第9話 キミと一緒

 楽しい会話というのは早く過ぎ去るもので……すでに窓の外は暗くなり始めていた。そろそろ最終下校時間になってしまうかもしれない。


『キミの気持ちは嬉しいよ。今の私のことも、もうちょっと好きになってみようと思う』そうなってくれたら嬉しい限りである。『でも、なにかに熱中したいという気持ちは変わらないかな』

『その気持ちも、もちろん尊重します』

『ありがとう』


 それはそれとして……


『友達との待ち合わせは大丈夫ですか?』

『大丈夫だよ。先に帰ってって言われてるから、もう私は家に帰ったことになってる』そういえばそうだったな。『しかし、たまには学校に残ってみるもんだね。こんな素敵な出会いがあるとは』

『お世辞がお上手で』

『似た者同士だね』正反対に思えるけれど。『キミと会話するのは、なかなか楽しいよ』

雨霖うりんさんの会話がうまいですからね』

『そんなことはないよ。キミが優しいから、こうやって会話ができるの』

『似た者同士ってことですね』

『そういうことさ』


 雨霖うりんさんが優しいから、僕はこうやって会話を楽しめている。


 そう……雨霖うりんさんは受け入れてくれるのだ。僕がチャットでなら話せるという事実も受け入れてくれている。


 そして……雨霖うりんさんが優しいから受け入れてくれているということを忘れてはならない。僕自身の会話が面白いなんてことはないのだ。


 さて話を戻そう。


雨霖うりんさんは、なにかに熱中したいってことですよね』

『そうだよ。これが好きって、自信を持って言い切りたいの』

『今まで、やって楽しかったことはありますか?』

『やれば大抵は楽しめるんだけどね』じゃあ、その楽しいことを続ける……というわけにはいかないのだろうか。『楽しいのと熱中するのは、違うように思えるんだよ。負けても悔しくないし、勝っても嬉しいと思えないの』


 冷めている……わけじゃないのだろう。


 おそらく彼女は……あまりにも真剣勝負を知らない。その領域に行き着いたことがなかったのだと思う。


 それは悪いことじゃない。何でも楽しめるというのは圧倒的な強みなのだ。のめり込む必要は、本来ならない。

 本人が望んでいるのならば、話は別だけれど。


『冷たい人間なのかな』ホントに悩んでいるようだ。『私には心がないのかな。なにかに熱くなったり、できないのかな』

『それはわかりません。僕は雨霖うりんさんのことを、よく知りませんから』

『それもそうだね』ほぼ初対面なのだ。『キミが格闘ゲームで熱くなるときって、どんなとき?』

『実力が拮抗してる相手と競り合ったとき、ですかね』

『ライバルが居るってこと?』

『最近までいました。だけど、少し前から出会わなくなりましたね』


 ミラージュ897って名前の人と、よくやりあっていた。オンラインゲームなので無効の顔も名前も知らないが……なんだか通じ合っているような気がしたものだ。


 今、ミラージュ897さんはなにをやっているのだろう。ゲームを辞めてしまったのだろうか。だとしたら悲しい限りだ。


 ……案外、異世界にでも転生して無双していたりして。って、そんなわけないか。


 雨霖うりんさんとの会話は楽しいが……


『そろそろ最終下校時間ですよ』

『そんな時間? 楽しい時間というのは、すぐに過ぎ去るものだね』

『相変わらずお世辞がお上手で』

『お世辞じゃないんだけどなぁ……』じゃあ社交辞令か。『よし、決めたよ』

『なにをですか?』

『私、キミと一緒にゲームがしたい』


 ……


 ……


 なんで?

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