第15話 本当に?

 基本的にうちのクラスの担任は……ことなかれ主義である。放任主義というか……


 そんな風に言えば聞こえは良いかもしれない。だが……要するにケンカやらの仲裁は一切しない。根回しもしないしフォローもしない。


 その割には自分の機嫌が悪いと怒鳴り散らすし……特定の生徒には極端に甘かったりする。


 まぁ僕はその担任教師のことがかなり苦手なのだ。


 本来……担任がそんなのだとクラスが崩壊しそうなものだが、そこはさすが高校生。生徒たちで治安を守って、しっかりと青春時代を謳歌している。いや……まぁそれでも教師が統治すべきだと思うが。


 クラスの最大派閥は俎上そじょうさんのグループ。俎上そじょうさんの傍若無人というか……横暴な振る舞いに惹かれたのか、あるいは脅されているのか……やたら取り巻きが多いグループである。クラスの外にもグループの構成員がいるらしい。ヤクザかよ。


 そんな僕たちのクラスで抗争が起きない理由は……もう1つの派閥が穏健派だからである。その2つのグループが少し離れた位置にいるからこそ、クラスの秩序は無理やり保たれてきた。


 その二大巨頭のリーダー格が、隣同士の席になってしまった。そりゃ抗争勃発だろうな。


 だがそれでも……雨霖うりんさんグループはやり合うつもりはないらしい。


「ごめん……雑巾取ってくる」険悪な空気を察した雨霖うりんさんが、「私が拭いとくから。みんな……そんな怖い顔しないでよ……」


 言われて、しずかさんと金髪の女子……要するに雨霖うりんさんグループが気まずそうに顔をそらす。2人としては……たぶんやり合うつもりだったんだろうな。


 だがリーダーにその気はない。だから矛を収めないといけない。


 もうクラスの雰囲気は最悪である。その中で俎上そじょうさんだけがニヤニヤ笑っているのが気に入らない。


 そして……それを傍観しているだけのクラスメイトも気に入らない。当然……僕も含めて。


 ……


 今なら……今ならクラスの視線は教室の後方に釘付けだ。それにまだ席替えの途中で立っている人もいる。


 今すぐ動き出せば……雑巾を取りに行けるかもしれない。


 だけれど……ある程度目立ってしまうだろう。このまま座っていれば、問題なくやり過ごせる。いじめなんて無視して……自分のことだけを考えていれば良い。今までそうやって生きてきただろう。


 ……


 本当に? それで後悔しないのか? 灰色の青春を過ごして、未来の僕は後悔しないのか?


 青春に色を付けるチャンスは、目の前に転がっている。


 そもそも青春だとかチャンスだとか……そんなことじゃなくて……


 好きな人が傷つけられていて、見て見ぬふりをするのか? そんな僕のことを……僕は好きになれるのか?


 なれない。なれなかっただろう。だから僕は、僕のことが嫌いなのだ。


 このまま嫌いなままでいいのか? 僕は……あと何年生きるんだ? その間ずっと後悔するのか?


 それは嫌だ。そもそも……雨霖うりんさんに暗い顔は似合わない。


「……」


 覚悟を決めて、僕はコソコソと立ち上がる。数人の目線が僕に向いて心臓が飛び跳ねそうになったが……気にしている暇はない。


 教室の外に出て、雑巾を数枚取る。掃除の時間のために、いつもこの場所にあるはずだ。


 雑巾を手にとって、そのまま後方の扉から教室に入る。


 なにか雨霖うりんさんに声をかけるべきなのだろうけど……口下手な僕にはそんなことできない。


 結果として……無言で汚れた床を拭き始めた。結構な量がぶちまけられていたようで、かなり酸っぱい匂いがした。


「あ……」雨霖うりんさんが僕に気づいて、「ごめん……ありがとう」


 雨霖うりんさんも雑巾を手にとって、床や机を拭き始めた。それに続くように雨霖うりんさんのグループも手伝ってくれた。


 俎上そじょうさんはというと……つまらなさそうに舌打ちして、席に座っていた。興が削がれた、という感じだろう。


 結局……その場はそれで収まった。先生は騒ぎを見て見ぬふりして、ホームルームの続きを始めた。

 ……


 これでよかったのだろうか。やり返すべきだったのだろうか。こうやってやられっぱなしにしてよかったのだろうか。殴り飛ばせばよかったのだろうか。


 わからない。


 行動したら自分のことが好きになれるかもしれないと思ったけれど……どうやら、そんなことはないようだ。

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