第29話 世界の危機でも見つけたか

 好きな女子と一緒に食事をするだけで僕にとっては一大事だった。


 なのに……なのに……さらに次の段階まで一気に進んでしまった。ちょっと展開が早すぎない? 打ち切り漫画?


「私の家に来てよ」一応僕は異性なんですが……「材料はあったはずだから……カレーでもごちそうしよう。キミにはいろいろ助けてもらってるからね」


 断る暇もなく、気がつけば雨霖うりんさんの家の前まで来ていた。


 小さめのアパート……僕の住んでいるアパートみたいな感じだ。要するに、そこまで素晴らしい部屋ではない。悪く言えば貧乏そう。


「ちょっと狭いけど……」そう言って、雨霖うりんさんは部屋の中に僕を招き入れた。「私、趣味とかないからさ。このくらいの広さでも問題ないの」


 部屋の広さは……ちょうど僕の家くらいだ。だけれど……なんか僕の家とは違う。


 ……あまりにも殺風景だった。およそ女子高生の部屋とは思えない。クラスの明るい人気者の家とは思えない。


 部屋の真ん中にテーブルがあるだけ。あとは生活に最低限必要なものが存在しているだけ。テレビもなければ娯楽の類も見当たらない。


 刑務所みたいだと、そう思った。


 ちょっと……恐怖を覚えた。雨霖うりんすずという人間の深いところに触れてしまった気がした。


「どうしたの?」そんな僕を見て、雨霖うりんさんが言う。「……人を呼ぶと毎回驚かれるんだけど……なんでだろう。聞いても誰も答えてくれないんだ」


 ……まぁ答えづらいだろうな。イメージと違った、と一言で言えるような違和感でもない。


 この人には……雨霖うりんすずには本当にのだと実感した。愛着も執着も熱中もない。だから家になにもない。


「ちょっと待っててね」雨霖うりんさんはカーテンで区切られた……小さな台所に入って、「すぐ作っちゃうから。適当に座っといて」


 そんなことを言われると手伝いたくなる天邪鬼が僕である。急いでスマホを取り出して、


『手伝いますよ』

「いいからいいから」強引に肩を掴んで座らされた。「今日のコーチングのお礼だと思ってくれたらいいからさ」


 そうして雨霖うりんさんは鼻歌交じりに台所に向かっていった。


 しばらく、僕はその場にただ座っていた。部屋を見回しても殺風景な部屋で……なんとも面白みがない。


 手持ち無沙汰になって、僕は地平ちひらさんとしずかさんとのグループにチャットを送る。


『どうしてこんなことに……』

『フラれたか』返信が早すぎる地平ちひらさんだった。『世界の危機でも見つけたか』


 なんでフラれるか世界の危機の二択なんだよ。


『一緒に夕食を食べようってことになったんですけど……』

『良かったじゃないか』

『行こうとしたお店が休みで、気がついたら雨霖うりんさんの部屋にいました』


 返答には少し間があった。長文が来るのかと身構えていると、


『驚いたでしょ? すずの部屋』

『そうですね……』

『言葉にしづらい驚きだけれどね。あまりにも殺風景と言うか、熱を感じないというか……』そう……熱がない。『アンドロイドが部屋を持ったら、あんな部屋に住むのかな』


 それくらいには物がない。ミニマリスト……という言葉でも片付けられない違和感があるのだ。


 たとえば……僕はゲームが好きだからゲームが家に多い。他の人も……自分の趣味や好きなもの。つい衝動で買ってしまったものなどが家にある。


 それらが雨霖うりんさんの家にはまったくないのだ。気味が悪いほどに。


すずには執着心ってものがないの。感情がないのかも、って時々思うよ』感情がない……? 『頭からレモネードぶっかけられても怒らないし、なにかを成し遂げても極端に喜ぶわけじゃない。感情の起伏がかなり乏しい気がする』


 乏しいだけで感情はあるのだろう。彼女だった悩んだりするし喜んだりはする。


 しかしよく考えれば……そうだよな。雨霖うりんさんは今日、頭からレモネードをかけられるといういじめにあっている。


 なのに今の彼女は笑っている。傷ついた様子なんて一切見せずに、僕と過ごしている。


 それは彼女の優しさなのか強さなのか、壊れた部分なのか。


 執着しないのか……いや、執着できないんだろうな。だからなにかを集めたりもしない。ほしいとも思わないのかもしれない。


 そんな彼女が、なにかに執着したがっている。心を持たない機械が心を求めるように。


 その手助けが……僕にできるだろうか。

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