第48話 ちょっと次元が違ったね

 そこから先は……あっという間だった。今まで怖がっていた期間は何だったのかというようなほどスムーズな進行だった。


 対戦相手の人もインタビューとかしてくる人も……僕が喋ることが苦手だとわかれば配慮してくれた。チャットでの対話を受け入れてくれる人もいた。僕の対話に怒ってくる人なんていなかった。


 ……結局……僕が勝手に怯えていただけなのだろう。1人で傷つけられる妄想をして、新しい世界に踏み出さない言い訳をしていたのだろう。


 勇気を持って踏み出してみれば、世界は暖かく迎え入れてくれた。もちろんネット上とかでは批判の声もあるのかもしれないが……その痛みもまた挑戦の証だと思えた。


 なにより……楽しかった。ここにいる全員がゲームという分野を愛し、研鑽を積んできた人間たちだという事実は僕の心を落ち着かせた。同じゲームを極めた人となら通じ会えるような気がした。


 試合の結果は……まぁあれだ。あまりにも楽しくて一瞬で過ぎ去ってしまったので……覚えているところだけ語ろう。


 なんと組み合わせの関係上、地平ちひらさんとも対戦することになってしまった。まさか本当に対戦するとは思っておらず、地平ちひらさんも驚いていた。参加者が大量にいるのに、なんという偶然。

 

 ちなみに試合は僕が勝ったが、地平ちひらさんはしっかりうまかった。ただのゲーム自慢というわけじゃなくて、このゲームをかなりやり込んでいる動きだった。


 とはいえゲームという土俵で負けてやるわけにはいかない。割とマジで追い詰められて焦ったが、なんとか勝利を収めた。


 試合途中……チート野郎という暴言が飛んできた。チートをしているけしからんやつが会場にいるらしいな。まったく嘆かわしいことである。

 というのはもちろん冗談で……僕のチート疑惑を知っている人が野次を飛ばしてきたのだろう。その野次を飛ばした人は警備員の人につまみ出されていた。


 ……SNSと違って現実で暴言を吐くと、簡単につまみ出されるんだな。現実のほうが暴言や罵倒は断然少ない。


 人を傷つけることはしてはいけないと、みんなが知っているはずだ。なのになんでSNSになると暴言を吐いて良いと思う人が多いのだろう。なんとも不思議だ。


 さてそんな声援を無視して試合を進めて、


「いやぁ……負けた負けた」地平ちひらさんが僕の肩を叩いて、「強いのは知ってたけど……ちょっと次元が違ったね」

地平ちひらさんもお上手でしたよ』実際……一瞬だけ負けるかと思ったくらいだ。『かなりやりこんでますね』

「そうだねぇ……一応、レート戦でもキミにやられてるからね」レート戦で当たってたのかよ。「善戦できるのは把握してたけど、勝てるビジョンもない。なにかしら明確に壁があるんだろうね」


 明確な壁か……たしかに見えないけれどあるのだろう。


 初級者と初心者。初心者と中級者。中級者と上級者。その間にも壁があるように……上級者と超上級者との間にも差がある。


 その壁を乗り越えるために必要なものは、なんなのだろう。努力なのか才能なのか時間なのか運なのか人脈なのか経験なのか……僕にはわからない。


 その壁の乗り越え方がわかっていたら、僕はとっくにミラージュさんを超えている。彼には勝てる気がしなかったし……今でも勝てないと思っている。


 まぁあれだ……その差が埋まらないうちが、一番楽しい。壁を乗り越えようともがいている時間こそが至高なのだ。簡単にクリアできるゲームばかりプレイしていても楽しみなんてない。


 挑戦ってのは素晴らしい。僕はこの大会を通じて、それを知った。いや……最初から知っていたのだけれど、ようやく思い出したのだ。


 ……雨霖うりんさんたちに感謝しないとな。彼女たちと出会わなければ、僕が挑戦の素晴らしさを思い出すこともなかった。


 さて楽しんでばかりもいられない。僕は勝たないといけないのだ。


 あとは……試合に集中するだけ。

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