第50話 1つだけ決めたことを言うね

 放心状態のまま表彰式を終えた。なんか称賛の声をかけられたような気がするが、まったく覚えていない。


 兵どもが夢の跡。会場にいる人たちの熱気は一気に奪われ、会場は和やかな空気に包まれてていた。

 その場で起こった激闘を思い返す人々。そして次の大会に向けての話を進める人々。色んな人がいた。

 

 しばらく……僕は会場の隅のほうで放心していた。あの熱狂がなくなったことが信じられなくて、ずっと天井だけを見上げていた。


 本当に……本当に終わったのだろうか。本当に僕は準優勝という成績を収めたのだろうか。本当に……現実なのだろうか。


 まさに夢のようだ。すべてがフワフワしていて……まったく実感がない。すべてに実感がない。


 負けても涙は出なかった。それは……真剣じゃなかったからなのだろうか。それとも……なにか別の要因なのだろうか。


 ……


 考えていても仕方がない。今日のところは撤収しよう。雨霖うりんさんたちにお礼を言って片付けを手伝って――


 なんて考えていると……


「わ……ちょっと、てん……!」


 突然バランスを崩した雨霖うりんさんが僕の目の前に現れた。そして物陰にいる誰かに文句を言っているところを見ると……

 あれだな。地平ちひらさんに背中を押されたな。物理的に背中を押されて、僕の前に現れたな。


 雨霖うりんさんは僕の方を見て、


「えっと……その……」フラフラと視線がさまよっていて、なんか挙動不審だな。「お疲れ様……す、すごかったね」

「負けちゃいましたけどね」また簡単に言葉が出てきた。「まぁ……準優勝は立派な成果ですから。ひとまず喜ぼうと思います」


 俎上そじょうさんとの約束は、とりあえず忘れよう。うん、忘れよう。


 それから……謎の沈黙。なぜだか雨霖うりんさんの顔が赤い……


 顔が赤いというより……目が赤い? もしかして泣いていたのだろうか。


 ともあれ雨霖うりんさんが話してくれないので、珍しく僕から話し始める。


「でも……やっぱり悔しさもあります。優勝したかったという気持ちも……とても強いです」なまじ決勝まで残れてしまったから、そう思ってしまう。「来年も出場したいと……強く思いました。そう思ったのは雨霖うりんさんと出会ったおかげです」


 僕は深々と頭を下げて、続ける。


「ありがとうございます。僕は……あなたに会えて良かった」

「こちらこそ、だよ」顔をあげると、嬉しそうな笑顔の雨霖うりんさんの顔があった。「ホント……すごかった。試合の前にてんにゲームのルールとか見どころとか聞いてて……すごく楽しめたよ」

 

 ……マジで地平ちひらさんのアシストがありがたいな……僕だけだったら、ここまで雨霖うりんさんを楽しませることはできなかっただろう。

 そして雨霖うりんさんは……おそらく自分でもゲームの概要は調べていた。だけれど素人が調べるのでは限界がある。だから地平ちひらさんというプレイヤーがゲームの魅力を伝えてくれていた。


 ……あとで地平ちひらさんにはスイーツでもプレゼントしよう。彼女の功績がでかすぎる。僕が何も考えてない裏で暗躍してくれていた。


「それでね……えっと……」こんなに言葉をつまらせる雨霖うりんさんは珍しい。「……楽しそうだと思ったよ。試合に一生懸命になって……今までの努力とか……そういうのが伝わってきてね……」


 ……なんでこんなに言葉をつまらせているのかと思ったが……なるほど。

 雨霖うりんさんは興奮しているようだ。試合を見て……ここまで高ぶってくれたのだ。だから顔を赤くして少し早口でまとまらない言葉を話している。


 そう……雨霖うりんさんはなのだ。全力で応援できる人なのだ。


 それこそが雨霖うりんさんの熱中。彼女は人の心に共感をして夢中になることができる。いろいろなことを広く浅く知っているからこそ、多くの物事や競技に共感できる。


 それに気づいてもらうために僕は大会に出場した、という側面もある。だがもちろん参加した最大の理由は僕自身のためだ。それは揺るがない。


「だからね……その……」雨霖うりんさんは視線をしばらく彷徨わせてから、1つ深呼吸をした。「……あんまりまとまらないから……1つだけ決めたことを言うね」

「はい」

「私……教師になるよ」


 ……おっと……ちょっと想定外の返答だったが、表情に出してはいけない。


 人が夢を語っているのだ。笑うのは失礼というもの。


 しかし……教師……? なんでだろう。雨霖うりんさんの中でどういう思考を辿って、教師という熱中にたどり着いたのだろう。


 その理由については……


 まぁ、ゆっくり聞いていくとしよう。

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