第36話 波乱の予感

 入学試験についてだが、正直話すことはなかった、というのがザックリとした印象だ。


 筆記は余裕。


 実技の魔法は思ったよりぬるくて、ホワイトサンダーの派生型を離れた目標に叩き込んで終了。


 戦闘実技は先輩とバトったが、申し訳ないながら圧勝してしまった。


「ふむ、流石はゴッドリッチ家の天才」「面接での受け答えも丁寧でしたし、礼節も整っている、という見方でよろしいでしょう」「社交ダンスもお上手でしたな」


 評価軸においては、概ね問題ないという評価らしかった。ただ二次面接(学校で?)の際に、白い髭を蓄えた長老然とした人物、理事長先生が聞いてきた。


「最後に……ゴッドリッチ君、君はこのままだと主席合格になるが、それでも良いかね?」


 マジかよ、という気持ちはそっと押し殺して。


「……良いかね? とおっしゃいますと?」


「率直に言うと、表だった名誉は暗殺リスクを高める。敵対勢力からも眼をつけられることは当然、君とユディミル殿下の関係性によっては、殿下自身が君を排除する可能性がある」


 空気が凍る。しかし、周囲の先生方も、理事長先生の説明を咎めなかった。


 とするなら、以前のユディミルの話は、本当だったのだといやがおうにも実感させられてしまう。


 一昨年は十二人が消えた。去年はもっと多かったと聞く。今年は何人になるか―――


 俺は少し考え、こう言った。


「……敵勢力のことは、気にしません。言ってしまいますが、俺の方が強い。そして」


 俺は理事長先生の目を見て、続ける。


「ユディミルは俺を同格と明言しています。ならば試験で俺の方が上だったなら、偽る方が怒るでしょう。だから主席であれば、そのようによろしくお願いします」


「……派閥の主との関係性も良好。君のように優秀で誠実な少年には、死んでほしくないものだな」


 理事長先生はハンコを押して、俺に微笑みかけた。


「ディアル・ゴッドリッチ君、君を本年度の主席合格者とする。よくよく励んでくれたまえ」


「ありがとうございます」


 そうして、入学試験は終わった。試験そのものには語るべきことはなかった。


 だがきっと、学園生活はのっぴきならない、大変なものになる。そう予感させられる一幕が、そこにあった。











 さて、ここで一度、俺が通うムーンゲイズ魔法学園について語ろうと思う。


 ムーンゲイズ魔法学園は、我がムーンゲイズ法国最大の、貴族御用達の魔法学園である。


 場所はムーンゲイズでももっとも高い山を登った先。雲を見下ろすような標高の場所に、その街はあった。


 天空学園都市、エデン。


 山の上に構えられた、巨大都市。立地の悪さは、政治的に極めて重要な貴族の子女を守るため。そして同時に、


 このエデンという土地はこんな標高にもかかわらず、不思議に太古から植物の育ちが良く、その関係で物資的な面で困ることはなかったのだという。


 そして地理的に堅牢ともなれば、重要施設が置かれるのも無理からぬことだろう。


 そしてその重要施設に、ムーンゲイズ魔法学園が選ばれたのだ。


「……今日は晴れてるね」


 そんなことを、俺は窓のを見下ろしながら呟いた。


 入学試験を終え、入学式を終えた朝。


 俺は伸びをして、窓から目を離す。室内に目を戻せば、自室がそこにあった。


「まったく、貴族は贅沢だよね。学生寮で一人一室とは」


 ルームメイトというのは存在しない。代わりに、実家と同様メメが俺のベッドでむにゃむにゃと寝言を言っている。


「おとさま……つのはしゃぶっちゃ、やぁ……」


「……どんな夢を見てるんだか」


 俺はメメに近づいて、そっと角を指でなぞる。


「ひぁぁぁ……んっ……」


「……」


 何かえっちだったのでやめる。大人しくメメをゆすり起こす。


「んぇ……おとさま……?」


「おはよう、メメ。今日は記念すべき初登校日だよ」


「初登校……、めぇ! 今日から授業!」


 俺の言葉に反応して、ピコンッ、と一気に覚醒するメメだ。相変わらず髪が爆発している。


「さ、ひとまずシャワーを浴びて、髪を整えようね」


「めぇ~」


 俺はメメの手を引いて、自室のシャワールームへと向かう。






 さて、登校初日である。俺は気合を入れて身だしなみを整え、校舎へと向かった。


 立地上どうしても全寮制となるこのエデン魔法学園は、寮から校舎までが近い。全力で走れば、三分で自室から教室に辿り着けるほど。


 とはいえ主席合格者がその体たらくでは面目が立たないので、俺は朝食を摂り次第、早めに教室に辿り着いた。


「ええと、ここか」


 やはり学校の規模とシステムが大学寄りなのもあって、教室の席は段々畑式だ。


 必修を除いて、自分の好みの授業を受ける履修形式なので、周りを見ると明らかに年上の所為とも授業に出ているようだった。


 まぁそれはいい。問題は、周囲から向けられる目である。


「あいつが今年の主席合格者か……」「伯爵家の分際で、主席合格の名誉を受けるなんて、恥知らずな……」「十三王子派だったか? 弱小派閥が偉そうに……」


 どこから主席の情報が漏れたのか、全方位敵意バリバリである。マジで? こんなに敵視されんの? ちょっと後悔してきた。


「めぇ……おとさまを睨んでる……全員今すぐ」


「ダメ」


「めぇ……でもぉ……」


「ダメったらダメ」


 お蔭で隣に座るメメも、敵意に触れピリピリしている。小さいころから煽り耐性をつけさせておいてよかった。なかったら今頃教室は焦土だ。


 そう思っていると、俺の隣に腰掛ける人物がいた。


「よう親友。主席合格者の栄誉はどうだ?」


「ユディミル」


 真っ白い髪に赤と青のオッドアイ。第十三王子のユディミルである。ユディミルは俺をからかうように「いやまったく、助かるぞ」と口端を歪める。


「親友が主席合格者の座を持って行ってくれたおかげで、想定されるよりも向けられる敵意が少ない。お前が辞退していたらどうしようかと思っていたところだ」


「……もしかして、次席ってユディミル?」


「お前なら主席を持って行ってくれると信じて、一点落とした甲斐があった」


「都合よく使ってくれるよ本当……」


「ハッハッハ! オレが親友以外に勝ちを譲るわけがないだろうに」


 ユディミルは笑って俺の肩を組んでくる。それに「めぇ」とメメは不機嫌そうだ。


「おとさまにあんまり馴れ馴れしくしないで!」


「おっとチビ羊もいたか。仕方ない、友情を確かめるのは今度にしておこう」


「メメはずっとおとさまと一緒。ユディミルがおとさまと仲良くする隙はないの」


 言いながら、頬を膨らませ俺の腕を抱きしめるメメである。今日も主人想いでとても可愛い。


 と思っていると、ユディミルは「そうか」と軽く受け流しつつ、俺たちに向かう。


「ま、余談はこの程度にしておこう。親友、そしてチビ羊。放課後にちょっと付き合え」


「ん? いいけど、何の用?」


「ああ、何のことはない」


 ユディミルはにやりと不敵に笑って、俺の耳にそっと囁いた。


「オレたちの寮―――プロテス寮の寮長でもある第二王子兄上殿下と、同盟を結ぶ。お前らも同席しろ」

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