第36話 質問

 それから2時間後……


「驚いた……」しずかさんが僕を見て、「思ってたより体力があるんだね。鍛えてる?」


 まったく返答できない。呼吸するだけで精一杯だ。返答しようとスマホを手に取るが、まったく集中できない。


 たった2時間。それも休憩時間も含めての2時間である。それくらいなら大丈夫だろうと思っていたら、もうまったく動けない。


 汗だくで畳の上に大の字になって、僕は呼吸を整えていた。


 少しの間おとなしくていると、ようやく息が整ってきた。

 

『一応、柔軟とランニングはしてました』


 ゲームのために。長時間座っていても腰が痛くならないように。長時間のプレイに耐えられる体力を身につけるために。


「なるほど。どうりで良い動きだと思った」


 褒められたのは嬉しいけれど……2時間でフラフラなのであまり喜べない。結構余裕でできるんじゃないかと思っていた自分が恥ずかしい。


 修行のメニューは……なんとも基礎的なものだった。柔軟から筋トレが主な修行。座禅を組んだり形の修行をしたり……かなり地味なメニューだった。


 だからこそしんどいのだけれど。


 そしてしずかさん……まだまだ余裕そうだな。僕と同じメニューを……僕に教えながらこなしていたのだ。体力の消耗は彼女のほうが激しいと思うのだが……まぁさすがと言っておこう。


「今日の修行はこれでおしまい」

『もう終わりですか?』


 もっと長いものだと思っていた。


「長くやれば良いってものじゃないわ。効率的な練習を、無理のない範囲で行う。それが最適な成長」根性論では強くなれないということか。「睡眠時間を削るのも論外。今日は家に帰って、早く休むこと」


 休みますとも。というか休まないと死んじゃう。思ってた以上に大変だった。一番厳しい修行とか言い出すんじゃなかった。


 さて……もうしばらく道場で横にならせてもらおう。まだ動けないので……横にならせてもらう意外に選択肢がない。


 しずかさんは僕の隣に座って、


「質問」

『なんでしょう』

「キミはかなり能力が高い。体力も柔軟性も、一般以上にある。ゲームという特技もあって、かなり優しい部類に入る。学業成績は……まぁ赤点は取らない程度には高い」


 なんで僕が赤点組じゃないことを知っているのだろう。追試の会場にいなかったからかな。


 ……ということは、雨霖うりんさんグループの誰かは赤点組なんだな。地平ちひらさんかな。地平ちひらさんだろうな。


「顔だって悪くないし、忍耐強くもある」忍耐強くないと思うが。「なのに、なんでキミは自分に自信がないのかしら」


 僕が自分に自信がない理由……?


「純粋な疑問。傷つけたならごめんなさい」

『大丈夫ですよ』


 その程度では傷つかない。僕も同じことを思ったこともある。


 自分で言うのも何だが、割と僕はできることが多い。もちろんできないことも多数あるが、それは他の人だっておんなじだ。

 メジャーリーガーだってプロ棋士だってプロゲーマーだって億万長者だって、できないこと苦手なことがある。人間なのだから当然だ。


 だからできないことは恥じるべきことじゃない。逆にできることを誇るべきなのだ。そう思っている。


 だけれど……僕はいまいち自分に自信がない。まぁ一般の人よりは自己肯定感は高いのかもしれないが……どうなのだろう。他の人はどれくらい自分のことを認めているものなのだろう。


 ともあれ……僕が自分に自信がない理由はわかっている。


『それはたぶん、最近は何も成し遂げてないからですね。新たなことに挑戦して、成し遂げてないからです』

「……それは、つまり?」

『新しいジャンルのゲームとか、大会に出たりとか、してないんです』挑戦がないのだ。『昔は一つ一つの行動が新鮮でした。ゲームのジャンルも新しいものを開拓して、難しいゲームにもチャレンジしていた。そして僕の技量も未熟だったので、クリアしたら成し遂げたという達成感があったんです』


 そんなにやり込まなくても満足考えられたのだ。ストーリーを追うだけで難しいと感じる時代があったから、クリアしたときの達成感がすごかった。


『ですが、最近は僕もゲームがうまくなってきて、割と簡単に攻略できてしまいます。今はインターネットも使えて攻略情報もすぐに手に入りますからね』


 情報さえあれば簡単にクリアできてしまう。仮に情報を封印しても……同じような戦法に行き着いてしまう。


『その状況に甘んじているので、最近は達成感がないです。オンラインのレートも頭打ちですし』


 ライバルであるミラージュ897さんのレートを抜いたのが最後の達成感だ。それ以降は惰性でプレイしている。


 ……なんでミラージュ897さんはいなくなってしまったのだろう。彼がいれば目標がずっとあったのに。


「なるほど……」相変わらずしずかさんの声は落ち着いていて聞きやすい。「停滞が自信を奪った、ということね」

『一言でまとめると、そうですね』


 止まったから、周りに追い抜かれている感覚になった。それが長く続いたから、自信が消えていった。


 そうなると……


しずかさんはどうですか?』


 いつも自信満々に見えるしずかゆうという人間は、今もなにかに挑戦しているのだろうか。


 少しの沈黙の後、しずかさんはゆっくりと口を開いた。

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