第21話 承知してますよ

 僕が右手を近づけると、地平ちひらさんから握ってくれた。異性に触ることに抵抗がない人であるようだった。


 そして握手を終えて、壁にもたれかかっていたしずかさんが言った。


「ごめんなさい……私は、声に出して喋るわ。返答はチャットでいいから」

『了解しました』

  

 しずかさんはずっと会話に入ってこれなかったからな……僕も会話においていかれるタイプなので気持ちがよくわかる。


 そして僕の会話……チャットという会話を受け入れてくれているのだ。当然向こうには喋るという会話を発信する権利がある。


「私たちの目的は、あなたとすずを恋人にすること」何度聞いても荒唐無稽だな。「注意事項が2つある」

『なんでしょう?』

「1つは……あなたがすずのことを嫌いになったら、しっかりと離れること。無理やり恋人になっても意味がないからね」嫌いになることなんてあるのだろうか。「そしてもう1つ……すずがあなたのことを嫌いになったら、その時も離れてほしい。勝手なことを言ってるのは承知の上だけれど……」

『承知してますよ』恋人関係というのは、お互いが好きでいるから成り立つ。その前提を忘れてはいけない。『つまり僕の行動にかかっている、ということですね』

「そういうこと」


 結局……通常の恋愛と同じだ。僕に魅力があれば問題なく進み、僕に魅力がなければ人が離れていく。


 ……それを繰り返してきた結果僕は今、友達がいないんだが……まぁ、しょうがない。これからは変えていけば良いのだ。


「幸いすずはあなたのことを気に入ってるみたい。助けてくれたからね」

『そうだといいんですけど』

「うん。でも……あなたたちに、あんまり接点がないのは事実」


 たしかにそうだ。たまたま助けてもらって、その恩返しに助けただけ。別に中が良いわけじゃない。まだ他人の領域だ。


「どうやってつながる?」

『実は……今日は一緒に遊ぶ約束をしていたりします』


 僕がチャットを送信すると、地平ちひらさんからの返信が返ってきた。


すずと?』

『はい』

『そりゃ手が早い。キミも隅に置けないね』本当に偶然だけれど。『というか……知り合いだったの? ノートの一件以外で接点があったっけ?』

『ちょっと放課後に話す機会がありまして……』

『なるほど。そこでいろいろ聞いたんだな』雨霖うりんさんがなにかに熱中したいということも聞いた。『じゃあ話は早い。キミはすずと楽しく遊んできな。それだけでいい。キミがもうすずと知り合ってたのなら、裏工作なんて必要なかったのかもな』


 そうかもしれない。まぁ……地平ちひらさんたちと話していなかったら、雨霖うりんさんと恋人になるなんて考えもしなかっただろうけど。


『なんかあったら私たちに連絡して。でも、最終的にすずがキミを好きになるかどうかはキミ次第だ』

『承知してますよ』


 せっかく掴んだチャンスなのだ。逃すわけがない。


 ……


 それにしても……1つの行動で人生ってのはここまで変わるんだな。無味乾燥な青春時代を送るはずが、気がつけば恋をしている。


 今までも……違う人生というものは近くに転がっていたのだろう。僕が気づかないふりをして掴み取ろうとしなかっただけなのだろう。少し行動すれば……こうやって人生は変わっていく。


 変わった未来を素晴らしいものにできるかどうか……それは僕次第だ。

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