第20話 ここは面倒くさいSNSじゃないんだぜ

 そのために行動したんじゃないのか。


 青春を手に入れるために行動したんじゃないのか。


 僕は雨霖うりんさんに恋をして、その恋を手に入れるために行動したんだろう。


 ならば渡りに船だ。雨霖うりんさんの親友2人の公認で雨霖うりんさんと恋人になるチャンスだ。


 ここで受け入れてしまえば良い。簡単なことだ。このチャットで一言『はい』といえば済む話なのだ。


 それだけで僕は青春と恋愛が手に入れられる。雨霖うりんさんの親友2人の援助を受けて雨霖うりんさんと仲良くなることができる。


 最高の結果じゃないか。僕が行動したからこそ開けた道じゃないか。僕の過去が開いてくれた道じゃないか。


 何も躊躇することなんてない。このまま受け入れてしまえば良いのだ。それだけでバラ色の青春を手に入れられるのだ。


 だが……


『まだ答えられません』即答できるような問題じゃないだろう。『僕はまだ雨霖うりんさんのことをよく知らないし、雨霖うりんさんもまだ僕のことをよく知らないはずです。だから、まだ答えは出せません』


 僕としてはメリットしかないけれど。雨霖うりんさんという女性と付き合える可能性があるのなら、どんなデメリットがあっても突っ走るけれど。


 たとえ最後にはこっぴどく振られるとしても、受け入れる。 


 だけれど……雨霖うりんさんからすれば違う。彼女は僕に恋愛感情なんて抱いていないのだ。あくまでも知り合いの1人。そんな相手と恋人になるなんて考えてもいないだろう。


『なるほど』断られたのも想定内って顔だな。『つまり、今からお互いのことを知ってけば可能性はあるってこと?』

『僕からしたら、願ってもない話ですよ』雨霖うりんさんほどの美少女と付き合える可能性なんて、本来はゼロなのだ。『雨霖うりんさんが僕を選択肢に入れるのかどうかは不明ですけど』

『もう入ってると思うけどね』LOVEとLIKEは違うだろうに。『じゃあ、これから私たちがサポートするからさ。ちょっと、すずと仲良くなってみてよ。恋人がどうとかはさておき、すずに心強い友達ができるのは嬉しいことだからね』


 心強くはないけどな。


 それにしても……


『最初から、この辺が落とし所だったんですか?』


 いきなり恋人なんて言っても受け入れられない。ならば友達から親しくなっていく。それが自然な流れかもしれない。


 むしろ試されていた気がする。僕がこの話に即座に飛びつくような男なら、不合格点をもらった気がする。


『どうだろうね?』地平ちひらさん……本当にポーカーフェイスだな。まったく情報が読み取れない。『可能性はいくらでもあるものさ。もしかしたらすずがどうとか言うのは建前で、私がキミを狙ってるのかもしれない』

『僕もそうかも知れませんよ?』

『だったらカップル成立だね』ここで成立してないのだから、お互いに本意ではないということ。『もちろん私を好きになってくれるのなら嬉しいさ。キミなら私だって受け入れる。でもね、私はもうちょっと強くなりたい。キミと恋人になったら甘えちゃいそうだ』


 ……僕が強いという前提が間違っているのだけれど……


『なんにせよ、同盟結成だね』地平ちひらさんが僕に握手を求めて、『雨霖うりんすず親衛隊ってところかな』


 僕は地平ちひらさんの手を見て……まだ握らない。


『もう少し質問をしていいですか?』

『どうぞ』

『恋人を作ることだけが、女性の幸せじゃないと思いますよ』


 多様性だとか……そんな言葉は苦手だ。だけれど、恋人を作れば雨霖うりんさんが幸せになれるという考えも安直である気がする。


『私はグローバルでダイバーシティでジェンダーフリーな男女平等な考えを提案してるつもりはないよ』横文字は苦手だ。地平ちひらさんも苦手なんだろうな。だから使った。『女性の幸せというより、すずの幸せを願ってるの。ただの親友としての意見を社会問題と結び付けないでほしいな。ここは面倒くさいSNSじゃないんだぜ』


 たしかにそうだ。これは僕の考えが浅かった。


 今の話題は男女平等じゃない。雨霖うりんすずという個人の話なのだ。


雨霖うりんさんは恋人を欲しがってるんですか?』

『直接聞いたことはないよ』じゃあダメじゃん。『でも、すずがなにかに夢中になりたいってのは聞いてる』

『それは僕も聞きました』

『そうなの? じゃあ話が早い』早すぎても、ちょっと困るけど。『なにかに熱中というか、夢中になりたい。じゃあ、キミに夢中になればいい。恋愛に夢中というのもまた、1つの青春でしょ?』


 そうかもしれない。スポーツや勉強に熱中するのと同じように、意中の相手を追いかけるのも悪くないだろう。


『そんで、すずは恋愛に夢中になるなんて思いつかない人種なのさ』なんとなくわかる。『だから私がその可能性を提示してあげるの』

『僕がフラれる可能性は考えないんですか?』

『考えたよ。残念ながら私は性格が悪いのさ。もしもキミがフラれて傷ついたとしても、それですずが幸せに近づくのなら問題ないよ』

『嘘ですね』即答できる。『雨霖うりんさんは誰かに告白されて断って、それを気にせずに生きていける人じゃないですよ』


 僕が告白したら、きっと彼女は真剣に考えてしまう。そして断ったら……彼女のほうが泣いてしまうかもしれない。そんな人だ。たぶん。


 それを地平ちひらさんが気づいていないわけもない。そして地平ちひらさんは雨霖うりんさんを傷つけようとしない。だから嘘だ。


『ちなみになんですけど、雨霖うりんさんは今までに告白されたことはないんですか?』

『ないらしいよ』

『なぜでしょうね。雨霖うりんさんなら人気は高いだろうに』

『アホだからじゃない?』毒舌かよ。『キミもある程度仲良くなれば気づくよ。すずがアホだって。私たちはアホ集団なのさ』


 ……雨霖うりんさんのグループ共通点が見つかった。どうやら3人共アホであるようだ。まぁ……学業成績はともかく、頭は悪くないように見えるけれど。


『疑問は解決したかな?』そう言って、地平ちひらさんはまた右手を差し出してきた。『同盟結成。OK?』


 ……同盟か。


 地平ちひらさんたちの目的は、あくまでも雨霖うりんさんの幸せ。僕がフラれても問題はないと思っている。

 そして僕としては……地平ちひらさんたちの協力をもらって雨霖うりんさんとお近づきになれる。


 なるほど……たしかに同盟だ。友だちになるわけじゃない。あくまでもお互いの利害が一致したというだけの関係。


 それくらいのほうが気が楽というものだ。


 同盟結成なことに異議はない。


 問題は……


 家族以外との握手なんてしたことないんだよなぁ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る