第40話 チート野郎

 翌日……学校。


 その噂はすぐに広まっていた。というか、学校の数カ所にとある張り紙が貼られたのだ。


『チート野郎スー・テランはこの学校にいる。名前は――』


 そこに書かれていたのは僕の名前。フルネームで丁寧に書かれてあった。


 朝、学校にたどり着いたらすでに学校がざわついていた。多くの人がこの張り紙の前に立ち止まって、いろいろと話しをしていた。


「スー・テランってなに?」「オンラインで強いゲームプレイヤーだろ?」「あんまり強いからチートを疑われてたけど……本当にやってたのか?」「というか……うちの学校のあいつなの?」


 なかなかの盛り上がりだ。僕はチートなんてやっていないというのに、この程度の張り紙で適当な憶測が飛び交う。人間というのは適当なものだ。


 そんな中、聞き覚えのある声が張り紙のすぐ目の前から聞こえてきた。


「この名前……あの根暗野郎じゃん」俎上そじょうさん……雨霖うりんさんにレモネードをぶっかけた人だ。「チートかぁ……やっぱりやってたんだね。怪しいと思ってたよ。そういうやつだよあいつは」


 ちょっとわかる。僕も僕を見たらチートしてそうなやつだと思う。

 だが俎上そじょうさんの見立ては間違いだ。僕はチートなんてしていない。する必要なんてない。


「チートって結局犯罪だよね」たしかに犯罪に至る可能性もある。ルール違反なのだから罰せられるべきだ。「やっぱり最低なやつだったね……あんなのプリントも触られたし……」


 まだ覚えてるのかよ。いい加減忘れろよ。というか……今俎上そじょうさんが使ってる机は元々僕が座ってた机ですけど、それはいいの? 気づいてないの?


 まぁ……僕としては騒ぎが起こっても問題ない。無視していれば良い話だ。


 そう思っていると、


「そこのやつでしょ?」俎上そじょうさんが目ざとく僕を見つけて、「やっぱりやってたかぁ……みんなに謝ったら?」


 謝る必要は感じない。だってチートなんてしてないし。仮にチートをしていたとしても、謝るべき相手はこの人たちじゃない。


 それにしても……視線が一斉にこちらを向くというのはかなりの恐怖だ。その場でざわついていた人たちの目が全部こちらを向いていて……糾弾されている気分だった。


 されている気分じゃなくて……糾弾されているんだろうな。チートをしたクソ野郎を蔑んだ目で見ているんだろうな。


 さて僕が無視して去っていこうとすると、


「逃げるんだ。やっぱりやってたんだね」それしか言えないのか。「結局そうなんだよねぇ……真面目ぶっててもウラではやりたい放題。だから――」


 俎上そじょうさんの言葉が途中で止まる。なんで急に黙ったのかと思って目線を向けると……


 雨霖うりんさんがいた。雨霖うりんさんが全員の注目を集め地ている場所に歩いて言って、そして張り紙を剥がして破ったのだった。そして地面に捨てる……ことはせずにポケットにしまったのが雨霖うりんさんらしい。あとでゴミ箱に入れるんだろうな。


 明らかに怒っている雨霖うりんさんだった。笑顔じゃない彼女の顔を見るのは久しぶりだった。


 ……最初に僕を助けてくれたときも、こんな顔をしていた気がする。


 自分が傷つけられるのは良いけれど、他人が傷つけられるのは見過ごせない。それが雨霖うりんすずという人間なのだろう。


 そんな雨霖うりんさんを見て、俎上そじょうさんが笑う。


「なに? なにか用?」

「なにもないよ」


 ……たまに雨霖うりんさん、とんでもなく冷たい声を出すよな……なんかゾクッとする。睨みつけてほしい。


「ふーん……」俎上そじょうさんには睨みつけられたくないな。殴っちゃいそう。「雨霖うりんさん……やっぱり? やっぱりそうなの?」


 やっぱり、が口癖なのだろうか。それとも語彙力がないのだろうか。どっちでもいいけれど。


 それにしても……なにがやっぱりなのだろう。やっぱり雨霖うりんさんに睨みつけられると新しい扉が開く……って、そんなわけがない。


 その疑問はすぐに氷解した。


 俎上そじょうさんは僕を指さして、


「やっぱり雨霖うりんさん、アイツのこと好きなの?」


 ……

 

 またややこしくなることを……

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