第24話 精霊樹の森
俺がまず考えたのは、ユディミルから配下を借りられないか、ということだった。
だが、少し考えて、この案は自分でやめた。
何故なら、その借りた配下は、恐らくこの戦いで死なせることになる人だから。
死なせると分かっていながら借りるのは心苦しいし、ユディミルとの友情にも亀裂が入る。下策だと判断して、却下した。
同じ理由で、自領の兵を父上に融通してもらう案も却下だ。チュートリアルイベントのボス悪魔は、設定上極めて強い。やはり死なせることになる。
というかその強いボスが初手で仲間になるから、『サモイリュ』は万人受けする難易度になるんだろうなぁ、と今になって思ったり。
とすると、死なないような強い人材で、俺が自由に采配できるとしたら、やはり俺自身とメメを置いて他には居ない。
しかしそのまま行って、当たって砕けろでは意味がない。俺は人を集められない代わりに、戦略を練った。
「めぇ、おとさま何してるの?」
「悪だくみ」
「めぇ?」
午後の自由時間で一心不乱に机に向かう俺に、メメは「めぇ~おとさま構って~」とじゃれてくるのが可愛くて仕方がないが、それはさておき。
俺は、チュートリアルイベントまでで可能な戦力増強を、考えに考えた。
俺とメメのコンビが、悪魔を倒せるほどに強くなる、のは却下。単純に時間が足りない。タイムオーバーだ。
人は集められない。ユディミルは公務。マリアも、まだ戦力には向かない。姉上ズは受験。
だが、唯一俺たちと共に戦ってくれる人物が一人いた。
「主人公ロムだけは、味方に付けられる」
というかそれが成り立たないと、チュートリアルイベントも何もない。大前提だ。
とするなら、俺の結論は決まりだ。
「主人公ロムを、引くほど強くする」
ロムはゲームシステム上、コツさえ分かっていれば初動でもかなり強くなれる。
オープンワールドの醍醐味というか、つまりはズルができるからだ。
もちろんサモイリュ素人にそれは難しい。だが、原作知識だけなら俺が十分に揃えている。
俺とメメだけでは悪魔は難敵だ。そこに素のロムが加わってもまだ弱い。
しかしロムが、プレイヤー知識を得て強くなれば、百人力ではきかない。
―――そこまで決まれば、後は早かった。
俺は父上に無理を言って外泊許可を取り付け、ユディミルやマリアに心配を掛けないように手紙を書いた。姉上ズは適当に宥めた。
あとは最低限必要そうな物資を整え、馬車に乗ってチュートリアルイベントの聖地へと向かう。
名を、精霊樹の森。
主人公ロムが生まれ育った森で、大量の妖精種と呼ばれる魔物が蔓延る、魔境だった。
精霊樹の森は、屋敷からそれなりに離れた場所にある。
馬車でだいたい十時間程度。俺は御者にお願いして夕方に出発し、早朝くらいの時間帯にたどり着いていた。
「ここか……」
馬車から降りる。荷物を背負う。まだ寝ぼけていたメメを起こし、その手を引く。
それから、目の前に広がる森を見上げた。
日の光を受けて、清廉な雰囲気を纏う森だった。枝葉の朝露が、日の光を受けて輝いている。
その光景の美しさに、ほう、と息が出る。
一歩踏み入れると、それだけで空気が変わるのが分かった。清涼感のある、ひんやりした、しかし停滞感のある空気が俺たちの体を包みこむ。
「めぇ、何か気持ちいい!」
「そうだね、メメ。それで、約束は覚えてる?」
「めぇ!」
俺の確認に、メメは元気よく返事する。
「うるさくしない、おとさまの言うことを聞く、危なかったすぐ逃げる! で」
メメはキリリと俺を見つめる。
「魔法は絶対に使わない!」
「うん。よく覚えてたね、偉いよ」
俺はメメを撫でる。メメは「めぇ」と誇らしげだ。
「危なくなったら、俺とはぐれるのは気にせず逃げてね。メメは召喚獣だし、呼び戻そうと思えばすぐできるから」
「めぇ。……あんまりはぐれたくない」
「そりゃあ俺だってそうだよ」
「めぇ~~~」
メメは俺に抱き着いてぐりぐり顔を押し付けてくる。角が腹を抉るが、もう慣れっこだ。
俺は周囲に視線を投げかけながら、比較的小さな声でメメに話す。
「いい? メメ。ここは精霊樹の森。敵として襲ってくるのは、その通り精霊種だ。フェアリー、ノームとかの、人間が人類だと認めてない魔法生物たちだね」
「めぇ? 人間以外にも人間がいるの?」
メメの、ニュアンスは分かるが意味的にはよく分からない問いに、俺は苦笑して答える。
「そうだね。エルフとかドワーフとかは、人間じゃないけど人類に入るよ。他にも獣人とか」
「お手紙運んでくれる鳥の人とか?」
「うん。鳥人族は貴族に身近な獣人の一種だ」
伝書鳩郵便局の鳥人は特に親しまれている種族の獣人である。全身に羽を生やした鳥人間といった風貌で、空を飛んで手紙を届けてくれるのだ。
メメも外見だけなら、羊の獣人といわれた方が納得感は高い。だが羊の獣人には、メメのような怪力も、常軌を逸した魔法もない。
「どっちも強力な魔物だから、注意してね。フェアリーは感覚を狂わせるし、ノームは土を操って大掛かりな攻撃を仕掛けてくる。例えば――――」
その時。
俺たちの眼前に、矢が突き刺さった。
「……こんな風に」
「めぇ! あっちに変な機械に乗ったノームたちがいる!」
メメの声に従って視線をやると、連弩を備えた高台に、ノームが数体立っているのが見えた。
ノーム、髭をたくさん蓄えた小人の老人の妖精だ。赤いとんがり帽子をかぶっている。
ノームはくるくると、連弩のレバーを回す。すると機械につがえられた弓の弦が、次々に解き放たれる。
つまりは。
矢の雨が降ってきた。
「逃げるよメメ!」
「めぇええええ!」
俺たちは早々に精霊樹の森から熱烈に歓迎を受け、顔を青ざめさせて走り出す。
俺たちを追うように、次々に俺たちの影へと矢が突き刺さった。殺す気だ。ノームたち、淡々と俺たちという外敵を排除しようとしている。
魔法で迎撃するには距離がある。まずは体勢を立て直してからだ。
矢を避けるため、俺とメメはジグザグに木々の間を縫って走る。背後ではまだドスドスと土を穿つ矢の音が響く。
―――どこまで守備範囲なんだ、クソッ!
そう思っていた矢先、メメが叫ぶ。
「おとさま! あっち!」
「!?」
メメの言う方を見ると、俺たちを愉快そうに見下ろすフェアリーたちがそこに浮いていた。
子供の姿で、背中に半透明の翅を二対。クスクス……と俺たちを見つめている。
まるで、おもちゃを見付けた子供のように。
「くっ! ホワイトサン」
『『『■■■■■■■■■■』』』
フェアリーたちが同時に俺たちに魔術を掛ける。途端にぐにゃ、と視界が歪む。
だが俺は、魔法を強行した。
「―――ホワイトサンダー!」
メメはホワイトサンダーの余波くらいなら、もはやものともしない。なら、躊躇う必要はない。
白の雷が弾ける。「ぴゃああ」と甲高い悲鳴を上げてフェアリーたちが炭になる。
「大丈夫!? メメ!」
俺は排除を確認して後ろを振り返る。
だが、いない。
そこには、誰もいない。
「……!」
感覚を狂わせる魔法で引き離されたか。俺は歯噛みする。
だが、大丈夫だ。メメははぐれても問題ない。一人でも強いし、本当に必要なら召喚で呼び寄せればいいだけ。
俺は自分の頭で心を納得させ、一息つく。
「もう敵はいないし、一旦冷静になろう」
俺は周囲の状況を確認するために、少し歩く。
にしても、いや、舐めていた。まさかチュートリアルステージに分類される精霊樹の森が、ここまで危険な場所だとは。
体感して初めて、これでチュートリアルは嘘でしょ、という思いがこみ上げてくる。
そりゃあ人死にくらい無数に出るはずだ。大声を出していたわけでもないのに、あの捕捉力と襲撃の早さの徹底ぶり。侵入してまだ数分とは思えない。
―――ここから先は油断できないな。メメを呼ぶのも安全確認ができてからにしよう。
そう思いながらさらに木々の間を縫って歩くと、何やら泉を発見した。
「ここは……」
すると、ちゃぽん、と泉の中から現れる影があった。
「ッ!」
俺は剣を抜いて警戒する。人型。次は何の精霊だ。水浴びでもしていたか。
そう思ったが、すぐに違うと分かった。耳の形もそうだが、一番はそれではない。
見たことのある―――というか、ある意味一番見慣れた姿だったからだ。
「……え?」
俺の間の抜けた声に、その子はキョトンとした目で俺を見た。
輝くような金髪。中性的な容姿。落ち着いた切れ長の瞳に、神秘的な雰囲気。そんな子が、胸元まで水面から出して、こちらを見つめている。
その子は、俺に問いかけた。
「……誰?」
「あ、えっと、その」
俺はしどろもどろになってしまう。それは何というか、画面越しに見る姿と、現実で見る姿に大きく印象の差があったため。
その子はゲームで見るよりもずっと魅力的で、水浴びというほとんど裸の姿をしていて、ドキリとさせられたから。
「?」
その子は無警戒に首を傾げる。俺はその顔をまじまじと見る。
ああ、間違いない。この子は、俺が一番良く知るゲームキャラだ。
ゲームである意味最も強く、最も厄介で、最も自由な人物。多種多様な召喚獣を従え、このムーンゲイズを縦横無尽に駆け回る者。
俺が今回目的としていた人物―――主人公ロム。
ゲーム開始直前の、『サモイリュ』主人公が、無垢な目で俺を見つめていた。
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