第31話 同類かもしれない

 殺風景な部屋で雨霖うりんさんと……好きな人と2人。


 意識した瞬間に心臓がうるさくなるが、ここは耐えなければならない。


『今日のゲームは熱中できそうでしたか?』

「うーん……どうだろう……」さすがに食事中は、雨霖うりんさんは口で話すようだ。「楽しかったとは思うけれど……このまま続けてたら、夢中になれるのかな」


 それはわからない。惰性で続けても意味はないかもしれない。しかしすぐに辞めても効果はないかもしれない。


 結局……


『最後までやってみないと、わかりません』

「そうだよね……やっぱり、途中でやめるからダメなんだよね」

『ちなみに、今までなにか……長く続けたものはありますか? なにか成果を成し遂げたこととか』

「中学の時に、バスケットボールで全国に行ったよ」


 ウソでしょ……? 全国選手?


 なんかしれっとすごい情報が出てきたな……もしかして雨霖うりんさんってすごい人なのか?


『なんで今はバスケをやめたんですか?』

「うーん……なんだか失礼な気がして……」雨霖うりんさんにとって、苦い過去らしい。「県大会とか全国とか……私みたいな、べつに勝負にすべてを懸けてないような人間が絡んで良い勝負じゃない気がして……」


 それから雨霖うりんさんは一瞬だけ天井を見上げた。その試合のことを思い出しているのかもしれない。


「知り合いにさ……バスケが大好きな子がいるの。県外の人なんだけど、練習試合で仲良くなった」相変わらず友だちを作るのが早い人だ……「その子はね、なにもかも一生懸命なの。練習も全力で、試合に勝てば全力で喜んで、負ければ全力で悲しむ。そんな子だったの」


 雨霖うりんさんに足りないものを持っているんだな。


「この間……その子がいる県の予選があったの。勝ったら全国……つまり決勝まで勝ち進んでた」


 なかなかすごい人と知り合いなんだな。県大会の決勝まで行きつけるような人と知り合いだったとは……


「まぁ……そこで彼女は負けちゃったの。それですごく悔しかったんだと思う。いっぱい泣いてて……とても声をかけられる雰囲気じゃなかった」その人は……決勝に懸けていたのだろうな。「そこまではいいんだよ。彼女が……月影つきかげさんが涙もろい人なのは知ってたし、その大会で勝ちたいって思いが強いのも知ってたから」


 月影つきかげさん……というのが知り合いの名前らしい。その人が涙もろいのは雨霖うりんさんも知っていて。悔し泣きすることも想定内だった。


 じゃあなにが気になっているのだろう。


 雨霖うりんさんは続ける。


「その月影つきかげさんの先輩……まぁ、須田すださんって言うんだけど。須田すださんは常に冷静というか明るいというか……てんみたいな感じの人なんだ」あっけらかんとしていて明るい人。「須田すださんは3年生だったから、後輩の前では笑ってたの」


 後輩の前で強がっていただけなんだろうな。3年生ということは最後の大会の可能性もある。


須田すださんはね……まぁ天才って言われるタイプのプレイヤーだったの。全国でも上位だと言われた攻撃力と、圧倒的な冷静さが強みだった」冷静か……「でも逆に……勝利に対する執念が足りないって言われてたの。まぁそれがリラックスに繋がってたのかもしれないけれど……とにかく執着心がなかった」


 執念がないからこそのリラックス。

  

 勝ちたいがあまり体が縮こまってしまっては意味がない。勝利したいならば、あえてリラックスすべき。


 とはいえ勝ちたい気持ちは必要だ。その心のコントロールは……スポーツとゲームは共通している。試合ならすべて共通するのかもしれない。


 強気すぎても弱気すぎてもいけない。そんな最高の心のバランスを見つけないといけない。


「もしかしたらね……須田すださんは私と同類かもしれないって思ってた。執着できない人なのかもしれないって思ってた」過去形ということは……まぁ違ったんだろう。「でも違った。須田すださんは後輩と別れて……当時の部長に抱きついて泣いてた。本当に悔しそうで……私とは違う世界にいる人なんだって悟ったよ」


 その大会に全身全霊を持って望んでいたんだろうな。周りからは執念が足りないと言われて……ヘラヘラしているように見せかけて、誰よりも勝ちたかった。後輩の前で笑っていたのは……それは彼女のプライドだったのだろう。


「私にはその世界に行き着けないって……思ったんだ」いつの間にか、2人とも食事の手は止まっていた。「同時に思ったの。私も……須田すださんと同じくらいなにかに熱中したいんだって。負けて泣いてもいいから……その場所まで行き着きたい」


 ……


 正直……かなり難しいことだろう。


 負けて泣くというのは……その競技に真剣だった証だ。熱意を注いで、それしか見えなくなって……毎日毎日続けた努力が自分に跳ね返ってくる。

 だからこそ嬉しいし悲しい。努力も妥協もすべて自分で背負うからこそ苦しいし、楽しい。

 

 その領域に行きつける人は……どれくらいいるのだろう。負けて泣くほど悔しいと思ったことは……僕にもないのだ。


 結局そのまま……僕たちは無言に近い状態で食事を終えた。帰り際に雨霖うりんさんに「変な話をしてごめんね」と謝られたが……僕としては良いことを聞かせてもらった気がする。


 僕は……ゲームに熱中していると思っていた。だけれど……須田すださんのように泣くほどのめり込んでいただろうか。プライドを持つほど……執着しただろうか。


 ……ちょっと僕にも……思う所ある話だったな。

 

 そして雨霖うりんさんの家から自分の家に帰って、ベッドにダイブ。


 それから……思った。


 好きな食べ物を聞き出すの忘れてた。

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