第29話 カリュドンボアを狙う影

 大量のボムアントとトレントの調伏に成功した俺たちは、森の中で昼食を摂っていた。


「~♪」


 ロムは大量の戦果に上機嫌で、ニコニコで昼食のサンドイッチにかぶりついている。


 一方俺とメメはしばらく疲弊していたが、気にしても仕方がない、と切り替えて、黙々とサンドイッチを口に運んでいた。


「まさかの展開だったけど、かなりいい調子だ」


 俺は進捗を顧みて、ロムに語り掛ける。


「もしかしたら今日で、カリュドンボアを調伏して、アモンに挑む準備が整うかもしれない」


「カリュドンボアを捕まえたら、今日アモンと戦う?」


 ロムの質問に、俺は首を振る。


「ううん、それは止めておこう。アモンは本当に強い。悪魔と呼ばれる存在は、魔人のさらに一段上だからね」


 基本悪魔との戦いは、全員ボス戦と言っていい。一人たりとも簡単な戦いはなく、だからこそ調伏すれば強力な味方になってくれる。


「ただでさえさっきのそれこれで疲れがあるし、カリュドンボアの戦いでもかなり疲弊すると思う。アモンに挑むとしても、体力を回復した明日にしよう」


「分かった。師匠の決定に従う」


 昨日に加えて今日の戦果もあってか、ロムはずいぶんと俺に従順な態度を示している。何だか俺を見る目に熱がこもっている気がする。


 とか思ってたら、メメが俺の前に出て、ロムの視線を遮った。


「めぇ。ロム、あんまりおとさまのこと見ちゃダメ」


「何で。師匠を見つめるのは弟子の権利」


 そんな権利与えてないが。


「違うのー! おとさまのことじぃ~っと見ていいのは、召喚獣のメメの特権だもん!」


 むっとする二人に、俺は「まぁまぁまぁ」と間に入る。


「二人とも、あんまりケンカしないよ。メメも、見ちゃダメなんて変なこと言わないの」


「めぇ~、だって~」


 駄々をこねるメメ。一方ロムは、目を輝かせて俺に近づいてくる。


「じゃあ、ボクは師匠のこと、穴が開くほど見つめていい?」


「穴が開くほどは困るかなぁ……」


「じぃ……」


「う、や、だから困るって」


 至近距離で熱っぽい視線を向けられると、改めてロムの中性的な美貌にドキリとさせられる。


 サラサラの細い金髪。白磁のような肌。いつも淡々としているはずの目は、うっとりと俺を見つめ―――


 ロムは手で口を隠した。


「プププ」


「おい。師匠をからかうのもいい加減にしろよ」


「師匠が怒った。怖い。ププ」


「何も隠せてない!」


 こいつ一回しばきまわした方がいいだろうか。でも女の子だったら良くないしな……。


「ロム、君はマジでどっちなんだ。男なのか女なのか」


「好きな方でいい」


「じゃあ男扱いでしばいていいってこと?」


「好きにしていい」


 そこまで言ってから、照れた様子でロムは、流し目で俺を見て、こう続ける。


「……師匠になら、痛くされても、いいよ?」


「あっ……! がっ……!」


「プププ。師匠可愛い」


 複雑な体勢で悶える俺である。チクショウ! 何をやってもやり返される。


 手玉に取られるだけなので、俺はもう付き合わないことにした。さっさとサンドイッチを食べ終えて立ち上がる。


「もう行くよ!」


 俺が拗ねてそうと言うと「めぇ!」とすぐにメメも立ち上がる。一方ロムは、「ま、待って」と小さな口にサンドイッチを詰め込んだ。


 さて、やはり先ほどのように、コボルト数匹を斥候に放って、俺たちは歩き始める。


 コボルトの嗅覚が優秀なようで「そっちっぽい」とロムは最初から当たりを付けて進んでいた。


 そうやってしばらく歩くと、二回ほど遭遇戦で妖精を調伏する。消耗は軽微。まだまだカリュドンボアに挑めるレベルだ。


 さらに歩く。たまに雑談を挟みつつ、着々と。すると離れた先から、コボルトの鳴き声が二回上がる。


「見つけたみたい」


「よし、行こうか。カリュドンボア相手なら、俺たちも戦うよ」「めぇ!」


「分かった。頼もしい」


 俺たちは早足で鳴き声の方に進む。すると物陰に隠れていたコボルトを見つけ合流。茂みから、そっと顔を覗かせる。


「あれがカリュドンボア」


 そこにいたのは、巨躯のイノシシだった。原作ゲームでも知っていたが、実物として見るとあまりにもデカい。


 そのサイズは、例えるならトラックだ。


 向こうから体当たりを食らえば、俺たちはひとたまりもない。だが俺たちが物理的に切りかかっても、何のダメージも与えられないだろう。


「これを倒す……」


 ロムもその巨躯に冷静ではいられないと見えて、ごくりと唾をのみ下す。


 ロムのパンジャンドラムなら多分ダメージは入るだろうが、恐らく一撃で倒せはしないだろう。そのくらい、大きさというのはそのまま強さなのだ。


「……めぇ、おとさま。メメ……」


 メメが、小声で俺を呼ぶ。俺は首を振って、メメの考えを否定する。


「メメ、最初に言ったのと変わらないよ。使。強そうだけど、メメが魔法を使うほどじゃない」


「めぇ、分かった……」


 不安そうなメメ。それに俺は苦笑して、そのもふもふの頭を撫でる。


「大丈夫。メメ、メメはとっても強いよ。俺とロムはそのまま挑んだら相手にならないけど、メメならそうじゃないくらい、メメは強い」


「ほんと……?」


「うん。本当だよ。メメは去年から、ずっと成長した。だから自信をもって」


「めぇ……!」


 俺が励ますと、メメはやる気を取り戻した。素直で可愛いな、と思う。


 それから、俺はメメとロムを手招きで近寄らせ、小声で計画を話し始めた。


「みんな、カリュドンボアは、見ての通り普通に挑んだら絶対に勝てない敵だ。でも、勝つための道具は揃ってる。それを上手く使えば大丈夫」


 俺はざっと計画を立てる。メメはカリュドンボアと直接相対して、俺が魔法でその補助。ロムはパンジャンドラムでメインアタッカーだ。


「さぁ、行くよメメ!」


「めぇっ!」


 俺とメメは示し合わせて、茂みから飛び出した。カリュドンボアが俺たちに気付いて、のしのしと方向を変える。


 その威圧感たるや。俺は冷や汗を流して立ち向かう。剣を抜き放ち、魔法の準備をして、長く息を吐く。


「さぁ、メメ、強敵だ。気合を入れて――――」


 そう俺が呼びかけたその瞬間。


 カリュドンボアに、巨大な影が襲い掛かった。


「「「!?」」」


 俺たち三人は、揃って瞠目し凍り付く。カリュドンボアの首元に、巨大な牙が突き刺さる。


 何だ、と思った瞬間、牙がさらに深くめり込み、頸動脈が破れた。噴水のような血が溢れ、カリュドンボアの身体から力が抜ける。


 そうしてやっと、俺たちはその全貌を見ることが出来た。


 それは、巨大な黒い狼だった。巨大なカリュドンボアよりもさらに巨大。一噛みで巨大イノシシをかみ殺し、その牙の間から呼気と共に火が漏れる。


 しゅる、と音を立てて、尻尾の蛇が俺たちに向く。「シャー!」と威嚇に唸りを上げる。


 その姿に、俺は歯を食いしばるしかない。


「―――……ッ! よりにもよって、最後のピースがハマる前に……!」


「めぇ……!」


 俺とメメは、それでも構えを解くわけには行かなかった。


 油断をすれば次の瞬間には殺されていても不思議ではない。奴は、そんな強敵だ。


 背後で、ロムの立ち上がる気配を感じる。呆然と、ロムは俺たちが相対する巨大狼を見つめ、呟く。


「……アモン」


 悪魔アモン。火を吹く巨大黒狼。理性をなくし出奔した、ロムの育ての親。


 黒狼アモンは、カリュドンボアから牙を外し、俺たちという新たな敵に牙を向く。唸りと同時に、口端から火がくゆる。


 何てことだ。最悪だ。だがもはや、逃げられる余裕はない。


 俺は大きく息を吸い、全員に言い放つ。


「全員、覚悟を決めるんだ! こうなったら逃げることもかなわない! ―――俺たちはこの場で、悪魔アモンを調伏する!」


 俺の叫びに、周囲の妖精たちが我先にと逃げていく。もはやこの戦闘を邪魔するものなど一人もいない。


 俺とメメ、ロムと妖精たち。相対するは、黒狼の悪魔アモン。


 不運な遭遇と共に、決死の戦いが始まった。

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