第14話 大げさだなぁ

 びしょ濡れの雨霖うりんさん。そしてその近くには……ファストフードとかで買えるドリンクが落ちていた。しかも蓋が外れているので、中身はすべて落ちているようだった。


 どうやら雨霖うりんさんの隣の席の人がドリンクを落として、それが雨霖うりんさんに頭からかかってしまったようだ。


 レモネード……だろうか。少しばかり粘ついた液体が雨霖うりんさんの体と座席を濡らしていた。


 ……落としたドリンクが隣の人の頭にかかる? そんなことが、あるのだろうか。


 というか雨霖うりんさんの隣の席の女子は……見覚えがあるな。


 ついさっきまで僕の隣にいた女子だ。つまり……昨日、僕のノートを落として中身を見た人だ。その人が……今度は雨霖うりんさんの隣の席になったらしい。


「ごめんね? 手が滑っちゃって」反省している様子はなさそうだ。「そのレモネード、高かったんだよ? おいしい?」

「申し訳ないけど、酸っぱいのは苦手なんだ」こんな時でも笑顔なのが雨霖うりんさんである。「自分で飲むのが、一番良いと思うよ」

「手が滑っちゃったんだから、しょうがないじゃん」


 明らかにわざとぶっかけたよな。あまりにもピンポイントすぎる。


「そっか……」雨霖うりんさんはハンカチで顔を拭いて、「じゃあ、しょうがないね」

「そうそう。しょうがないしょうがない」ぶっかけた側が言うセリフではないけれど。「次も許してくれるよね?」


 そう言って、その人は取り巻きからドリンクを1つ取り上げた。そして雨霖うりんさんの頭の上で蓋を開けて、そのまま落とした。


 それは雨霖うりんさんの頭に一直線に向かっていき、また中身をぶちまける――

 

 直前に、誰かにキャッチされた。


「くれるの? ありがとう」


 現れたのは……髪の長い女子生徒だった。背が高くて痩せ型の女子。名前はわからない。僕はちょっとクラスメイトに興味がなさすぎるかもしれない。


しずかさん……」黒髪の女子はしずかという名前らしい。「あなたにあげたつもりはないけど?」

「じゃあ返すわ。俎上そじょうさん」俎上そじょうさん……いじめっ子の女子の名前か。「次はないからね」

「なにが?」あいも変わらず挑発的な表情を崩さない俎上そじょうさんだった。「次はあるよ。また買えばいい」

「ドリンクの話じゃないわよ」

「じゃあ何?」


 心の話だろう。これ以上雨霖うりんさんを傷つけるようなら、次は容赦しないという意味。


 そういえば黒髪の女子……しずかさんは雨霖うりんさんと仲の良いグループだったな。それでいても立ってもいられずに、飛び出してきたらしい。


 しずかさんは訴状さんと話しても意味がないと感じたのか、雨霖うりんさんに向き直って、


「ケガはない?」

「う、うん……大丈夫だよ」


 そんなやり取りを見ていた俎上そじょうさんが……何がおかしいのか吹き出していた。


「大げさだなぁ……ちょっと手が滑っただけじゃん」俎上そじょうさんは教壇の教師に向けて、「そうだよね先生」

「え……あ、ああ……俎上そじょうが言うなら、そうなんだろうな」


 ……毎回思うけれど、うちの担任教師は俎上そじょうさんにやたら甘い。なにか弱みでも握られているのだろうか。それとも……俎上そじょうさんの親が金持ちだったりするのだろうか。


 教師が俎上そじょうさんに甘いから、俎上そじょうさんもどんどん調子に乗って増長するのだ。本来なら教師が止めないといけないというのに……


「ほらね?」自分は罰せられないという絶対の自信があるようだ。「私は悪くないよ。じゃあ、悪いのはなに?」

「強いて言うなら頭じゃない?」


 強いて言わなくても頭だろうな。あるいは性格?


「頭悪いのはあんたでしょ? ねぇ私のパパは――」


 しずかさんと俎上そじょうさんが睨み合いになって距離を詰めた瞬間に、


「はい、そこまでそこまで」背の小さい人が間に割って入った。「そんな揉めたって良いことないよ?」


 そう言って割り込んできた人物は……短い金髪、メガネをかけた女子だった。かなり背が小さいが……胸は大きい。しずかさんとは正反対だな。


 というか……急に新キャラが増えて頭が追いつかん。誰だ誰なのかわからん。


 まぁあれだ……いじめっ子の俎上そじょうグループと、穏健派の雨霖うりんさんグループが揉め始めているということだ。


 クラスでも最高クラスのグループの揉め事だ。


 ちょっとした……一大事である。

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