恋人になっておくれよ

第10話 人との出会いというのは

 基本的に……僕を誘う人は大抵が社交辞令だ。他の人を誘っているのに僕だけ誘わないのは不自然だから、言葉だけ誘っていることが多い。多いというより、そんな人しかいなかった。


 だから雨霖うりんさんもそうなのだろう。話を打ち切るためだけに適当なことを言ったのだろう。


『キミの家はどっちの方向? 一緒に帰ろうよ』


 コミュ力おばけ……なんで初対面の相手を帰宅に誘えるのだろう……


 いや……ちょっとしたボディガード扱いされているだけだろう。僕みたいなもやしっ子でも、いないよりはマシなのだろう。それだけなのだろう。


 話してみると、どうやら家の方向は一緒らしい。というわけで、本当に一緒に帰宅することになってしまった。


 靴を履き替えて、校舎の外に出る。そして校門を通り抜けて帰路につく。


 冷たい空気が僕の頬を撫でた。すでにあたりは夜の様相を呈していて……まぁこんな美少女を1人で帰宅させる時間ではなくなっていた。


「今日は楽しかったね」満面の笑みが眩しいです。「人との出会いというのは偶然に左右されて、人間に制御できるものじゃない。その偶然は素晴らしいものもあれば、人生に影響を及ぼすような悪い出会いである場合もある」


 雨霖うりんさんは一歩、僕の前に出て、


「キミにとって、私との出会いはどっちになるだろうね。それとも……どちらにもならないものになるだろうか」急に詩的なことを言い始めた雨霖うりんさんだった。「って、私の詩人な友達が言ってたセリフなんだけどね」


 どうりで人からの受け売りみたいなセリフだと思った。本当に受け売りだったわけだ。

 

 僕は歩きスマホというものができない人間なので、歩いている間は雨霖うりんさんだけがしゃべることになる。


「私には親友と呼べる友達が3人いるんだけど……どうだろう。私にとって彼女たちとの出会いは素晴らしいものだったけれど、向こうからしたらどうだろうね」素晴らしいものだったと思うけれど。「彼女たちはすごいんだよ。みんな優しくて面白くて、目標を持ってて、なにかに夢中になってる。それが羨ましくて……焦っちゃうんだ」


 周りの友達がしっかりとした目標や目的を話していると、焦ってしまう。


 なんとなくわかる。僕もそうだ。高校生なら……いや、若い人間ならある程度共感できるのではないだろうか。嫉妬とは違う焦りの感情を抱いたことがあるのではないだろうか。


 どうして自分だけがうまくやれないのだろうと、思ったことはないだろうか。


 もしかしたら雨霖うりんさんは……その親友たちには相談ができていないのかもしれない。友達には相談したけれど、親友にはできなかったのかもしれない。

 距離が近すぎるがゆえに、見えてしまうもの、感じてしまうものがあるのかもしれない。


 なんにせよ、ただの推測だ。


「なにか夢を探して突き進みたいんだけど……ちょっと、怖いんだよ」怖い、とはどういうことだろうか。「今から何かを始めたって……もう遅いんじゃないかって思っちゃうの。じゃあ夢中になれるものなんか探さなければ良いって話なんだけど……なんか感情が矛盾してて……」


 感情なんて矛盾してるものだろう。完璧に筋が通った感情なんて見たことがない。大抵は理論的に見ればバカみたいな理由で行動を決定しているのだ。


 それが人間。矛盾するからこそ人間なのだと思う。


「ごめんね、私ばっかり喋っちゃって」僕が喋れないのだから仕方がないだろう。「なんでだろうね。キミと話してると、深いところまで喋っちゃう。キミの優しさがなせる技かな?」


 違うと思う。僕がオロオロしているだけだから、雨霖うりんさんが喋る割合が多いというだけの話だ。


「キミはなんに似てるよ。受け入れてくれるところが」なんって誰だろう……「じゃあ……私の家、ここだから」


 そう言って立ち止まった雨霖うりんさんの家は……言っちゃ悪いがボロそうなアパートだった。ちょっと……雨霖うりんさんのイメージとは違った。


「今日はありがとう」本当に笑顔が眩しい人だ。「また学校でね」


 手を振ってもらってしまった。振り返そうかとも思ったけれど、礼をするにとどめておいた。


 ……


 ……


 うーん……


 これは夢だろうか。


 学校でも最高級の美少女と2人きりで会話して、さらに一緒に帰ってしまった。


 夢か、あるいは帰り道にでも事故にあうのだろうか。


 とりあえず……


 気をつけて帰ろう。

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