第23話 マリアの母性
マリアというキャラはママという方向性で語られがちだが、実際のところママキャラとして作られたキャラなのか、というと実は違う。
というのも、マリアという少女は、原作においては『不幸体質お姫様』というキャラ付けなのだ。
幼いころからしょっちゅう暗殺者に狙われ、しかしユディミルのように跳ね返す力もない。それでなくとも日ごろから痛い目ばかり見ている。
例えば先ほどのメメの突撃も原作の名残を感じたし、原作でも自分の召喚獣に振り回されてばかりだった。
それでもマリアがママみというジャンルで語られるのは、その慈愛ゆえ。
そう。マリアは――――ちょっと世話焼きすぎるのである。
……具体的には、世話焼きとされるタイプの人間であるところの俺にすら、世話を焼いてしまうくらい。
「やっぱり。ディアル様、ダメですよ。訓練ばかりでお手入れがなっていません。髪がごわごわです」
「はい……」
ソファに腰掛ける俺の背後に立って、マリアは櫛を片手に、俺の髪に触れながら唇を尖らせている。
「ずっと気になっていたんです。舞踏会のあの日から、どんどんディアル様の身だしなみが悪くなっていくと」
「えっ、ごめん。お目汚ししました」
「見苦しいと言いたいわけではありません。ご自愛なさってくださいと言いたいのです」
少しプンプンとした様子で、マリアは櫛で俺の髪を梳いていく。
「他人が気にするような身だしなみの悪さではありませんが、髪質が悪くなっています。訓練が苛烈なのは分かりますが、その分自分を労わってあげてください」
マリアの櫛が、俺の髪を整えていく。立場的には怒られているはずなのだが、何でだろう。全然嫌な感じがしない。
髪に触れられ、梳かれていく。前世で言えば床屋で髪を切られているような感じだが、それにも増して心地がいい。
「何事も、体が資本と言います。ディアル様は逞しいですから、わたくしの杞憂かもしれません。ですが、その」
マリアは手を動かしながら、たどたどしく言った。
「……こ、婚約者、ですから。どうしても、小さなことで心配してしまうのです」
それを聞いて、俺は表情を綻ばせてしまう。
「ごめんね。なるべく心配かけないようにするよ。マリアは特に、心配性みたいだから」
「そ、そんなことはっ。……ある、かもしれません。よろしくお願いします……」
「はははっ、マリアはからかい甲斐があって可愛いね」
「かわっ、しかもそれ褒めてませんっ! もう!」
ぷんすこしながら、マリアは俺の髪を梳き終える。それから少しむくれながら、俺の隣に腰かけた。
「こんなところでしょうか。何か気になるところがあれば、また言ってください」
「俺も自分の外見には結構無頓着だからなぁ。うわめっちゃサラサラ。えっこれ本当に俺の髪?」
渡された手鏡を見て俺は動揺する。ストレートパーマでもかけられた? マリア実は魔道具で俺の髪梳いてた?
そこでメメが「ただいまー! メイドさんがもう持ってきてたって!」と言いながら乱入してくる。完全にタイミング見計らっていたなこやつめ。
俺の膝の上に当然に権利のようにメメが腰かけてくるので、可愛い奴めと思いながら抱き寄せる。今日もメメの髪はモフモフだ。
そうしながら、三人で談笑タイムに移る。基本的にどこをどう見ても可愛い存在しかいないので、実に至福なひとときである。
「それでお兄様ったらひどいんですよ? せめて少しでもお手伝いをって言うと、いっつも『マリアは貧弱だから冒険には連れていけん』って! もう!」
「めぇ! ユディミルはひどい奴!」
こうなると定番はユディミルの話だ。ユディミルはとにかく話題に尽きない奴なので、マリアを通して近況を知れるのは助かるのだ。
ユディミルも去年から定期的に屋敷に訪れるのだが、頻度としてはマリアの半分というところ。
二回に一回マリアと共に遊びに来るか、一人で訪れて俺を道連れにする。
お蔭で中々ハードな目に遭うことも多い。特に脈絡なく大迷宮とか連れていかないで欲しい。
「今回も大秘宝を探しに行くとかで色々と準備をしていたのですが、別に予定が入ってしまったとかで、断念ということでした」
「大秘宝ね」
ユディミルは基本的に話を盛るところがあるので、『大秘宝』と言われたら『ちょっとしたアーティファクト』と読み替えるのが正解だ。
にしても、もうすぐ俺たちも受験生というのに、アクティブだなぁと思う次第だ。原作で言えば今はどのあたりだろうか、なんてことを考える。
……ん? 原作?
「……」
俺はじんわりと焦燥感に駆られ始める。
何か、何か今、まずいことに気付いた気がする。脳裏のどこかで、原作知識が『まずいぞ』と叫んだ気がする。
「……マリア。その話、詳しく聞いてもいい?」
「えっ? はい、もちろん。と言っても、大した話ではありませんよ」
マリアは前置きして、話し始める。
「お兄様は『学園入学前までに戦力を集める。または政敵の戦力を削ぐ』という名目で、方々に冒険と称して赴きます」
「うん。それは重々承知してる」
「で、今回もそういう名目での冒険の予定だと仰っていました。『今回は今までにないくらいデカい話だぞ』と」
俺は頷き、続きを促す。マリアはさらに先を話す。
「ですが、少し所用が入ってしまって、『仕方ない、諦めるか』と。その所要というのはつまり、公務としての顔見せ程度のものなのですが」
「……ユディミルって、そういう用事、結構無視するタイプじゃない?」
原作と違う、と思う。マリアも俺の問いに「はい」と頷いてから、こう続けた。
「わたくしもそれが気になって聞いたのです。するとお兄様は
『―――まぁいつも親友に手伝ってもらって、ほどほどに成果が溜まってるからな。一つくらい逃してもいいだろう』
とのことで」
「……」
俺の背筋に、ダラダラと冷や汗が垂れ始める。話を聞きながら、今の時期に原作で何があったのかを逆算する。
そうしながら、俺は最後に、こう尋ねた。
「そ、それで、その大秘宝っていうのは……」
「ええと、確か……ソロモンの指輪、と」
「――――――――」
確定。
確定です。
「ご、ごめん。ちょっと席を外すね」
「えっ? ディアル様?」
「めぇ? おとさまどうしたの?」
「ごめん、考える時間が欲しいだけだから。ちょっと一人にしてもらえると」
言うが早いか、俺は立ち上がって応接室を出た。それからあてどもなく廊下を歩きながら、考える。
―――ソロモンの指輪。それは、サモイリュで登場するマジの大秘宝の一つだ。
伝説武器といわれるものの一つで、効果はモンスターの調伏。つまり、魔物を弱らせてソロモンの指輪で屈服させれば、召喚獣にできる、というもの。
登場タイミングは原作でも極めて早く、チュートリアルですでに登場する。
もっと言おうか。
「……マズい、ユディミルがこの冒険しないってことは、主人公にチュートリアルイベントが起こらない」
俺は顔面蒼白で呟く。冷や汗は垂れまくり。原作の歴史から逸れるどころじゃない。原作の歴史が始まらない可能性に、俺は面している。
そう。ソロモンの指輪というのは、『サモンイリュージョン』の主人公『ロム』が最初から手にしている大アーティファクトである。
主人公ロムはこのソロモンの指輪を使って、ムーンゲイズ魔法学園で魔法を学びながら召喚獣を増やしていき、世界の危機に立ち向かう。
そしてその物語は、ソロモンの指輪を狙ってやってきたユディミルとの邂逅から始まるのだ。
始まるはず、なのだが。
「……俺がユディミルを手伝いすぎたせいで、満足して公務の方を優先しちゃったよどうすんのこれ」
俺はその場で頭を抱えてうずくまる。
やらかした。これはマズい。本気でまずい。
というのも、主人公ロムはユディミルすら破るポテンシャルを持った、逸材である。
ラスボス黙示録の仔羊ことメメを除いても、学園では大量の事件、問題が発生する。そしてそのすべての解決の鍵となるのが、主人公ロムなのだ。
俺は『メインキャラとはあんまり関わらないようにしたいね』などと余裕をこいていたが、その理由はロムというキャラに一定の信頼を置いているため。
諸問題は主人公ロムが解決するから、俺はモブとしてノータッチでいいや、というセーフティネットがあったから。
そしてこの状況は、そのセーフティネットがなくなるのと同義だ。
「……」
俺は悩む。懊悩する。生唾を飲み込み、チュートリアルイベントに関わることへの厄介さについて思いを馳せる。
しかし、ああ、天秤にかけたら一目瞭然だ。ロムがいない方が、学園入学後の騒動は明確にひどくなる。
やるしかない。何故なら、それが一番平和だから。
俺は覚悟を決めて、立ち上がった。
「――――チュートリアルイベント、起こしに行こう」
チュートリアルイベント。そこで起こるのは、本来ならユディミルが大量の準備と凄腕の配下を伴って行われる『悪魔調伏』の大戦闘。
はじめはロムと敵対していたユディミルが、多くの配下を悪魔に殺され、仕方なくロムと組んで、悪魔という大戦力を得る戦い。
俺は下唇をかんで、渋面で呟いた。
「チュートリアルイベント、ゲーム的な難易度は低いのに、現実で再現するの難しすぎる……!」
俺はひたすら、ぐぬぬと唸る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます