第32話 レッドソード

 目が覚めると、茂みの影にいた。


「いッむぐ」


「しー! めぇ、よかった。おとさま起きた」


 俺を介抱していたのは、メメだった。俺は痛む頭に触れながら、メメに問いかける。


「メメ、さっきの一撃を受けてからどのくらいたった?」


「めぇ、一分も経ってないの。みんなを抱えてここに逃げ込んだから」


 俺は上体を起こす。アモンの気配はない。


「ロム、吹っ飛ばされてからも少しだけ起きてて、フェアリー出してくれたの。だから、今急いで、おとさまとロム治してる」


 見れば、俺の隣でロムが意識を失っていて、俺にもロムにも、数体ずつフェアリーがついて治療の鱗粉を振りまいている。


 鱗粉が掛かったところから、アモンによって負わされた火傷が治っていくのが見て取れた。


「みんな、ありがとう。メメ、アモンは?」


「めぇ、ケットシーが気を引いてる。コボルトより隠れるのが上手いから、まだ余裕があるの」


 いくらか離れたところで、アモンの唸り声と、ケットシーらしき猫の鳴き声が聞こえる。


 コボルトよりも遅いケットシーだが、その分狡猾ということらしい。特にここは森だ。隠れるものにも困るまい。


 俺はまだ挽回可能だと理解して、ほっと胸をなでおろす。


 それから、表情を引き締めてメメに向かった。


「メメ。……まずは、お叱り。魔法を撃とうとしたね」


「め。……だって、その、おとさまもみんなも危なくて」


「気持ちは分かる。でも、ダメだ。もう、メメの魔法は使


 ―――俺がメメに魔法を許さなくなった原因。


 それは、メメの魔法の威力が、もはや単なる攻撃手段として看過できる領域を、大きく超えてしまったからだ。


 メメはこの一年で成長した。体は人間ではもはや追いつけないほど頑丈で強靭になった。だがそれ以上に、魔法が成長し過ぎたのだ。


 今のメメの魔法の威力は、尋常ではない。


 ここで撃てば、まず間違いなく精霊樹の森は。俺たちもメメの雷で全滅する。


 そういう威力だ。すでに人気のない荒地で撃って、確かめた事実だ。


 だから、決して撃たせられない。俺は強くメメに言い聞かせる。


「メメ。メメはもう絶対に、俺の許可なしに魔法は撃っちゃだめだ。もし俺が良いって言っても、自分で状況を考えて、ダメって思った場合もダメだ」


「めぇ……分かった……」


「よし、いい子だね。……さて、それで、ここからあの悪い狼をどうしようか」


 俺は肩の力を抜いて苦笑する。まったく、実に難敵である。人数が減ってかく乱ができない以上、もう俺には、アモンの打倒方法が思いつかない。


 すると、メメが言った。


「おとさま。一つお願いしてもいい?」


「……お願い?」


「めぇ」


 メメは頷いて、俺に乞う。


「『第二の封印を解く』って、言って欲しいの」


 その言葉に、


 嫌な感触が、ぞわぞわと背筋を這い上った。


「……メメ?」


「メメ、おとさまに大事にされて、心も体も強くなれた。だから、失敗せずに封印を解けると思うの」


「どういう、こと? 封印って、何」


「メメの、魔法の封印。第一の魔法『ホワイトサンダー』の次の魔法」


 俺は、口を閉ざす。


 召喚魔法は、召喚主と召喚獣の成長により、魔法や召喚獣の能力が増えていくものとされている。


 だが、今までメメに訪れたのは、成長のみ。魔法や能力の種類が増える、といったことは、今まで起こってこなかった。


 成長ペースが一般的なラインを大きく下回る訳でもなかったから、気にしていなかったのだ。


 平均して五年。魔法や能力が増えるには、平均して五年かかる。


 俺がメメを迎えて、三年。まだ覚えていなくても不思議ではない。だから、こんなものだろうと高をくくっていた。


 しかし、メメの言葉を信じるなら。


「第二の封印を解いたら、魔法が増えるの?」


「めぇ、増えるの。ホワイトサンダーに負けないくらい、強い魔法が」


「……じゃあ仮に今、第三、第四、……第七の封印を解いたら?」


 メメは、恐怖すら顔に滲ませて、言う。



「……失敗って」


「めぇ、おとさまの知ってる未来になる」


 俺は息をのむ。俺の知ってる未来。それは、つまり、『サモンイリュージョン』のラストの。


 俺はメメの肩をつかむ。


「メメ、君は何を知ってるの? 君は、君は何なんだ? 君はどんな運命を背負ってここに」


「めぇ、知らない。知らないけど、知ってるの。お勉強頑張ってるけど、まだ上手く言えなくてごめんなさい」


 メメはしゅんと目を伏せる。俺は強い不安に駆られながらも、唇をかんで、息を落とした。


「……分かった。いずれまた、話せるようになったら、お願いしてもいい?」


「めぇ! メメは、おとさまの言うこと、何でも聞くよ?」


「うん。メメは俺の自慢の召喚獣だ。……じゃあ」


 俺は息を吸う。覚悟を決める。メメを信じる。


 メメは、失敗しないと言った。


 なら、失敗は、しないのだ。


「メメ、『第二の封印を解く』」


 その言葉を皮切りに、世界が変わったのが分かった。


「……、……?」


 空気が、緊迫感を増した。何か分からないが、確実に何かが変わった。


 メメは静かに目を閉じる。すると、メメの顔に、右目の上下に三つ、左目の上下に二つ、元の目を合わせて七つのまぶたが現れる。


 まず、右の一番上の目が開く。瞳は白。雷を思わせる、輝く純白。


 次に、右の二番目の目が開く。


 その目は、赤色をしていた。血を、炎を、戦争を思わせる赤の瞳。


 メメは言う。


「第二の封印解かれり。赤き馬出で来たり。大いなるつるぎ与へられり」


 メメは再び目を閉じる。メメの顔を覆うようだった異形のまぶたが消えていく。


 再び目を開くと、メメの顔はいつも通りに戻っていた。いつも通りの、可愛らしい顔に。


「めぇ! 成功した! やっぱりおとさまはすごい!」


 俺は何故だか、死ぬほどの安堵を迎えた。思わず肩を落としてしまうほどの安堵だ。


 だが、本当の勝負はここからだ。俺は、メメに問う。


「頭の中に、呪文が響くんだ。これを唱えればいいかな?」


「めぇ!」


「うん。じゃあメメ、行こうか」


 俺たちは揃って茂みの影から立ち上がる。


 そう遠くない場所で、巨大な黒狼アモンが、ケットシーを一匹捕まえ、噛み殺している。


 アモンの口から、ケットシーの血が垂れる。ケットシーは役目を終えて、力なく消えていく。


 俺は言った。


「第二の魔法、レッドソード」


 手を振るう。中に現れる感触を掴む。するとそれは、現れた。


 それは、ロングソードとだいたい同じくらいの剣だった。長く、多少太い。だが、それらの特徴は些事だろう。


 剣は、真っ赤な血錆に覆われていた。その血錆は時折燃え上がり、炎を巻く。


 振るうとまだ滴る血が舞い、一瞬遅れて炎を放った。


 俺は笑う。


「魔法にして剣。血にして炎。いいね、俺好みだ。アモンと、正面から斬り合える」


 アモンが俺に気付き、視線を向けてくる。俺はアモンに、レッドソードの切っ先を向けた。


「次の相手は俺たちだ、アモン。さぁ、二ラウンド目と行こうじゃないか」


 俺とメメが、アモンの前に揃い立つ。アモンは口端から、目から炎をくゆらせ、俺たちに警戒の唸りを上げていた。






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