第28話 私が作ろうか

 その牛丼屋さんの近くにある公園で待ち合わせ。


 ……女性を牛丼屋に誘うのはマナー違反とか言われるだろうか。いや……ここは面倒くさいSNSじゃないんだ。そんな事を気にしなくてもよいだろう。


 となると……やはり僕の目的は雨霖うりんさんの好きな食べ物……好物を聞き出すことだ。


 雨霖うりんさんは牛丼が好きだと言ったが、それは好物としての好きではないだろう。僕はピザは好きだが、別に好物の例としてあげたりしない。


 好きというのは非常に広い定義に当てはまってしまうのだ。だからこそ誤解を生む。


 たとえば……雨霖うりんさんに「僕のことが好きか」と聞いたら「好き」と返答してくれるだろう。しかしそれはLIKEなのである。LOVEには程遠い。


 そんな事を考えながら歩いていると、かなり早めに目的地についてしまった。


 夜の誰もいない公園。たまに夜中に散歩に出かけることはあるが、誰かと待ち合わせというのは生まれて初めての経験だ。


 これから雨霖うりんさんがこの場所に来ると思うと、なんだか緊張してくる。私服が変じゃないかとか……髪の毛はハネてないかとか……いろいろと気になってしまう。

 一応香水とかもつけてきてしまった。僕レベルの男が香水なんて使っても効果がないだろうけど……まぁ雨霖うりんさんに不快な思いをさせないためだ。思い上がってるわけじゃない。エチケットだよエチケット。


 そんな言い訳を心のなかでしているうちに、


「こんばんは」雨霖うりんさんが公園に現れた、「いきなり呼び出してごめんね。お詫びに奢るよ。いろいろ教えてもらったからね」


 奢られるのは丁重にお断りしよう。それは僕のささやかなプライドである。別に男だから女だからではなく……雨霖うりんさんとは対等な関係でいたい。


「じゃあ、行こうか」


 そうして雨霖うりんさんはスキップでもしそうなくらい軽やかな足取りで歩き始めた。


 なにか嬉しいことがあった……わけではないのだろう。これが雨霖うりんさんの本来のテンション。学校では意識して抑えているのだと思う。


 さて前を歩く雨霖うりんさんについて歩きながら……思う。


 私服の雨霖うりんさんかわいいなぁ……思ってたよりもラフな服装で……スポーティな出で立ちだった。制服の状態よりも子供っぽくて、逆に親近感が湧いた。


 そうしてお目当ての牛丼屋にたどり着いて……


「あ、れ……?」お店の前の看板を見て、雨霖うりんさんが呟いた。「臨時休業……? マジで……?」


 どうやら牛丼屋は……今日は休みらしい。文言を見る限り急な休みだったようだ。


 間が悪いというかなんというか……運が悪いとしか言いようがない。


「ご、ごめん……」雨霖うりんさんが謝ることじゃないのだけれど……「調べてから来るべきだったね……」


 それはそうかもしれないが……いや、わざわざ近くのお店に行くのに調べてから行かないだろう。しかもこの牛丼チェーン店は365日営業しているはずだ。それが売りのハズだ。こんなアクシデントはさすがに予期できない。


「ど、どうしよう……」雨霖うりんさんが途方に暮れた挙げ句、とんでもないことを言い出した。「ねぇ……今日、ちょっと時間ある?」


 僕がうなずくと、雨霖うりんさんが続けた。


「じゃあ、私が作ろうか」


 ……


 このコミュ力おばけ…… 

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