第30話 下手だよ

『まぁ感情がないってのは言い過ぎたけどね』それはそうだろう。感情がないわけがない。『でも、執着心が足りないってのは本当だよ。だからこそ、熱中することもできないのさ』

 

 その雨霖うりんさんの性質は部屋にも現れている。なににも執着しないので、なにも買わない。それだけ。


 だが……


『それは悪いことではないですよ』

『同感だよ。なにかに執着することだけが良いことじゃない。執着しないからこそ、すずはいろんなことを知っている。いろんなことに手を出せる。それはすずの強みだと思う』


 浅く広く知っていることは素晴らしいことなのだ。1つのことだけを掘り下げるのが良いこととは限らない。


 実際……僕みたいにバイト代がゲームで消えるのは良いこととは言えないだろう。それくらいなら物を買わずに、貯金したほうが良いという考え方もあるかもしれない。


 まぁ……僕はそれでもゲームを買うけれど。他人にいくらムダと言われても、ゲームを辞めないけれど。


 それくらい熱中できるものが雨霖うりんさんにもあれば良いんだけれどな。なかなか難しいだろう。


 さて……まだ雨霖うりんさんの料理が完成するまでには時間がかかるようだ。


『ちなみになんですけど……雨霖うりんさんって料理がうまいんですか?』

『下手だよ』直球すぎる。『下手って言ってもマンガ的な下手さじゃないよ。ただ純粋に美味しくない。マズくはないけど』


 マズくないから指摘もしにくいわけだ。


 まぁ僕としては……マズくないなら良いのだけれど。そこまで味にこだわりはないので、吐き気を催さない限りは大丈夫だ。


 地平ちひらさんとチャットをしている間に、


「できたよー」二人分のカレーライスを持って雨霖うりんさんが現れた。「そんなに辛くないから、安心してね」


 それは本当に安心した。僕は辛いのが苦手なのだ。辛口のカレーなんて食べたくない。


 ……そういうことは用意してもらう前に言うべきだったな。雨霖うりんさんの部屋の衝撃で忘れていた。


 今さらだが……こうやって部屋に誘うことも雨霖うりんさんにとってはコミュニケーションの1つでしかないんだろうな。勘違いさせるというかなんというか……


 さて雨霖うりんさん作成のカレーがテーブルの上に置かれる。スプーンやらも用意されて、あとは食べるだけ。


「重ね重ね、今日はありがとうね」よくお礼を言ってくれる人だ。「ゲームってのは楽しいもんだね。教えてくれる人が良かったのかな?」

『教わる人が良かったんですよ。素直に教わってくれたので、僕も楽しめました』

「じゃあ、私たちは相性が良いってことかな?」

雨霖うりんさんが配慮をしてくれるからですよ』


 まだ相性についてはわからない。だってお互いに気を使っている。

 どこまで気を使って、どこまで本音で話していいのか。それらを関係性の中で推し量って言って……それからようやく相性というものは見えてくるのだ。


 まだわからない。僕も雨霖うりんさんも本心で話していないだろうから。今、仲良く会話できているのは雨霖うりんさんの配慮がうまいからだ。


 さて……とりあえず聞いておこう。


『申し訳ありませんが、食事中もスマホを使ってチャットをしても良いですか?』

「いいよ」


 この提案をしておかなないと、僕は食事中に何も言えなくなってしまう。食事中のスマホは行儀が悪いと思う人もいるだろうから、許可が必要だったのだ。


 それから手を合わせて早速食事をいただく。


 ……味は……うん。そういうこともある。大丈夫、食べられる食べられる。毒ではない。たまに吐きそうになるけど、表情に出すほどではない。


 だからこそリアクションしづらいんだよな……これでリンゴがまるごと入ってるとかだったらネタになるのに……


 ……食事にはできる限り触れないようにして、雨霖うりんさんとの話題を探そう。

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