第38話 おまかせでOK?

 翌日……さらに翌日。さらにさらに翌日。


 平日になって学校が始まっても、僕の修行は続いていた。


 途中から慣れてきて軽くこなせるように……なんてことにはならなかった。僕が慣れてきたのを見て、しずかさんの修行のメニューが厳しくなっただけだった。


 結果として……毎日毎日フラフラである。いや……それは僕が望んだことだ。修行の強度を落としてほしいと願えば、しずかさんは受け入れてくれる。というより、何度か修行のメニューを和らげることを提案してくれた。


 でも、僕が拒否したのだ。


 そのまま1週間が経過した。つまり当初の予定の……修行を成し遂げたのである。

 

 しずかさんと2人きりの道場、畳の上もずいぶんと慣れてきた。それはしずかさんも同じなようで、初期と比べて少し饒舌になっていた。


「驚いたよ」しずかさんが僕の隣に座って、「ごめん。途中で逃げ出すと思ってた」

『そんなもったいないことしませんよ。せっかく美人の先生に教えてもらえるのに』

「あんまり、そういうこと言わないほうがいいわよ」まったくもってその通りなので、反省しておく。「でも……ありがとう。褒め言葉としては、受け取っておくわ」


 そうしてもらえると嬉しい。喜んでもらえると、こちらも喜べる。


「ねぇ……どうしてあなたは、一番厳しい修行を望んだの?」

『ただの気まぐれですよ』

「ウソ」かなり鋭い人物らしい。「そんな気まぐれで、一週間を乗り切ることはできない。あなたにはそれ相応の覚悟があって、なにかを成し遂げるために一番厳しい修行を望んだ。そうでしょ?」


 ……うーむ……ちょっと修行で余裕がなくなって、僕の本心が出ていたようだ。いつもならこんなミスはしないのだが……


 ともあれ、バレたのなら仕方がない。


『頭が真っ白になるまで運動したかったんです』

「……そんな気分になるときもあるけれど……どうして今回は、そんな気分になったの?」

『いろいろなことが起こりすぎていたので、頭を空っぽにしたいと思ったからですかね』


 突然雨霖うりんさんグループと友達になって、挙句の果てに恋人だとか変な話になっていた。


 あまりにも多様なことが僕の身に襲いかかっていたので、混乱していたのだ。

 そんなときは何も考えないに限る。だけれど何もしていないと頭が働いてしまうので、全力で運動するのが効果的だ。


 走って走って走りまくって、息ができなくなるくらいまで自分を追い込む。そうすれば……少しはスッキリする。悩み事が消えるわけじゃないけれど、問題が小さく見えてくることがある。なんでこんなことで悩んでいたのかと思うことができるのだ。


『頭を空っぽにして考えて、決心しようと思ったんです』

「決心……それって、前も言ってたやつ?」

『そうですよ』


 雨霖うりんさんの熱中に関するもの。おそらく雨霖うりんさんを熱中、夢中にさせられるもの。


 今まで雨霖うりんさんの話を聞いていて……雨霖うりんさんが一番心を動かされたものがある。おそらく……それが熱中というものなのだ。彼女はまだ、気がついていないのだ。


「それで……決心はできたの?」

『できましたよ』僕は一度、深呼吸をして、『雨霖うりんさんのためというのもありますが、最大の理由は僕のためです』


 しずかさんが首を傾げたので、僕が続けて送信する。


『熱中の話とか夢中とか……須田すださんの話とかを聞いて、思うところあったんです。僕が好きなものは、もしかしたらそれほど熱中したものじゃないんじゃないかって』

「……本当はゲームに熱中してないってこと?」

『そうかもしれない、と思ったんです』自分でも気づいていなかったことだ。『基本的にゲームは遊びです。もちろん競技としてプレイすることもできますけど、まだ僕はその領域に至っていない』


 楽しく遊べたら、それで良い。これまでも、これからも……そう思っていた。


『けど、思ったんです。僕も熱中したいって。負けて泣いて、勝って全力で喜べるようになりたいって思ってしまったんです』


 雨霖うりんさんの話。地平ちひらさんの話。しずかさんの話。そして須田すださんの話。


 それらを聞いていて、僕も熱中を見つけたいと思った。自分の好きな分野に熱中したいと思った。思ってしまったのだ。


 最大の熱中を得るために、なにかを犠牲にしても構わないと思った。失敗してもいいと思った。


 そして僕の熱中を見てくれたら……きっと雨霖うりんさんも答えを出してくれる。もう彼女は結論のすぐ近くに立っているのだから。


『だから決めました。そろそろ、やります』

「……ふぅん……」興味がない、わけじゃないのだろう。これが彼女のしゃべり方。「手伝えることはある? それとも、おまかせでOK?」

『おまかせでお願いします』巻き込むのは忍びない。『手痛く失敗する可能性もありますので、そのときはフォローしてくれるとありがたいです』

「了解。任せて」


 ……フォローのことまでお願いしてしまった。もう逃げ場がないな。自分からなくしたのだけれど、ちょっと後悔だ。


 さて……

 

 ともあれ、行動開始だ。

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