第47話 オタクが好きというより、なにかに夢中になってるキミが好きだって言ってるんだよ

 地平ちひらさんとオフラインでの練習を少しだけした。他にも参加者が多くいるので、1人に割り当てられる時間は短かった。


 オンラインとオフラインの差は……まぁ少しあった。とはいえ最近のゲームの通信速度は進化しているので、ある程度頑張れば対応できそうだった。そりゃもちろんオンラインの時より実力は落ちるだろうけど……まぁ勝負にはなるだろう。


「じゃあね」練習を終えて、地平ちひらさんとは別れた。「とりあえずお互いに頑張ろうね。予選でキミと当たらないことを祈ってるよ」


 僕としても地平ちひらさんとは当たりたくないな……リアルの知り合いと大会で勝負をするなんて、あんまり嬉しいものじゃない。やはり大会というのは見ず知らずの人と戦えるのがメリットなのだから。


 さて練習を終えて深呼吸をして、凝り固まった肩をほぐしていると、


「おはよう」最近聞いていなかった声が聞こえてきた。「調子はどう?」

 

 振り返ると、当然雨霖うりんさんがいた。

 こうして向かい合うのはずいぶんと久しぶりのことに感じる。最近の雨霖うりんさんは僕に気を使ってしゃべりかけないようにしてくれていたのだ。だから久しぶりに話す。


『絶好調ですよ』まだ2人じゃないと声は出ない。『地平ちひらさんも出場するというのは初めて聞きましたが』

「私も今日聞いたよ」とんだサプライズだったんだな。「そういうサプライズが好きな人だからね……それもてんの魅力だけど」


 だろうな。人懐っこくてサプライズ好き。そして案外賢いのが地平ちひらてんという人間である。雨霖うりんさんがいなければ、僕は地平ちひらさんに惚れていただろう。


 ……僕が地平ちひらさんの恋人になろうと奮闘する世界線もあったんだろうな……もしかしたらしずかさんに惚れていた世界線もあったのかもしれない。

 そう考えると、こうして雨霖うりんさんと向かい合っているのは結構な奇跡なんだろうな。いろいろな選択肢を選び取った末の奇跡のルート。


 だからこそ大切にしないといけない。どんな現実でも僕が選んだルートなのだから。


「えーっと……その……」なんか雨霖うりんさんのほうが緊張しているように見える。「こういうときって……なんて声かけたら良いんだろう? 頑張れ、とかは重荷?」

『重荷じゃないですし、別に言葉なんてなんでもいいですよ』


 こうやって雨霖うりんさんが僕のことを真剣に考えてくれたということが嬉しい。たとえ対応が間違っていても、それが雨霖うりんさんの選択なら僕は受け入れる。


「うーむ……」そんな真剣に考えなくても良いけれど……「じゃあ、一言だけ」

『なんですか?』

「ありがとう」ちょっと想定外の言葉だった。「私に熱中を見せてくれようとしたんだよね? それだけが目的じゃないとしても……それが目的の1つのはず」


 ……それはそうだけれど……


『最大の目的は僕自身が楽しむためですよ。あなたも、俎上そじょうさんも関係ないです』


 負けたらチート野郎とか、勝ったら俎上そじょうさんと縁が切れるとか、とりあえずどうでもいい。


 それくらい今の僕は高ぶっている。目の前の試合だけに集中できるくらいには高まっている。


「じゃあ、そういうことにしておくよ」そうしておいてほしい。「でもね……おかげで見つかりそう。なんとなく……私の熱中ってやつが見えてきた気がする」

『最初から本当は見つかってたんですよ』僕と出会ったときから……すでに雨霖うりんさんが熱中できることは見つかっていた。『僕の力なんて必要なかったんです』

「それはそういうことにはしたくないけれどね」あくまでも僕にお礼が言いたいらしい。「まぁ私の……いろいろな答えは試合の後に伝えるとして……今は、キミに夢中でいさせておくれよ」

『僕の試合に、でしょう』

「試合も含めて、だよ」それから雨霖うりんさんはいたずらっぽく笑って、「一応言っておくけれど……私はキミのこと好きだよ。試合後のことも、安心したら良い」


 ……試合後のこと……僕は試合が終わったら雨霖うりんさんに告白する予定なのだが……


 ……今は余計なことを考えるのはやめよう。


『僕のことが好きなんて、もの好きもいいところですね。オタクとか好きなタイプのギャルですか?』

「オタクが好きというより、なにかに夢中になってるキミが好きだって言ってるんだよ」


 なにかに夢中になっている僕……


『今の僕は、熱中しているように見えますか?』

「うん。とても」

『なら良かったです』


 ちょっと不安だった。僕の熱中が彼女に伝わっているのかが微妙だったのだ。


 伝わっているのなら良い。それだけで良い。仮に試合の後にこっぴどくフラれたとしても問題はない。


 ……いや……問題はあるな。50年くらい引きずりそう。そして試合にも負けて告白してフラれたりしたら死にたくなりそう。


 ……せめて優勝しよう……そうしたらフラれてもまだ精神が保てるかもしれない。


 さて……


 とにかく……開幕だ。

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