第34話 学園入学前、最後の冒険の終わり

 諸々を終えて帰宅した俺の最初の仕事は、父上にロムの身元受け入れを承諾させることだった。


 何せ許可を取っていたはいいものの、数日帰宅せずの大冒険など初めてのこと。


 帰宅直後に玄関まで駆けつけてきた父上と姉上ズを見て、随分と心配をかけてしまったと思ったものだ。


 そこに重ねて、身元の分からない子供を養ってほしい、などとワガママを言うのだ。どれだけ怒られるのか、と冷や冷やしていた。


 しかし父上は、思いの外あっさりと許可を出した。


「はぁ……許可だな。すればいいのだろう? 許可しよう」


「アレ、やたらすんなり出しますね。投げやりですけど。てっきり怒られるものと思っていたのですが」


「親としては叱りたいところだが、ユディミル殿下の許可もこうして届いている。根回しをこれだけ丁寧にされては、たとえ親とて叱るに叱れん」


 父上はそう言って、ユディミルから届いたらしい手紙を指に挟んで振る。俺は何度か目をぱちくりとまばたきしてから、手紙を受け取った。


 中身を確認してみれば、『親友が動いてくれて助かる』『戦果があればうまく話を付ける』『今度遊びに行く』という内容が淡々と書かれていた。


 直接接してみればあの調子のユディミルが、手紙では淡々としているのだから不思議なもの。


「ユディミル様様だね……。これが国家権力」


 ともかく、その手紙のお蔭で、俺の今回のそれこれはユディミルのお墨付き、ということになったようだった。


「ディアル。お前はユディミル殿下の家臣だ。その主たる殿下が頷いたというのなら、たとえ親である私からでも、言うべきことはない」


「ありがとうございます、父上」


「うむ。あとは任せる。好きにせよ―――あ、いや、やはりあるな。拾ったからには、世話はちゃんと最後までみるのだぞ」


 犬猫かよ、と思ったが、やぶ蛇になっても嫌なのでその場はそれで辞すことにした。


 そんな訳で、俺たちは挨拶後に風呂で汚れを落として、それはもう死んだように眠った。


 翌日、姉上ズが文句を言わない訳がなかった。


「ナマイキディアル! 人の断りもなく屋敷に人を増やすんじゃないわよ!」


「そ~だそ~だ~! ディアルってばお姉ちゃんのことないがしろにしすぎ~! 雑に扱っていいのはサテ姉だけなんだからね~?」


「そうよそう……よ? ルル? 今何て言ったの?」


 やはり姉上ズは受験勉強で気が立っていると見えて、仲間外れが寂しかったらしい。


 そんな折にユディミルとマリアの兄妹がちょうど遊びに来た。


「よう親友。お前が拾った秘宝の遣い手を見にがてら、遊びに来たぞ」


「ディアル様、御機嫌よう。先日ぶりですが、お兄様が行くというので、付いてきてしまいました」


 一同大集結である。ちょうどいいのでヘイト管理も兼ねて、全員でお茶会を催した。


 結果から言うと、それはもう馴染んだ。


「アンタ! ロムって言うのね。まぁディアルと違って素直そうだし、お姉さまが可愛がってあげるわ!」


「とりあえず紅茶注いで~? あ、本当に注いでくれた。素直ないい子じゃ~ん。ディアルと違って~」


「そうだよ。素直な良い子だから、こき使っちゃダメだからね」


 俺が釘を刺すと、「うるさいわね! 弟の癖にナマイキよ!」「ナマイキ弟の言うことなんか聞かないも~ん」と姉上ズは今日も生意気だ。


 すると、ロムはすっと俺の横に立って言う。


「大丈夫、ボクの一番は師匠だから」


「「「「!?」」」」


「待って今の一言で色んな波乱が生まれた」


 ロムはただでさえ色々しっとりしているので、誤解を生みやすい。


 食いついてくるのは女性陣だ。


「何!? 何なの!? そもそもロムってよく見たら男なのか女なのか分からないのだけれど! どっちなの!?」


 と混乱を示すサテラ。


「ディアルはほーんと節操なしで、お姉ちゃん困っちゃうな~! 男の子も女の子もどっちか分からない子もって、雑食すぎ~!」


 と俺へのからかいにシフトするルルフィー。


「ディアル様!? ディアル様の婚約者はわたくしですからね!? 忘れないでくださいね!?」


 と涙目で一番必死そうなマリア。


「めぇ! めぇ!」


 そしてセリフを取られて鳴くばかりのメメ。


 四人にワッと問い詰められて、俺は自分で対応していられなかったので、ロムを盾にした。


「ロムガード」


「? 師匠?」


「君がまいた種だ、ロム。君が片すように」


 俺はロムで女性陣の追及を躱し、するりとその場を脱出する。


 するとロムに矛先が変わって、迂闊なことを言ったロムが女性陣四人にしばかれる修羅場が発生した。


 俺はその光景に、南無……と祈りを捧げて、茶会の別テーブルに腰を落ち着ける。


「よう親友。新参者のロムはどうだ」


 そう言って俺に手を挙げるのは、ユディミルだ。今回の静かな功労者である。


「まだ分からないところは多いけど、何か懐かれてるって感じ」


「ハッハッハ! いや、マリアの話を聞いて一人で精霊樹の森に向かうと聞いたときは驚いたが、まさか秘宝どころか遣い手まで連れてくるとはな」


 ユディミルはからからと笑う。それから、ロムの今後の処遇について話し始める。


「親友。お前がオレのために連れてきた、という名目で現れた以上、ロムはオレの陣営に組み込むぞ。異論はないな?」


「ないよ。仲良くしてあげて」


「よし。ならばこの一年で、魔法学園の入学試験に受かるまで教育してやってくれ。オレはロムの入学資格を取り付けておく」


「助かるよ」


 俺たちは短く合意を示し、拳をぶつけ合う。いやはや、本当に頼りになる奴だ、ユディミルは。


「どんな奴かは知らんが、愉快そうな奴だな。相当な自由人のようだが、手綱は握れるか?」


「勉強だけはさせるよ。他は知らない」


「放任主義か? それもまた師匠の一つの形か」


 ユディミルは言って、ズズと紅茶を啜る。ロムと女性陣のわちゃわちゃを愉快そうに眺めている。


 それから俺に向き直って、こう言った。


「親友。……いいや、ディアル。お前に、今の内に言っておくべきことがある」


「何さ、改まって」


「これから少しすれば、オレたちも受験生だ。ムーンゲイズ魔法学園への受験のために、勉強三昧訓練三昧で、会うこともほぼなくなる」


「そうだね」


「とはいえ、オレたちが成績不振で受験に失敗、なんてことは考えてない。オレはこの通り神童だし、親友は天才、マリアもまじめだ」


「俺が天才なのはともかく、ユディミルが神童っていうのは、確かにそうかもね」


 ユディミルは優秀だ。転生者の俺でも、対等に話せる相手と認識している。幼さらしい幼さを、感じたことがない。


 神童なのだろう。本物の。俺のようなまがい物とは違う、本物の神童だ。


「だから、入学後の話をする」


 ユディミルは言う。


「ムーンゲイズ魔法学園は、本質的には魔法学園以上に、オレたち王侯貴族の子女の将来を決めるための政争の場だ」


「……そうらしい、っていう噂は聞いたことがあるね」


「事実だ。特にこの数年は、オレ含め十三王子に七姫すべてが学園に揃う、恐ろしい時代になる。政争は末端にまで至り、教師生徒問わず死者が出るだろうな」


「……本気で言ってる?」


「ムーンゲイズはそういう国だ。特に魔法学園では政争は激化傾向にある。去年の事故死者、行方不明者、廃嫡された者、追放された者、処刑された者は合計で十二人に及ぶ」


 ユディミルは、俺に向かってニィと笑う。


「分かるか? 有象無象の平民の話ではないぞ。本来死ぬはずのない貴族の、守られるべき子女の、警備の行き届いた魔法学園内での、だ」


「……」


 俺は原作ゲームと何ら変わらない治安の悪さを聞いて、苦虫を噛み潰したような顔になる。ユディミルはおかしかったのか「ハッハッハ!」と笑った。


「流石は我が祖国だな。人呼んで『世界で一番暗殺者が多い国』。聞いた時には笑ってしまった」


「笑えないって」


 俺はげっそりした顔で言う。ユディミルは変わらず、威勢のいい笑みを浮かべたままだ。


「ディアル。オレは王になるぞ」


 ユディミルは、確信と共に言い切る。


「……ついてこいって?」


「いいや、お前はオレと同格だ。ついてこいなどとは言わん。オレの隣に立ち、オレと背中を合わせて戦ってくれ」


「本当、手のかかる親友だよ」


「ハッハッハ! そういうお前は、面倒見が良過ぎるな、親友」


 ユディミルは立ち上がり、座る俺に肩を組んでくる。


「兄上たち、十二王子のすべてを排する大政争になる。地獄の底を突くような政争だ。拒むなら今だぞ?」


「もう俺は君に賭けた。賽はとっくに投げられて、今もグルグル回ってる。これ以外の表現も聞きたい?」


「……お前ほどの親友は、恐らく生涯得られないだろうな」


 目を瞑り、ユディミルは肩を竦める。それから「マリア」といまだに揉めている女性陣プラスαに声を掛ける。


「そろそろ帰るぞ。準備をしろ」


「えぇ~! もう帰ってしまうのですか? もっとディアル様とお話したいです……」


「潮時だ。ロムを学園に受け入れさせる根回しもある」


「承知いたしました……。ディアル様……またすぐに会いに来ますからね……」


「いいや、もう受験勉強の始め時だ。次会えるのは入学後だろうな」


「そんな殺生な~~~!」


 ユディミルの首根っこを掴まれて、マリアは泣きながら「ディアル様~! いつまでもお慕い申し上げております~!」と連行されていく。


 可愛いなぁ俺の婚約者。不憫可愛い。


 さて、残るは、と四人を見ると、メメ以外テーブルに突っ伏していた。


「めぇ! メメが最強!」


「何があったの?」


「メメに『ディアルとの思い出マウントバトル』で無双されたのよ……」


「メメ強すぎ~……勝てないんですけど~……」


「……敗北」


「何でそんなバトルしてるんだってところからツッコみたいけど、それ以上にこの戦いでメメに勝てるわけないでしょ」


 毎日一緒にお風呂入って洗いっこして抱き合って寝てるんだぞ。メメにどうやったら勝てると思ったんだ。


 俺は苦笑しながら、空いた席に座る。


「ロム」


「……何、師匠」


 突っ伏しながら、死んだ目でロムは俺を見た。


「明日から、君が受験に受かるように徹底的に教育を施す。君は才能があるから鍛えればモノになる。けど、大変とだけは言っておく」


「……望むところ」


 くくっ、とロムは上体を起こす。


「これから受験までの一年強、自由はほとんどないよ。覚悟はできてる?」


「できてる。そもそも、意味のない自由はさして嬉しくない。向かう先に納得して進めるなら、自由なんて要らない」


「……そっか。なら、精々頑張ってもらおうかな」


「!」


 ロムの首肯に、俺は頷き返した。この分なら大丈夫だろう。


 その時、ロムがぴくりと反応した。何かと思うと、俺に聞いてくる。


「……アモンが話したいって」


「アモンが? ……分かった、出していいよ」


「アモン」


 ロムが指輪にキスして呼び出す。すると巨躯の狼が現れ、姉上ズが度肝を抜く。


 アモンは現れるなり、深く深く、地面に鼻先がくっつくほどに頭を垂れた。


「おぉ、おぉ、寛大なるお赦しに、感謝いたします。偉大なるお方……」


 そしてアモンがこんなことを言うのだから、俺は眉を顰めてしまう。


「アモン、君、俺と誰かを勘違いしてない?」


「お戯れを……。ソロモン72柱ならば、貴方を見誤ることはございません。黙示録の仔羊の主。偉大なるお方」


 アモンは、顔を上げ俺を見る。


「あなた様に、たった一つ懇願させていただきたく、この場をお借りいたしました……」


「……」


 やはり、メメが黙示録の仔羊だと理解している。そして、その主である俺についても、何かを知っている。


 俺は口を閉ざして、ただアゴで先を促した。


 アモンは言う。


「この世は、確かに薄汚く存じます。裏切り、嘘、狂気、欺瞞。醜く、歪んだ欲望が渦巻き、見たくもないものが蔓延っていることでしょう」


 しかし、と続ける。


「それでも、この世界には営為がございます。生命は、薄汚い欲望の中にも力強く、時として美しく蠢いている。ですから、どうか、どうか」


 アモンは、再び深く頭を垂れた。


「―――どうか、世界を終わらせることについて、もう一度、ご一考願えませんでしょうか」


「……何を言ってる?」


 俺は、目を剥いて問う。メメの時と同じ。


 だが、アモンは首を振る。


「分からないのならば、良いのです。ですが分かる時が来たのなら、どうか今の言葉を思い出していただきたい。どうか怒りを、お収め願いたく……」


 そう言って、アモンは消えていく。俺は困惑に、皆に言った。


「今の、どう思う?」


「えっ? 何が?」「あ、ごめ~ん、ボーっとしてた~」「?」


 三人は、揃ってキョトンとしていた。


 嘘には見えない。とすれば、何か。アモンが、何か意識の混濁するような魔術をかけていたのか、あるいは。


 メメを見る。メメは忘我している様子はなかったが、ただ俺を見て「めぇ」といつも通り鳴いた。


 俺は思う。ゲームではただメメを虐待して死んだだけの、悪役モブキャラ、ディアル・ゴッドリッチ。


 だが、こんな事が立て続けに起こる以上、きっと何かが、ディアルには――――俺には、あるのだ。


 俺は目を瞑る。服の、胸の辺りをくしゃりと掴む。


 それからやはり、思うのだ。


 俺はメメを大事にする。みんなを大事にする。そうやって、メメがラスボスになるような未来を阻止する。


 だってそうじゃないか。


「メメ」


 俺はメメを抱きしめ、そのもふもふの髪に顔をうずめる。


「何があっても、俺は君を離さないよ。俺はね、君をこうやって愛でてる時間が、一番好きなんだ」


 俺が言うと、「めぇ! メメも、おとさまに可愛がられてるときが一番好き!」と俺を抱きしめ返してくれる。


 世界なんか、滅ぼすものか。世界を滅ぼしたら、メメのことを愛でられないじゃないか。


 そんな俺の様子を見て「はー、また始まったわ。みんな、行きましょう。時間の無駄よ」「やーい! ディアルのメメコン~。召喚獣コンプレックス~」「……」と離れて行く。


 俺はそれを苦笑気味に見送って「俺たちも部屋に戻ろうか」「めぇ!」とメメを連れて立ち上がる。


 初夏のとある昼下がり。受験前最後の、冒険の後日のことだった。






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