第33話 ディアルの剣、ロムの火
レッドソードを構えながら思うのは、訓練のこと。
実は、ここだけの話なのだが……俺は、魔法よりも剣が好きだったりする。
そりゃあ実践では魔法ばかり使ってはいる。何故かと言えば、ホワイトサンダーが強いからだ。
高い威力、汎用性。麻痺特化にして敵を無傷で捕らえられるし、剣に帯電させられるし、普通に撃てば大抵の相手は消し炭だ。
だから、仕方なく魔法を使う。実践で手加減するなんていう舐めた真似はしない。
だが、俺は訓練ではほとんど魔法を使わない。その理由はやはり―――俺は、魔法よりも剣が好きだからだ。
「その意味で、この魔法は」
俺はレッドソードを正面に構えながら、微笑む。
「俺の求めていた魔法なのかもしれないね」
「グルル……」
俺がレッドソードを構えているだけで、アモンは近づいてくる気配がない。
今までとは、気配が違うのだろう。接近戦で圧倒できる相手ではないと、奴は俺をみなしている。
実際、先ほどまではその通りだった。体格差というのは如何ともしがたい。その上剛毛の守りを破るほど、俺の体は出来ていない。
しかし、今の俺には直観があった。
レッドソードなら、アモンの守りなど意味をなさない。訓練のように、縦横無尽に戦える。
俺は息を長く吐き出し、言う。
「行くぞ、アモン」
「グルルルァァアアアアア!」
俺は踏み込む。アモンは高らかに咆哮を上げる。耳に痛み。あと一秒で俺の鼓膜は破れる。
だがそれは、逆に言えば一秒の猶予があるということだった。
「アアアアア―――ギャインッ!?」
レッドソードを振るいながら駆け抜ける。俺の剣閃の軌跡に剣から垂れる血が飛び、一息遅れて燃え上がる。
残心。振り返って構え直せば、アモンの胴体に一閃、焼け焦げた切り傷が入っていた。
「やっぱりね」
俺はアモンを睨み返す。
「無理やりホワイトサンダーを纏わせた剣よりも、ずっと威力がある。これなら、君と切り結べるね、アモン」
「グルルルルァアアア……!」
顔を皺だらけにして睨み顔で、怒りを示すアモン。それに俺は、不敵に笑う。
とはいえ、だ。まだ俺もレッドソードの扱いには慣れていない。体力はあるつもりだが、俺だけで押し切れるとは思わない。
俺はアモンの背後の茂みに休む、ロムを思う。
「……どこまで行っても、今回は君の戦いだ。早く起きてきなよ、ロム」
俺は呟いて、再びアモンに切りかかった。
【ロム】
ロムの覚えている最初の記憶は、狼の悪魔アモンのしっぽにじゃれている時の記憶だ。
『これこれ、あまり乱暴にするな。ははは、可愛い奴だ』
アモンは、狼ながら愛情をもってロムを育ててくれた。腹が空けば妖精たちから食事を奪い、眠るときはベッド代わりにそばにいてくれた。
だから、アモンが正気を失って飛び出した三年前から、ロムは一人ぼっちだった。
『……』
ロムは器用だ。アモンに教えられた通り家事は一通りこなすし、食事の確保もできる。この精霊樹の森で、誰よりも自由なのはロムだった。
だからこそロムは知っていた。
自由は、さほど美味しい果実ではないと。
『……今日も暇』
誰ともなく呟いて、寝汗を流すための水浴びで近くの泉に飛び込んだ。それから、様々なことを考える。
これからずっと一人なのかな。この森の外はどうなってるのかな。外に出ればどんな人に出会えるかな。
ロムの家には、たった一つだけ本がある。冒険に出る少年の絵本だ。
擦り切れるほど読んだ本のことを思い出して、また思う。冒険。冒険に出たい。冒険に出て、未知に遭遇して、財宝を手に入れたり、強大な敵と戦ったり。
でも、アモンを見捨てて、森を出ていく訳には行かない。
だから、ロムは憧れに身を投じない。大切な親を助けるために、どうすればいいか考える。
泉に潜り、呼吸を止め、静かな水面を見つめながら、深く深く考える―――
そんな、いつも通りの日のことだった。
『……え?』
『……誰?』
師匠、ディアルと出会ったのは。
ディアルは、身綺麗な少年だった。年は同じくらい。だがどこか精悍で、自然と格好いいな、なんてことを思った。
落ち着いて話したい、と思ったから、適当なことを言って家に招いた。妖精が危ない、とか何とか言って連れてきた。
嘘ではない。アモンは、『自分が脅しているから安全だが、妖精は、本当は危険なのだ』と言っていた。
家で、ディアルと話した。ディアルは何だか、理想的な存在だった。
『秘宝を探しに来たんだ』
『じゃあ召喚魔法、教えるよ』
『俺も調伏に付き合う』
ロムがずっと開けないでいた扉が、ディアルが現れたことで次々に開かれていくような気持ちになった。
ロムは、思ったのだ。自分がずっとこの森で暇をしていたのは、ディアルを待っていたからなんだ、と。ディアルが、ロムの師匠として現れるのを待っていたんだ、と。
だから。
「……死なせ、ない」
「キュイ?」
「っ。……?」
ロムは自分の呟いた寝言で、覚醒した。起きると、意識を落とす寸前に呼び出したフェアリーが、ロムの顔を覗き込んでいる。
「う……」
「キュイ」
フェアリーは得意げに胸を張る。見れば、体の節々に出来ていた火傷はなくなっている。
「ありがとう。治してくれて」
「キュイキュイ!」
ロムは頷く。それから周囲を見回して、ハッとした。
「師匠は? 師匠はどこ」
「キュイ~」
妖精は機嫌よく、茂みの先を指さす。
覗き込むと、その先にあったのは、師匠の雄姿だった。
「……すごい。アモン相手に、互角にやりあってる」
ロムは目を見張る。
師匠ディアルは、赤い剣を振るい、アモンと切り結んでいた。
「ハハハハハッ! アモン、君はどこ向いてるんだ?」
「グルルルルァアアア!」
アモンの巨大で素早い動きを、隙を縫うようにして回避し、ディアルは切り込んでいく。
一撃でも突進を受ければ負け、爆発を起こさせれば負け、まき散らす炎に当たっても負け。ディアルが挑むのは、そんな戦いのはずだ。
だがディアルは、まるで舞うように炎を纏って、笑いながらアモンに切りかかる。
「グルルルルァアアアアアアアア!」
「メメ! アゴだ!」
「めぇ!」
ディアルの指示に反応して、どこからともなくメメが飛び出し、アモンのアゴを打ちのめす。咆哮は止まり、アモンは血を吐いて跳び退る。
本当に厄介な攻撃は、そもそも撃たせないようにしているのだ。ロムは気づいて、ごくり唾を飲み下す。
このまま勝ってしまうのではないか。そう思う。だが少し見守って、それは違うと思いなおした。
「アモンの傷、浅い」
アモンの巨躯の体は、あの赤い剣では倒れない。擦り傷で人間がすぐに死なないのと同じだ。弱っても、すぐには死なない。
だが、一つだけ、アモンの体に明確に重傷を残している傷がある。
それは、他ならぬロムのもの。
パンジャンドラムに大量に載せたボムアントの爆発が、アモンの体力を一番に削っていた。
「分かった」
ロムは理解する。ディアルはああやって舞うように戦うのは、気を引いているからなのだと。
それはつまり、アモンを下す攻撃をするのがディアルではない、という事だと。
――――アモンを倒すのは、ロムであるという事だと。
「分かった、師匠。ボクが、やる」
ロムは立ち上がる。育ての親アモンを、調伏するために。
まずロムは、何が必要なのかを考えた。
アモンを倒す必要があるのは、調伏のためだ。だから弱る程度の大ダメージは知れる必要があるが、殺してしまうのは本末転倒。
だが、ロムとてまだパンジャンドラムを使い始めて一日。
ギリギリ殺さずに済む威力がどの程度で、弱らせるのに十分な威力がどの程度なのかなど分からない。
ならば、どうすべきか―――
「……死にかけまで弱らせたら、すぐにソロモンの指輪で調伏できる準備をすればいい」
そうすれば、即死以外なら調伏できる。アモンを即死させるのは、おそらく無理だ。だから気にせず、攻撃できる。
ロムは頷く。すべきことは決まった。あとは、実行に移すだけだ。
まずロムは、指輪にキスをして、パンジャンドラムに必要な召喚獣一式を呼び出した。
「ボムアント、トレント、ノーム。パンジャンドラム」
全員がもう慣れた、という顔で作業に取り掛かる。トレントは最初と違って、何ならむしろ一番やる気のある顔をしている。
トレントがバラされ、ボムアントが何も分かっていない顔でパンジャンドラムに組み込まれていく。
それを尻目に、ロムは「次」と動き出した。
見上げるのは、すぐそばにある木。ロムはよじ登れそうな大木を見上げ、よじ登り始める。
ロムは野生児だ。だから、木登りを初めとした山で必要な動きは大体できる。木の上に登り、気配を殺して、枝を伝って移動する。
そうして、ロムは、アモンと師匠が戦う真上に陣取った。
ロムは戦いを見下ろす。師匠もメメもまだ体力は残っているが、アモンの動きが二人に慣れ始めている。
ちょうどだ。ちょうど、ロムは間に合った。
だから、終わりにしよう。
「アモン」
ロムは育ての親の名を呼ぶ。
「もう、一人にしないから――――師匠! メメ!」
「待ってたよ、ロム!」「めぇ!」
ロムの合図を受けて、二人は即座に戦線を離脱した。ロムはそれを確認次第、召喚獣に銘じる。
「パンジャンドラム、突撃」
ノームが四方八方に配置したパンジャンドラムが、アモンを囲うように現れる。草木を乗り越え直進する。
アモンは瞠目し、避けようと跳躍した。
「けど、無駄」
いくらアモンが一つ二つ避けようと、そもそもパンジャンドラム同士がぶつかり爆発する。
爆炎。高らかに発生した炎と煙がアモンを包み込む。
ロムはとっさに呼吸器を腕で守り、身を隠す。アモンの悲鳴が上がった気がしたが、パンジャンドラムの爆発はそれすら覆い隠してしまう。
暴風、煙。しかし爆発は収まった。それを確認次第、ロムは木の上からアモンと思しき巨大な黒い影に飛び降りた。
空中で手を叩く。手の内から、ソロモンの指輪から、じゃらりと鎖が現れる。
ロムは鎖を掴み、アモンの上に着地して、ロムはアモンの首の根本で一気に引き締めた。
鎖の内側に、調伏の魔力波が放たれ始める。
「グルァ、ァアアア……!」
最初に比べてはるかに勢いを失った咆哮をあげて、アモンは暴れ出す。
死力を尽くした最後の大暴れ。
それで、煙が少しずつ晴れていく。大怪我に大量の血を流し、息絶え絶えで暴れるアモンの姿があらわになっていく。
まともに体を鍛えてもいないロムだ。だから、それだけで吹き飛ばされそうになる。
だがロムは負けない。強く強く縛り付け、アモンに語り掛ける。
「アモン。戻って。正気に、戻って……!」
アモンの身体が跳ねる。ロムの体が強く跳ね飛ばされる。鎖をかけていなければ、間違いなく落とされていた。
そうしながらも、アモンの体が死に向かっていくのが分かる。この機を逃せばアモンは死ぬ。調伏も敵わず死なせてしまう。
そんなのは、許せるはずがなかった。
だから、ロムは叫ぶ。鎖を強く締め、その頭に頭突きして。
「―――いい加減、子供の顔を思い出せ……!」
そして。
調伏完了の印たる、キィィインッ! という甲高い金属音が響いた。
アモンの身体から、力が抜ける。ぐったりと疲れたように伸びて、巨躯の狼は口を開く。
「……ロム、休んで気力を取り戻したら、お前にまず手加減という言葉を叩き込んでやる」
次の瞬間、アモンの体が粒子となって消え、ソロモンの指輪に消えていく。
ロムはいきなり空中に投げ出される。あわや地面に叩きつけられる、と目をつむった瞬間、何かに受け止められた。
「ん……?」
恐る恐る目を開くと、ロムを受け止めていたのは師匠ディアルだった。ディアルは微笑みと共に、腕の中のロムを見下ろしている。
「お疲れ、ロム。流石の一撃だったよ」
「めぇ! ロムすごかった! 一撃でアモンのこと倒しちゃった!」
ロムはそれに何度かまばたきをして、ディアルを見上げる。
何だか、顔が熱い。今までもディアルのことは好きだったが、何というか、照れ臭いような、恥ずかしいような気持ちも一緒に湧き上がる。
「え、あ、う」
ロムはそれに、言葉が出せなくて―――俯いて、静かに頷くことしかできなかった。
―――――――――――――――――――――――
フォロー、♡、☆、いつもありがとうございます!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます