第25話 主人公

 主人公こと、ロムというキャラクターについて語れることは少ない。


 というのも、かなり謎めいたキャラクターなのだ。あるいは、情報量を少なくして、感情移入させやすくしたキャラと言うべきか。


 肩口辺りまで伸ばされた金髪は、男には少し長く、女には少し短い。同年代と比べても顔つきが少し幼め。体つきは筋肉も付きすぎず、中性的な雰囲気を醸している。


 そう。まずもって、そもそも性別がはっきりしていないのだ。外見だけは最初から決まっているのに、体つきからはどちらか分からない。


 で、その状態で他のキャラと恋愛とかできる。


 男なのか女なのか分からない状態で、男性キャラクター女性キャラクターどちらとも恋仲になれる。


 お蔭で、通常の男女概念はもちろん、男ロム×男性キャラクター、女ロム×女性キャラクターみたいな解釈も大量に生まれた。


 情報が少ないせいで、ロムは解釈の塊だった。


 まぁ、それはいい。ゲームの話だ。むしろ多様性に富んでいていい、という話だろう。


 けどさ、今の俺にとっては現実なんだ。


 何て言うんだろう。今までにないソワソワ感がある。


「ここなら安全」


「あ、ありがとう……」


 ロムは『この水辺は妖精が来るから危険』、ということで、俺を家まで連れてきてくれていた。


 ロムの家は、ゲーム通り年季の入ったログハウス、という具合だった。


 全体的には清潔だが、まだ朝食の皿を洗っていなかったりと生活感が残っている。


 ロム、確かここで育ったんだよな。それで、同居人が……。


 そんなことを考えていると、ロムがじぃぃっと俺を見つめていることに気付く。


「あ、ごめん。まずは自己紹介だね。俺はディアル・ゴッドリッチ。君は?」


「ロム」


 ロムはこの通り無口系主人公だ。しかし愛想は何故かよく、名乗ったら握手のために手を差し出してくれる。


 中指の指輪―――ソロモンの指輪までゲーム通りだ。


 水浴びを終えて、乾いた服を着たロムと握手を交わす。金髪の、肩口まで伸びた髪はまだ水が滴っている。


 中性的なのに、妙に色っぽいな……。


 と、俺は邪念がよぎったので首を振る。


「どうして、ここに?」


 ロムに問われ、俺は前もって考えていた理由を答える。


「とある事情で、この地に眠る大秘宝『ソロモンの指輪』を探しに来たんだ」


「!」


 ロムは目を丸くして、俺を見つめた。それから、ロムは自らの両手の中指に嵌められる、一対の指輪に視線を下す。


 ―――今の言葉は、無論俺の本心ではない。元々は原作でのユディミルの言葉だ。


 原作ゲームでは、ユディミルはロムと出会い、それから指輪をめぐっての交渉が決裂。逃げるロムに、追うユディミル陣営の追いかけっこが始まる。


 そこで悪魔が乱入してユディミル陣営が半壊。しぶしぶ一時共闘、という流れなのだが。


 俺は今回、ロムに逃げられる寸前までをなぞりつつ軟着陸、からのロムの育成という流れで行こうと考えている。


 俗に言う大きな要求からラインを下げていくことで、本当の要求が通りやすくなるようにする、というテクニックだ。


 まず間違いなくロムは指輪の譲渡を拒むはずだし。


 そう思っていたら、ロムは中指の指輪を見下ろし、静かに目をつむり、僅かな時間の後に一つ頷いてから、指輪を取って俺に差し出してきた。


「大事にしてね」


「ちょっ、ちょっ、ちょっと待とう!」


 まさかの提出に戸惑う俺である。俺は素早く脳内で情報を整理して、適切な言葉を紡ぐ。


「そ、それがソロモンの指輪なの!? っていうかそんな苦しそうに渡されても受け取れないって!」


 本音としては、俺が貰っても旨みがないので、ロムが使い続けて欲しい。


 そんな俺の本心はつゆとも知らず、ロムはほっと一息ついて言った。


「良かった。育ての親の形見だから」


「うん。そんなもの貰えないよ、うん……」


 あっぶね~……。っていうか初対面の俺に、涙を呑んで親の形見を譲ろうとしたのかこの子。善人が過ぎる。


 ここで情報のおさらいだが、ロムは『サモンイリュージョン』の主人公で、ありとあらゆる魔獣を捕まえて召喚獣として使役することが出来る。


 その方法は、一度拍手すると両の手から鎖が伸びて、その鎖で魔獣を囲うと調伏効果が発動する、みたいな感じ。


 なのだが、設定的にはあの鎖、確かソロモンの指輪から出ていたのだ。


 右手の真鍮の指輪と、左手の鉄の指輪。それを打ち付けると、神秘を纏った鎖が現れ、魔のモノを従属させることが出来る。


 それが、ロムの持つ『ソロモンの指輪』だ。


 ちなみにゲームでの説明では『ボタンを押すと出てくる鎖で、敵を囲うとゲットできるぞ! たくさん囲って捕まえよう!』と書かれてた。わぁ分かりやすい。


 ……というか、おかしいな。原作でユディミルがよこせって言ったら、ロムは拒否るはずなのだが。


 やっぱりユディミルがここに来ないのと同じで、原作通りにはいかないな、と思う。慎重に行動しなければ……。


 それはさておき。


「ええと、そうか。恩人の親の形見なんか貰えないもんね。どうしようか」


 俺は悩んだ振りをする。するとロムは、心配そうに尋ねてくる。


「何で、これを?」


「……力が要るんだ。親友が結構偉い立場でね、暗殺者を差し向けられるような人で、少しでも力になれればと思って」


 これも原作ユディミルのセリフの引用である。だが、まったくの嘘という訳でもない。


 するとロムは考え込んでから、俺に尋ねてくる。


「この指輪がすごいものだっていうのは、知ってる。けど、使い方はボクも知らない」


 けど、とロムは迷いない瞳で続ける。


「この指輪を使って、成し遂げたいことがある。だからやっぱり、これはあげられない」


「うん。それでいいよ。俺もそんな大事なものを奪おうとは思えない」


 交渉決裂。原作通りだ。ここで強く行くと逃げられる。ので、俺は一度ガス抜きに、状況確認がてら話題を変えた。


「ところで、親御さんの形見ってことは、その親御さんは……」


「死んではない。けど、難しい状況にある」


「……分かった。変なこと聞いてごめんね」


 俺は大体の状況を把握する。ドンピシャでチュートリアルイベントの時期らしい。良いタイミングだ。


 ……見せるなら、ここか。


「忘れてた、メメ呼ばなきゃ」


「?」


 首を傾げるロムを置いて、俺は懐から、家紋の入った小さなワインケースを取り出した。


 親指で弾くようにして開ける。口をつけ、中のワインを一口飲む。


 そして、言った。


「メメ、おいで」


「めぇ~~~! おとさま、呼ぶの遅いのぉ~~~!」


 半泣きのメメが光の粒子と共に現れ、俺に抱き着いて頬を膨らませている。「ごめんごめん」と苦笑しながら、俺はメメの頭を撫でる。


「……!」


 そんな様子にメチャクチャ驚いてくれてる主人公さんが一人。


 俺は解説する。


「ああ、これは召喚魔法って言ってね」


「知ってる。親から教わった」


「あれ? そうなんだ。じゃあ使えるの?」


「……使えない。召喚魔法はこういう魔法だって、話だけ」


 そうだろう。やはり原作通りだ。チュートリアルイベント終わるまでは、まともに召喚魔法使えないしな、ロム。


 その時、ロムは言った。


「だから、教えてほしい」


 来た。俺は内心ほくそ笑む。


「教えて、っていうのは?」


「召喚魔法、教えてほしい。それで、ボク」


 ロムは、真剣な顔で続ける。


「―――育ての親、『悪魔アモン』を召喚獣にして、正気に戻してあげたいんだ」


 俺は心中で拳を固く握りしめる。成功だ。この流れに持っていきたかったのだ。ロムから俺に、難しい問題を頼み込んでくる形に。


「……悪魔を、倒す手伝い、ということ?」


 俺はまず渋って見せる。困難を前に乗り気なのはおかしいからだ。するとロムはしゅんとして「ダメ?」と俺を見つめてくる。


「……」


 しばし、思案するポーズをとる。それからいくらか間を置いて、俺は言った。


「……それなら、そうだ」


 俺は今この瞬間に思いついた、という顔で、ロムに持ち掛ける。


「いいよ。君がしたいことを、俺も手伝う。代わりに、君の力を借りられないかな」


「……?」


「つまり、その『ソロモンの指輪』の力を振るうのは、俺じゃなくてもいいってことなんだ。その力を振るう君が、味方になってくれればいい」


「!」


 ロムは目を丸くして、俺を見る。


「力を貸してくれるの?」


「うん。俺はその指輪の使い方を知ってるし、こう見えてまったくの無力という訳でもない。だから君の手伝いをする代わりに、俺の手伝いをして欲しいんだ」


 俺がそう言うと、ロムは目を輝かせて、「!」と強く頷いた。


「よし、交渉成立だね」


「よろしく、師匠」


「師匠……」


 そんな風に呼ばれるのは初めてて、俺はちょっと感動してしまう。主人公のロムに師匠呼びされるのか……。いいな。いいポジションだ。


 俺は推しに師匠呼びされる感動をしみじみ噛み締めてから、こう告げる。


「任せて。俺が君を、ものすごく強くするよ」


「!」


 目を輝かせて頷くロム。だが俺の脳裏に蘇る光景は、そんな希望に満ち溢れた輝かしいものではない。


 想起されるのは、オープンワールドにありがちな、スーパープレイと称して敵を容赦なく惨殺していく主人公の姿。


 敵の攻撃の届かない高度から一方的に空爆を仕掛け。

 敵の身体の自由を奪ってミキサーにかけて細切れにし。

 殺人ロボットを大量に放って自動で皆殺しにする。


 前世、プレイヤーはその凄惨な姿に、畏怖を込めて『黙示録のロム』と呼んだ。


「ボク、頑張る」


 健気に決心を固めるロムに、俺は心の底から申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

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