第2話 あ、ごめーん

 放課後の教室で彼女と2人きりになる。


 そんなことは3日ほど前の僕はまったく想像していなかった。ただ窓際の席でボーっと授業を聞き流しているだけだった。


 今日も一日が無為に終わる。何事もなく、何事も起こせず、何事にも巻き込まれず平穏な一日だった。


 そんな毎日が嫌いなわけじゃない。平和は素晴らしいし平穏を望んでいる。


 それでもなお……せっかく高校2年生という思春期真っ只中にいるのだから、この多感な時期に青春の1つや2つしてみたいと思う今日このごろ。


 とはいえ僕はその機会に恵まれない。いや……掴みに行かないといったほうが正しいか。


 部活にも所属していなければ友達もいないし恋人もいない。かわいい女子に話しかけるでもなければ特技があるわけでもない。


 唯一ゲームだけには少し自信があるけれど……そのことを誰かに告白したこともない。


 はるか昔から言われていることだ。

 

 オタクに優しい女子はいない。オタクに優しいギャルはいない。


 そんな事は言い訳だ。オタクが悪いのではなくて、僕の魅力がないのが悪いのだ。事実、現在はゲームやアニメ文化は昔より広く受け入れられ、オタクなんてものは珍しくなくなっている。


 だがそれと、僕がモテるとか恋人ができるとか青春を謳歌できるとか……そんなことは無関係である。


 わかっている。

 

 こうやって頭の中で面倒くさいことばかり考えている僕に青春のチャンスなんて訪れない。青春というのは自分から行動した人間にしか訪れないのだ。

 

 最初は偶然のチャンスかも知れない。そのチャンスを掴み取るのはあくまでも自分――


「あ……」不意に、隣にいた女子が声を上げた。「ヤバ……! 取って!」


 見ると、隣の席の女子の手からプリントが1枚飛んできていた。どうやらプリントが風に飛ばされて僕のほうに飛んできたらしい。


 僕の席は窓際。ヘタをすると窓の外に飛んでいってしまいかねない。というより軌道的に窓の外に向けて真っ直ぐだ。


 僕はとっさに手を伸ばして、その紙を掴んだ。なんの用紙なのかは見ないようにしつつ、その紙を持ち主に渡す。


 とくにお礼は言われなかった。まぁお礼を期待してプリントを取ったわけじゃないから別にいいけど、なんて考えていると、隣の女子グループがヒソヒソと、


「このプリント大事なやつでしょ? あんなのに触られちゃって……」

「これじゃ外に落ちたほうがキレイだったんじゃない?」

「そうかもね……」


 ……


 別にいいけどさ。他人からの称賛を求めてプリントを取ったわけじゃない。そうしないといけないと思ったからやっただけだ。


 バカにされたって構うものか。聞こえないふりをしていれば、いつか収まる。いつものことだ。


 それにしても隣の席が女子というのは緊張する。こんな感じでバカにされる事が多いので、警戒してしまう。


 まぁそれももう少しの辛抱だ。あと数日で席替えが行われるのだから……2分の1の確率で隣は男子になる。いや……両隣が男子という確率はもっと低いか……どれくらいなのだろう。数学は苦手だ。2分の1×2分の1で4分の1? いや窓際に僕が行くことを計算に入れると……?


 なんてことを考えていると、


「先生」さっきのプリントの女子が立ち上がって、「ちょっとプリントが汚れちゃって……新しいのにしていいですか?」


 そんなに嫌か。もう2度とプリントが飛んできても取ってやるものか。


 そんなどうでもいい覚悟を決めているうちに、休み時間になった。嫌なことなんてさっさと忘れて、次の授業の準備をしよう。


 ノートと教科書を入れ替えて机の上に置く。そしてなんとなくノートの中身を確かめた瞬間、


「あ、ごめーん」


 急に僕の机に体当りしてきた人がいた。

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