第34話 東京特許許可局局長東京特許許可局局長東京特許許可局局長
そして1人でつぶやいてみる。
「あー。あー」とくに問題なく声が出る。「東京特許許可局局長東京特許許可局局長東京特許許可局局長」
今日も滑舌の調子は良い。
声が気持ち悪いと言われて声が出なくなった日から、滑舌練習を欠かしたことはない。いつか自分の声に自信を持ってしゃべるときのために練習していたのだ。
だけれど……いざ本番になると喉が言うことを聞かない。練習のときは軽く喋れていた言葉が喉にシャットアウトされてしまうのだ。
力を抜けばよいのだとはわかっている。だけれど勝手に力が入ってしまうのだ。そうしているうちに心臓がうるさくなって顔が赤くなって息ができなくなる。
いつの間にかしゃべろうという気概もなくなっていた。幸い僕には友達がいなかったので、しゃべれなくても問題はなかったのだ。
人がいないところではしゃべれるというのが逆に情けない。どうせなら完全に声が出なければ諦められるのに。中途半端に早口言葉なんて練習しているせいで、しょうもない未練がある。
当然、わかっている。
それでも……怖いのだから仕方がない。僕が怖がっているということすらも彼女たちは受け入れてくれるのだ。
異性というものを僕は怖がっていたが……僕が勝手に怖がっているだけだったんだな。それとも彼女たちだけが特殊なのだろうか。わからないけれど……まぁどっちでもいいか。
さてしばらくして、
『明日、時間ある?』
とりあえず明日は土曜だ。バイトも休みだし……って、僕のバイトはだいたい休みだな。まぁ、そんなにバイトしてるわけじゃないからな。
『明日なら大丈夫です』
『じゃあ明日、私の道場に来て。住所は――だから。場所わかる?』
……なんかチャットといっても口調が出るよな。あの
住所のほうは大丈夫。調べれば容易にたどりつけるだろう。そこまで方向音痴じゃないと思っているし。
『たぶん大丈夫です』
『なら、朝と夜、どっちが強い?』
『どちらかというと夜ですかね』
オンラインゲームの時間だ。朝は人が少なくて夜が多い。だから必然的に夜更かしの頻度が上がるというものだ。
とはいえ……別に朝が苦手なわけじゃない。ショートスリーパー、なのだろうか。昼間にそこまで強い眠気を感じたこともない。あるいは……常に眠気があって気づいていないだろうか。
『じゃあ夜の8時以降に来て。日中は道場が開いているから』
『開いている時間に行ったほうが良いのでは?』
『望むならそうする。けど、実際の修行に参加するには手続きが必要だから。最初は私が直接教える』
まさかの直接指導だった。そして道場をそこまで使えるということは、やはり……
『
『一応そう。古武術になるのかな。代々受け継がれてる流派らしいんだけど、私は歴史に興味がなかったから』
代々受け継がれている……なんかすごい流派なんだな。もしかして
『あんまり身構えなくてもいい。最近はダイエット目的とか、ちょっとしたエクササイズとして習う人もいる。軽い気持ちでいいわ。もちろん真剣にやりたいというのなら歓迎するけれど』
なるほど……昔とは時代が違うのだろうな。今は……あんまり厳しいと人が集まらないのかもしれない。
さて
『ちなみに、どれくらいの厳しさを求めてる? どれくらいの期間やるつもりかも知りたい』
『どれくらいがいいと思います?』
『1日でもいいし、1週間でも1年でもいいわ。ご自由に。最初は1日でやってみて、合っていると思ったら続けたらいい』
……案外優しい人なんだな……もっとキツイ人だと思っていた。
さて修行の難易度、強度か。
うーむ……せっかくやるなら……
『じゃあ、とりあえず1週間くらい……最大の厳しさでお願いします』
とりあえず最高難易度……というのが僕のゲームのプレイスタイルである。困ったら難易度を下げれば良いと思って始めるのだが、毎回そのままクリアしてしまう。
『いいけど、覚悟はしておいて。結構つらいと思うから』
『承知しました』
結構つらい状態になれば、熱中という言葉に近づけるかもしれない。
そんな軽い気持ちで最大の厳しさとか言ってた僕をぶん殴ってやりたく……なるのだろうか。まだわからない。未来のことなんて、わからない。
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