第28話 走れボクらのパンジャンドラム

 俺はまず深呼吸をして、落ち着くことにした。


 冷静に考えてみれば、大変な状況にあるのは俺たちではなく敵連中だけだ。俺たちは気づかれていないので、手に余るなら逃げればいいだけ。


 だから、考える。安全な崖上から状況を観察し、吟味し、作戦を練る。


 俺は言った。


「みんな、俺に考えがある」


「! 流石師匠」


「めぇ! おとさますごい!」


「早い早い。まだ何も言ってない」


 この段階でよいしょされると、それはむしろハードルなんだよ。


 俺は咳払いをして、話し始める。


「ロム、俺たちが頑張るべきは、二つある」


「!」


 ロムは強く頷く。俺は続ける。


「まず一つ目。離れたところで見守ってる小さなトレントと、はぐれて何をしていいか分からなくなってるボムアントを捕まえること」


 俺はアゴで示す。その先には、怯えているのか何なのか、普通の木のサイズのトレントと、特に攻撃もせずうろうろするボムアントたちがいた。


「次に、奴らを調伏したら、奴らを使って建築をすることだ」


「……建築?」


「うん。建築」


 首をひねるロムに、俺は説明する。


「昨日、ノームを捕まえたよね」


「捕まえた」


「ノームの能力は、大掛かりな物体の建築だ。例えば連弩。普通なら一人で連射できないボウガンを、大掛かりな機構に組み替えて、途切れない連弩にすることができる」


 俺たちが精霊樹の森に入ってすぐ困らされたアレである。あの通り、ノームは建築が得意なのだ。


「それでロムには、兵器を作ってもらう」


「兵器……?」


「ボムアントとトレントを捕まえたい一番の理由だね。トレントは解体すれば材木になる。ボムアントは兵器の核となる爆弾になる」


「……めぇ……? お、おとさま……?」


 俺の説明に、メメはドン引きだ。俺は、うぐ、と言葉をのどに詰まらせてしまう。


 その通り、この戦法は、原作ゲームのサモイリュでも随所で話題となった、恐ろしいやり方である。


 何せ、捕まえて使役する召喚獣を、バラして組み替えて兵器にするのだ。あまりに人の心がない。


 そういうことができる、と分かった時SNSは騒然だった。


『ボムアントの命が効率的に消費されていく』

『トレントの人権どこ……? ここ……?』

『仲間の体で建築させられるノームの気持ちを考えろ』


 数々の罵倒を飛ばしながら、それはそれとして、プレイヤーたちはこぞってトレントとボムアントで兵器の数々を生み出した。


 ロムが『黙示録のロム』と呼ばれる理由はここにある。召喚獣を解体して作る兵器で、一方的かつ圧倒的に敵を蹂躙するのだ。


 しかも一定以上のダメージを負ったとして、ボムアントもトレントもしばらくすれば再び召喚できる。


 クールタイムはあるものの、兵器は何度でも組み立てられる使用できるのだ。『これが主人公の姿か』とよく声が上がっていた。


 俺はとても苦しい顔で地面を見つめる。ロムの顔が見られない。


 しかし、しかし仕方がないのだ。このくらいやらないと、本来のチュートリアルではあった、ユディミルの兵力分の不足を埋められない。


 だから仕方がないんだ。どうか許してくれロム……!


 とか思っていたら、ロムは言った。


「なるほど。やってみる」


「えっ」


 俺が顔を上げると、シンプルに納得と発見の表情をしたロムが、俺を見つめていた。


「やっぱり師匠はすごい。賢い」


「……」


「じゃあ、フェアリーズ、ケットシー。それにコボルト、行くよ」


 ロムの召喚を受けて、フェアリーが数体とケットシーが一匹現れた。ロムはコボルトの上に乗って、駆けだす。


「め、めぇ、ロム行っちゃった」


「……仕方ない、見守ろう。この状況で、俺たちに出来ることは少ない」


 知恵は授けた。俺は崖上で、息を潜めながらロムの行方を目で追う。


 ロムは召喚獣ともども、俊敏な動きで遠巻きにしているボムアント、トレントたちに接近した。昨日の訓練で慣れたのか、その動きは滑らかだ。


「フェアリーズ、混乱魔術」


 いくらか接近したタイミングで、ロムは対象に素早くフェアリーたちを飛ばした。フェアリーたちはボムアント、トレントに近づいて、広範囲に混乱魔術を行使する。


『『『■■■■■■■■■■』』』


「キュイッ」「ギギッ」


 敵たちはそろって混乱に動けなくなる。するとロムは一度拍手をして金の鎖を出してから、指輪の片方をケットシーに投げ渡した。


「ケットシー、囲え」


「ニャアッ」


 コボルトに乗ったロムとケットシーが、大きく二手に分かれる。離れた分だけドンドンと鎖は伸びていき、ボムアントもトレントも一度に鎖で囲い始めていく。


 俺はその様子のスムーズさを見て、思わず笑ってしまった。


「ロム。こういうのも何だけど、俺が見てきた中で一番『ロム』の才能あるよ、君」


 魔物たちを囲って再び合流したロムとケットシーは、鎖を重ね合わせた。波紋めいた魔力派が発生し、ボムアントもトレントも一緒くたに調伏され始める。


 それが大体三秒ほど。キィイインッ! と激しい金属音がなって、調伏が完了する。


「ボムアント、トレント、戻れ」


 囲ったボムアントとトレントが、粒子となって消える。召喚獣となった証拠だ。ロムは一つ頷き、コボルトに乗って俺たちの元まで戻ってくる。


「ゲットだぜ」


「いやマジでうまい。本当にうまい」


「褒められてうれしい」


 ドヤ顔のロムである。これが主人公の貫禄か、と俺は思ってしまう。


 さて、状況は静かに一変した。メインのボムアントとトレントの戦争は絶え間なく続いているが、すでにロムは敵の一斉制圧の準備を整えている。


 ロムは俺に確認を取るように、次の工程を口にする。


「次は兵器を作る」


「うん。兵器の作り方とかは分かる?」


「イメージだけすればノームが作ってくれる。けど、そのイメージがよく分からない」


「そうだよねぇ……。あんまり難しく考えないでいいんだけど」


 俺は経験者として、どのあたりにコツがあるのかを分析して伝える。


「攻撃力の基本はどこまで行ってもボムアントだから、『ボムアントを敵に当てる』『自分はボムアントの爆発に巻き込まれないくらい離れる』って言うことだけ考えるといいよ」


「分かった」


 ロムは魔物大戦争を眺めながら、しばらく腕を組んで考え込む。それから少しして「物は試し」と頷いた。


「ボムアントズ、トレントズ、待機。ノーム、建築。自走する車輪爆弾のイメージ」


 ロムは、とんがり帽子の小人の老人妖精、ノームを三体召喚して、建築を命じた。


 すると、ノームたちは一瞬動揺したように顔を見合わせてからトレントに手をかける。


 トレントは、主であるロムを見つめて、静かに、寂しそうに微笑んだ。


 ノームの手で、トレントたちがバラバラの木材にされていく。ノームの作業速度は尋常ではなく、見る見るうちにとんてんかんてんと、斧で割られ組み立てられた。


 最後に、何も分かっていない様子のボムアントが、中心に組み込まれる。ノームは一仕事終えた、という所作をして、粒子となって消えていく。


 その間、脅威の三秒。ノームすげぇ。のはさておき、俺は茫然と呟いた。


「……これパンジャンドラムだ……」


 パンジャンドラム。ロケット推進式の自走爆雷。ビジュアルはドラム缶を挟んだ二輪で、そのドラム缶に爆薬を詰めた、イギリス発祥のトンチキ兵器である。


 ……ほぼノーヒント開発で、よりにもよってこれかぁ。


 いや、ノームが組み立てたなら多分使えるんだけどさ。史実では使い物にならないと廃案になった兵器である。何で最初にこれ作っちゃったんだ。


「おぉ……!」


 ロムは自分で命じたパンジャンドラムの姿に感じ入るものがあったのか、感嘆の声を上げている。


「良い。すごく良い。気に入った」


「……気に入っちゃったの? パンジャンドラム」


「これ、パンジャンドラムっていうの? 師匠」


「うん……」


 俺は微妙極まるテンションで頷く。しかしロムは、目をキラッキラさせている。


 クソデカ車輪爆弾ことパンジャンドラム、前世でも異様に好きな人居たよなぁ。何かよく分からないロマンがあるらしい。ロムもその虜のようだ。


「いい? 師匠。突撃させていい?」


「……いいよ」


「じゃあ……パンジャンドラム、突撃!」


 今までの冷静なロムは何処に、と思うくらいハイテンションで、ロムはパンジャンドラムに発進を命じた。


 車輪に付けられたボムアントの足が火を噴く。車輪がゆっくりと回転を始める。徐々に速度を増し、勢いをつけ、パンジャンドラムが崖から飛び出した。


「めぇ」


 メメが、俺に抱き着き、ロムの背を掴んで言う。


「おとさま、ロム、危ないから屈む」




 俺たちが慌てて屈んだ瞬間。


 大爆発が、崖下で荒れ狂った。




 閃光、轟音、衝撃。三つが鮮烈に崖下から吹き荒れる。


 暴風の余波が俺たちの上を通り過ぎていくのを感じながら、立っていたままだったらそのまま吹き飛ばされていたな、と思う。


 崖下の魔物たちの悲鳴は、連続して起こる爆音に押し殺される。


 それを聞きながら、俺はこの爆発が、ボムアント一匹ではなく、崖下のボムアントすべてに連鎖爆発しているのだと理解する。


 阿鼻叫喚。阿鼻叫喚の地獄だ。


 俺の隣でメメが「めぇ~!」と泣き声を上げる。ロムが「ふわぁぁぁぁあああああ!」と謎のハイになっている。


 そうやって十数秒。長い長い爆発の連鎖が終わって、俺たちは崖下を覗き込んだ。


「……わぁ」


 そこにいたのは、無数のボムアント、トレントの瀕死体だった。今にも死にそうなほど疲弊した魔物たちが、ふるふると体を震わせている。


「全滅だ……」


「めぇ、ひどい……」


 俺とメメは惨状に震える。特に俺は、けしかけた本人として、これをまともに直視できない。


 だが、ロムは淡々としていた。


「放っておいたらみんな死ぬ。急いで調伏してくる」


 コボルトに乗り、ケットシーを連れ、ロムは走り出す。素早く拍手をして金の鎖を伸ばし、一気にすべてを調伏にかかる。


 キィイイン! という無慈悲に響く金属音は、調伏が成功した証。


 手を振って戻ってくるロムは穏やかな微笑みを浮かべ、煙の臭いをまとって現れる。


「大量。作戦は大成功。それもこれも師匠のお蔭、ありがとう」


「……うん」


 俺はもう、頷く以外何もできなかった。

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