第7話 なかなか見つからないんだ

 将来への漠然とした不安感。


 そういったものは高校生なら誰しもが持ち合わせているものではないだろうか。


 この不安が僕の心に現れたのはいつだっただろうか。小学生だろうか。中学生だろうか。それとも案外最近なのだろうか。


 いつまで悩むのだろう。大学生になっても悩むのだろうか。それとも明日にでも解決するのだろうか。あるいは……死ぬまで解決しないのだろうか。


 なんにせよ……そんな悩みはありきたりだ。誰もが将来について悩んでいて、自分なりに考えている。


 それでも……なぜかなのだと思っていた。


 クラスでもアイドル的な立ち位置にいて、いつだって明るくて誰にだって優しい。そんな雨霖うりんすずは将来に対して希望を持っているのだと思っていた。


 でも違った。彼女も僕と同い年なのだ。自分について、将来について悩んでいるのだ。


 また雨霖うりんさんからチャットが送られてくる。


『こんなことをキミに話しても迷惑だと思うけれど、話してもいい?』

『もちろん』

『ありがとう』チャットのメッセージと雨霖うりんさんの声が混ざってきた気がする。「キミは……私がゲームが好きなのかって聞いて、即答したよね。ゲームが好きだって、すぐに答えたよね」


 チャットの中だから答えられただけなんだけど……実際に言葉にするという条件ならば、おそらく即答はできない。

 でもゲームが好きなのは本当だ。得意だとも思っている。


「私の好きなものって、なんなんだろう……」雨霖うりんさんは頬杖をついて、「なにかに夢中になって、好きだって断言できるもの。そういうものを探してるんだけれど……なかなか見つからないんだ」


 好きなものを見つける……


 僕は子供の頃からゲームが好きだったから、好きなものがない、という気持ちはよくわからない。


 だけれど……雨霖うりんさんが本気で悩んでいるのは伝わってくる。


 それにしても……


 ……人との会話というのは、ここまで緊張するものだったかな……なんだか心臓がドキドキして、まともに彼女の顔が見られない。


 それでもそっぽを向いたままなのも態度が悪いかと思って、勇気を出して雨霖うりんさんの方向を一瞬だけ見た。一瞬だけのつもりだった。


 その一瞬で……釘付けになった。


「私にもあるのかな。大好きだって言えるもの。これが好きな気持ちだったら誰にも負けないっていうものと……いつか、出会えるのかな」


 放課後の教室でそう呟いた彼女の横顔。頬杖をついて夕日に照らされた彼女の顔は、とても僕の貧弱な語彙力では表せないほど美しかった。


 僕が一目惚れに近い感情を抱くには十分だった。


「よし……決めた」彼女は立ち上がって、「キミと友達になってもいいかな? キミから学びたいことがいっぱいあるんだ」


 ……


 どうしてこうなったんだろう。


 目の前にいる彼女は……クラスでトップ3に入るくらい人気の人だ。かわいくて元気で……彼女を狙っている男子はかなり多い。

 そんな美少女と会話するなんて、それだけでも恐れ多いというのに……なんと友達になる宣言までされてしまった。


 しかし勘違いしてはいけない。


 はるか昔から言われていることだ。


 僕に優しい人というのは僕以外にも優しい。それは彼女が優しい人間だということであって、僕に対する社交辞令という側面が強いのだろう。


 オタクに優しいギャルというのは、オタク以外にも優しい。


 そう。勘違いしてはいけない。彼女のことを好きになってはいけないのだ。そんなことをしても彼女を困らせるだけなのだ。


 決して勘違いしてはいけない。仮に好きになっても行動なんて起こしちゃいけない。


 肝に銘じておけ。


 僕が彼女を好きになることはあっても、彼女が僕を好きになることはないのだ。

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