


 ……地平ちひらさん……もしかして僕のサポートのために参加してくれたのだろうか。なんかそんな気がしてきた。


 地平ちひらさんがいなかったら……調整相手がいなかった。僕は他の選手に声をかけるなんてできなかったし……まったく練習をしないで本番を迎えることになるところだった。


 まったく……僕もあまりにも準備不足だな。こんなんじゃ勝負にならない。ちゃんと準備を……って、もう遅いか。


 次からは準備も万全にしよう。


 今日のところは……地平ちひらさんに感謝しよう。

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