第30話 VSアモン

 俺は言った。


「メメッ! まず俺が前に出る! バックアップをお願い!」


「めぇっ!」


「ロムは離れたところに隠れて! 自分の身の安全を確保したら、好きに動いてくれ!」


「!」


 メメとロムの返事を聞くなり、俺は剣を構えて前に踏み込んだ。


 黒狼アモンは、先ほど巨大さにおののいたカリュドンボアよりも大きい。剣は通らないだろう。


 だから俺は、剣をブラフとして使った。


「やぁああああ!」


 振りかぶる。剣で倒すつもりなのだという気迫を乗せて。アモンはそれに、まるで羽虫を見るような目を向けてくる。


 俺はそれに、ニヤリとほくそ笑んだ。


「ホワイトサンダー」


 剣を振り下ろすよりも早いタイミングで、俺の手から白い雷が放たれる。虚を突いた白雷はアモンの鼻頭を焼き、奴を怯ませる。


「ギャインッ!」


「そのまま攻める!」


 のけぞるアモンの体に跳躍し、その体毛をひっつかんで背に上る。


 アモンは、怯みこそしたものの、ほとんどダメージは入っていないようだった。俺が消えたことを受けて、右に左に、俺を探すように動く。


「この毛か? 随分と丈夫だ。この毛が攻撃を通さないのかも」


 俺は、アモンの耐久性がどの程度なのかを計るために、背中から剣を振り下ろした。


「ぐっ。はは、やっぱりだ。固いね」


 アモンの剛毛を前に、剣が通る様子はない。何度か試すも、ほとんど意味がなさそうだ。


「グルルルルァ!」


 背中に乗る俺にやっと気づいたらしく、アモンは飛び跳ねて俺を振り落そうとする。俺はアモンの毛に必死にしがみついて、次の策を考えた。


 普通の攻撃は通らない。ならば。俺は魔法の出力を抑えて、剣を握る手に力を籠める。


「ホワイトサンダー・チャージ」


 剣に白い雷が走る。俺はそれを目で確認して、再び剣を振り下ろす。


 バヂィッ! と焼き焦がすような音を立てて、剣がアモンの毛を焼き切り、肉に突き刺さった。


 確かな手応え。上手く行った。ぐぐぐ、と剣が深く沈んで行く。


 ここからだ。ここから、この剣がアモンを倒すための楔となる。俺は振り落とされる前に、少しでも剣を深々と突き刺す。


「グルルルルァァアアアアア!」


 アモンが咆哮を上げた。至近距離にいた俺は、その声の大きさに耳を塞ぐ。


 ――――うっるさ! うるさすぎて、耳が痛いほどだ。歯を食いしばってなお、頭が割れそうなほどの不快感に襲われる。


「ァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 アモンの咆哮はさらに大きくなる。耳の痛みがギリギリと頭を痛めつける。


 く―――これ、これ、流石に至近距離で聞き続けるのはキツ、




 その瞬間、音が、世界からなくなった。




「……。……?」


 今までのうるさすぎる咆哮が聞こえなくなって、俺はキョトンとする。


 何が起こった? 分からない。何も聞こえない。


 周囲を見回して、メメが焦ったように大口を開けながら、こちらに駆けてくるのが見える。


 その時俺は、自分の頬に伝う、生温い液体の感触に気付いた。


 耳から垂れるそれは、血だった。


 ぐらりと体が傾ぐ。アモンが再び、俺を振り落とそうとしているのかと疑う。だから視線を戻そうとして、世界が一回転した。


「!?」


 俺はアモンから転げ落ち、地面に叩きつけられた。痛み。だがそれ以上に、上手く立ち上がれない。


 アモンは今どうしている。何がどうなっているのか分からない。触れているはずなのに、落ちたはずなのに、地面の場所が分からない。


 その時、俺は強い力に浚われた。目を白黒させるも、すぐにメメが背負ってくれたのだと理解する。


「―――――!」


 アモンから逃げながら、メメは何かを叫ぶ。するとロムの使役するフェアリーが近づいてきて、俺に鱗粉めいた粉をかけていく。


 すると、じわじわと耳に痛みが走った。俺は歯を食いしばる。耳にザリザリと不快な感触が走り―――


「―――って。とさま……たら、聞こえたら言って! おとさま!」


「っ! 聞こえた!」


 聴覚が復活する。鼓膜が破れていたのだと理解する。同時にそれが回復したのが、ロムのフェアリーのお蔭だと。


「ありがとう、メメ、フェアリー!」


「めぇ! おとさまが無事でよかった!」


 メメに続いて、フェアリーが飛びながらケラケラと笑う。そこから俺はメメに下ろしてもらい、自分の足で走った。


 アモンは今、ロムが放ったコボルト三体を相手に、暴れているようだった。しかし長くはもたないだろう。地力が違い過ぎる。


 にしても、と俺は歯噛みする。


 ここまでか。チュートリアルボスの癖に、アモンはここまで強いのか。


 確かにゲームでも、初期召喚獣なのにラスボスまで戦える優秀な奴ではあったけど、にしたって限度があるだろ!


 とはいえ、今の短い攻防でも、分かったことは多い。


 まず、アモンの体毛による防御は、生半可な攻撃は防いでしまう。素のホワイトサンダーが、ほとんど意味をなさなかった相手なんて初めてだ。


 しかし、まったく意味がないわけではない。鼻頭に当てれば怯ませられるし、剣に纏わせればアモンにも突き刺さる。


 とはいえその剣も、今はアモンに刺さったままだ。


 次に、アモンの攻撃。単純に暴れれば俺はひとたまりもない、というのは最初の予想の通りだ。コボルト三体も、この短い時間で蹴散らされている。


 想定外に脅威だったのは、咆哮だろう。まさか鼓膜を破られるとは思わなかった。


 それに、多分他の攻撃方法も控えてる。火に蛇。俺はまだ、アモンの底が見えていない。


「なら、どうする」


 俺は考える。アモンの防御の破り方。攻撃の回避方法。


 まず、接近戦はもうやめだ。次こそ咆哮後の硬直を狙って、食い殺される。


 とするなら、遠距離戦。思いつく策は――――


「二つ」


 俺は呟く。


「二つ、俺とロムとで、アモンに有効打を入れる策がある」


 俺はフェアリーに言伝する。フェアリーは一つ頷いて、粒子となった。ロムの元に戻って報告するのだろう。


 俺はアモンから十分離れたのを確認して、木陰から奴を確認する。アモンはコボルトにトドメを刺して、俺たちを探すように唸っている。


 俺は言った。


「よし、メメ。威力偵察はおおむね成功だ。ここから反撃に移る」


「めぇっ! おとさまに痛い目見せた報い、悪い狼に味わわせるの!」


 メメが元気に言うので、俺はその頭を撫でる。


「そうだね。狼は羊の敵だ。悪い狼には、たっぷりお仕置きしてやろう」


「めぇ!」


 俺はメメの合図を聞き、地を這うように姿勢を低く、その場から移動した。

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