学園編

羊と人狼と白い馬

第35話 入学当日

 ロムを迎え入れてからの一年は、訓練に終始していた。


 何せ俺もロムも受験生で、特にロムはほとんど野生児である。俺は昔から真面目に過ごしていたので試験は問題ないと認識していたが、ロムは違う。


 なので、ロムの訓練は、熾烈を極めた。


「死ぬ、し、しぬ……っ」


「死なせないし倒れるのも許さない。走って。もっと、もっと早く!」


「めぇ! ロム頑張れ! ロム頑張れ!」


「頑張、るうぅ~~!」


 並走してロムが限界で全身が動かなくなるまで走らせたり。


「ロム、君の強みは召喚獣の多さ、つまり魔法の応用性の高さだ。だから魔法をガンガンに使いこなしてぶっ壊れ魔法と呼ばれるコンボをいくつか覚えてもらう」


「ぶっ壊れ魔法……?」


「とりあえず魔法を使わないメメと戦って、倒すところまで行こうか」


「めぇ!」


「アモンとやりあえるメメと……?」


 召喚獣抜きで魔法抜きのメメ(身体能力はすでに俺越え)と戦わせたり。


「よし、いい感じに仕上がってきたね。じゃあ最後の仕上げに取り掛かろう。俺とガチバトルだ。もちろんメメに魔法は使わせないから、安心して」


「っ!? ここで死ぬわけには、いかない!」


「何でラスボスとの遭遇戦みたいな反応してるの?」


「めぇ、おとさまは鬼。メメはこの一年で、おとさまが優しいのはメメにだけってことが分かった」


「メメ?」


 ほぼ全力の俺との戦闘訓練をしたり。


 結果としてロムは覚醒した。


「サモン、パンジャンドラム十機」


 屋敷の訓練場にて。巨大な黒狼の悪魔アモンに乗って高速移動をしながら、ロムは俺とメメの周囲を駆け回り、俺たちを囲うようにパンジャンドラムを配備する。


 この一年で最適化されたロムの召喚術は、もはや組み立ての隙を晒さない。呼び出した時にはすでに兵器は完成している。そして敵に向かうのだ。


 だが、俺たちとて遊んでいたわけではない。


「ホワイトサンダー・スプレッド」


 俺の手から放たれた散らばる白雷が、襲い来るパンジャンドラムを素早く処理する。次いで「メメ」と告げれば、メメが「めぇ!」と鳴いて、素早く駆けだした。


 メメは成長すればするほど、理解が難しいほどの成長を見せる。誰よりも素早く駆け抜け、アモンにすら追いすがり、小柄な体躯からは考えられない一撃を放つ。


「めぇえええ!」


 拳。メメの拳が、アモンのアゴを横に打ち抜いた。


「ギャインッ!」


 黒狼アモンが脳を揺らされ横に倒れる。しかしロムはそれに動揺もしない。


 素早くロムは「サモン、コボルト」と犬の魔物コボルトを呼び出した。その上に跳び移り、途切れることなくコボルトに乗って走り出す。


 起き上がったアモンは、立ち回りを変えてメメを押さえにかかる。メメとアモンは今では互角だ。かつてはアモンが強かった。今ではメメ一人で対応できる。


 つまり、俺とロムの一騎打ちだ。


「サモン、ケットシー・クロスボウ部隊」


 先ほどと同じ戦法で、次々にクロスボウを持った猫の妖精ケットシーがバラけて召喚される。


 まっすぐに向かってくるなら拡散する白雷で一発だが、連中は一匹一匹が回避する。


「学んだね、ロム」


「今日こそ師匠に勝つ」


「ハハハ、抜かしなよ。ホワイトサンダー、スプレッド」


 拡散白雷を放つ。たとえケットシーが回避すると言っても、全員が避けきれるわけではない。一撃で半分消し飛ぶ。避けたケットシーもギリギリだ。


 だから、もう一発。


「ホワイトサンダー・スプレッド」


 さらに拡散白雷を放つ。それにケットシーたちは、自分の死を予期してボウガンを放った。


「よく訓練してるね。いい動きだ」


 いくつもの矢が俺に向かって放たれる。ケットシーたちが白雷で消し飛ばされていく。俺は一つ頷いて、右手をふるった。


「レッドソード」


 矢のすべてが焼き払われる。俺にレッドソードを出させるとは、ロムも成長したものだ。


 だが、もう終わりだ。


「サモ―――「やらせない。ホワイトサンダー・パラライズ」


 がら空きになった守りに、俺は麻痺の白雷を叩き込んだ。コボルトごとロムは痺れ、勢いそのままに地面に投げ出される。


 ずざざ……、とロムの体が訓練場の地面を滑る。俺は気をついて、歩み寄る。


「今日の動きは良かったよ。まさかレッドソードを出すことになるとは―――」


 そこで、倒れているロムが、ニヤリと笑った。


「引っかかった」


「―――――」


 俺はすかさず倒れるロムにレッドソードを振り下ろす。揺らぎ消える。幻影。俺が振り返ると、ロムは俺に向けて手を構えている。


「妖精の幻影魔法を使ったんだね! 流石!」


「ファイアボール、ウィンドカッター、エクスプロード!」


 ロムは俺が教えたぶっ壊れ魔法コンボを決める。火の玉ファイアボールを放ち、それよりも速度のあるウィンドカッターで火の玉を拡散させ、そのすべてを爆発させる。


 すなわちそれは、初期で覚えられる飽和爆撃。生半可な回避ごとの飲み込む、圧倒的な暴力。


 ああ、まったく、実に成長してくれた。たった一年でこれだ。俺はロムの成長に感動しながら、


「ブラックスケイル」


 俺の背後に、巨大な、真っ黒な天秤が現れる。


 それで、ロムの攻撃は意味を喪失した。俺を囲むように散らばった火の玉が、一斉に爆発する。


 だが、俺は無傷だ。


 俺は素早く爆風の中から抜け出して、レッドソードをロムの首筋に突き付けた。今度こそ手を失い、両手を挙げて降参を示す。


「閉じろ」


 天秤を消す。ロムは悔しそうな顔で俺を見つめている。俺はにこやかに微笑んで、ロムに近づいた。


「ロム、すごいよ。俺もここまでやられるとは思ってなかった」


「師匠に勝てなかった……。でも、奥の手を使わせた。大きな一歩」


「間違いないね」


 第三の魔法、ブラックスケイル。ロムの修行の傍らで俺が解放した、三番目の魔法。


 使い方は、正直いまだに分かっていない。短時間あらゆる攻撃を無効化する。恐らく本質的な効果ではないが、今はそういう使い方をしている。


 ……ゲームでもエフェクトは出てたんだけどね。考察班もお手上げの『黙示録の仔羊』の魔法だったのだ。


「めぇ! 大勝利!」


「敗北……」


 見れば、たったひとりでメメは黒狼アモンをねじ伏せ、その上で勝利のポーズを決めていた。メメもこの一年でさらに強くなったよなぁ、とか思う。


「ま、これだけ戦えれば十分すぎる出来だと思うよ」


「そう……?」


「もちろん。だって原作の入学当初より今の方が絶対強いし」


「?」


 ロムが首を傾げるのを見て、俺は口が滑った、と手で押さえる。


「ともかく、この辺りにしておこう。疲れすぎて試験で全力を出せなきゃ意味がない」


「!」


 ロムは頷き、メメが「めぇ! おとさま、メメ頑張った!」と抱き着いてくる。


 そんな訳で。


 ムーンゲイズ魔法学園。その入試当日の、朝のことだった。

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