第17話 幸せにできそうなのは

 たしかに思ったことはある。


 高校時代に……青春時代に恋人ができて幸せに暮らす。そんな叶わない想像をしたこともある。


 だけれど諦めたはずだ。僕に恋なんて不相応。一般的で普通な青春を追い求めるには、僕にはなにかが足りない。きっと足りない。そう思ってきた。


 ……まぁ、その現状を変えるために立ち上がって雑巾を取ってきたんだけれど……

 

 ここまで劇的に変わるなんて思ってなかった。


 地平ちひらさん……金髪メガネの巨乳少女に言われた言葉は……雨霖うりんすずと恋人になって欲しいというもの。


 まったくもって脈略のない話だった。雨霖うりんさんなら恋人の1人や2人、すでにいると思っていた。


「悪い話じゃないでしょ? すず、かわいいし……一応優しいし。ちょっとアホだけど……悪いやつじゃないよ」


 それは知っている。彼女が悪い人じゃないのなんか知っている。


 でも僕は悪い人だ。下心で好きな人を助けに来るくらいには悪い人だ。そんな人間に、どうして突然?


 困惑する僕に、黒髪ロングのしずかさんが言う。


てん……話がいきなりすぎるわ。困ってるでしょ」

「あ……ごめん」地平ちひらさんは頭をかいて、「なんと話してるみたいで、しゃべりやすくてさ……」

「それはなんとなくわかるけれど」なんって誰だろう……「ちゃんと、最初から説明しなよ」

「それもそうだ」なんか良いコンビみたいだな。「さてキミ……1限目の授業をサボるという選択肢はある?」


 ある。今この状況で授業なんて出ても集中できるわけがない。正直言うと……今の教室の空気の中にとどまるのが苦痛なのだ。それくらいなら、さっさと教室を出たほうが良いと思っている。

 僕がうなずくと、


「ありがとう」地平ちひらさんは教室の扉に向けて歩き始めて、「じゃあ……周りに人がいないところに行こうか。大丈夫大丈夫、襲ったりしないからさ」


 別に襲われる心配はしていないけれど。彼女たちからしたら、僕を襲うメリットはないだろうけれど。


 なんにせよ、僕は美少女2人に連れられて体育館裏に移動した。


 体育館裏には……当然ながら人はいなかった。授業中の教室の外が、こんなにも静かだとは知らなかった。


 それにしても……体育館裏に美少女からの呼び出しか。憧れていた青春の1ページではあるけれど、告白なんていうシチュエーションじゃなさそうだ。


「さてと……」地平ちひらさんが周りに誰もいないことを確認して、「改めて……私は地平ちひらてん。さっきは助けてくれてありがとね」

しずかゆう」隣のしずかさんも自己紹介をしてくれた。「自分の心をコントロールできない未熟者」


 そんなに自分を卑下しなくても良いだろうに……友達にあんな仕打ちをされたら、怒って当然だろう。


 とりあえず……金髪短髪でメガネをかけた小柄な人が地平ちひらてんさん。

 そして黒髪長髪で背の高い人がしずかゆうさん。


 どちらも雨霖うりんさんの友達である。今まではまったく接点がなかったが……


 このメンバーの中で饒舌なのは地平ちひらさんであるようだ。


「さっきも言ったけれど、すずの恋人になって欲しいの。もちろん、キミが受け入れてくれたらだけどね」


 強制するつもりはないということか。まぁ……そりゃそうか。相性とかもあるもんな。

 

 地平ちひらさんたちの目的はわかった。問題は、どうしてその考えに至ったか、である。


「今日を見てもらってもわかる通り……すずは結構……アレだよ。巻き込まれ体質なんだよ」たしかに……「んですずも反論とか言い返したりとか……やり返したりしないの。だから一部の奴らが調子に乗っちゃうこともある」


 ……俎上そじょうさんみたいなグループと揉めたことは今回が初めてじゃないんだろうな。だから、友達がこんなにも心配している。


「なんかふわふわしてる子だからさ……心配なんだよ」雨霖うりんさんを心配する気持ちはわかる。「あの子……すずは結構溜め込むタイプだから。私たちにも気を使って……」

「原因は私たちにあるのだけれどね」しずかさんが言う。「私達に相談したら……今日みたいにやり返そうとしてしまうから」

「私たちが未熟ってことだね」笑顔に悔しさがにじみ出ている。「それでも……私たちはやり返したくなっちゃうの。弱いからね。その弱さを捨てない限り……すずには信用されないんだろうって思うよ」


 弱さではないと思うけれど。言い返してやり返せることも強さの1つだと思うけれど。


 そして……信用されてないってこともないだろう。ただ……少し分野が違うだけ。やり返すことが重要な局面なら、雨霖うりんさんはしずかさんと地平ちひらさんに相談する。


 俎上そじょうさん相手にやり返しても意味がないというだけの話なのだ。彼女はきっと……反発してくる相手をいじめるのが好きなのだ。


すずを支えてあげられるのは、同じように強い人間だけだと思うんだ。幸い……すずもキミのことを気に入ってるみたいだし」


 ……そんなことはないと思うけれど。雨霖うりんさんは……たぶん大抵の相手を気に入るというだけ。


 このメンバーだと、いつも地平ちひらさんが喋る。


「うちのクラスじゃ、キミでしょ。すずを幸せにできそうなのは」


 ……


 なんとも過大評価されてしまったものだ。


 僕が雨霖うりんさんの恋人になって、支える?


 ……


 そんなことができるわけがない。

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