第27話 ロムの召喚魔法:発展編
そこから先のロムの勢いはすさまじかった。
よほど妖精捕獲が楽しかったのだろう。この精霊樹の森に住まう妖精は、すべて捕獲して回るくらいの勢いだ。
「フェアリー、突進。混乱魔術」
「ぴぃっ」
召喚獣の使い方も実に上手だった。
フェアリーを飛ばして敵の中心に飛び込ませ、周囲一帯に混乱魔術を広げて、前後不覚になっている間に調伏する。
この手が通じないほど強力な敵はその日の妖精にはおらず、ロムの召喚獣軍団は見る見る内に増えていった。
初めての捕獲訓練の日が終わるころには、大体五、六種類の妖精が総勢二十を超えるほど。
暗くなってきたので、ひとまずその日はロムの家に泊まらせてもらって翌日。俺は丁寧な朝食を口にしつつ、進捗について話していた。
「とてもいい。最初から思ってたけど、めちゃくちゃ筋がいい。混乱魔術のフェアリー、素早く建築ができるノーム、近距離戦力になる猫妖精ケットシー。他にもたくさん捕まえたね」
「!」
力強く頷くロムだ。早朝でも元気いっぱいである。ちなみに俺の隣のメメは、まだ眠いのか目をこすっている。
そうしていると、昨日の戦果の一つでもある、調伏したメイド妖精のシルキーが、俺たちに紅茶を用意してくれた。実に優雅な朝食だ。
「かなり戦力が集まった。師匠のおかげ」
「あはは、ありがとう」
面と向かって礼を言われると、気恥ずかしいやら申し訳ないやら。ここから非道の道に引きずり込むと思うと、つい目をそらしてしまう。
「今日も同じ?」
ロムに問われ、俺は首を横に振る。
「ううん。ロムは筋がいいから、次のステップに進もうと思ってるんだ」
「次のステップ」
目を輝かせて、俺を見つめるロムだ。俺の隣で大あくびを一つしてから、メメが俺に聞いてくる。
「おとさま、今日は何するの?」
「今日は、もうちょっと強い相手を調伏しようと思ってね。昨日の内にリストアップしておいたんだ」
俺は持ってきた荷物の中からメモ帳を取り出して、羽ペンをインクに付けてサラサラと絵を描き記す。
「昨日妖精たちを調伏して回りながら、ロムが危険だって避けた三体のこと、覚えてる?」
「めぇ?」
「覚えてる。ボムアント、トレント、カリュドンボア」
「ロム、その通りだ」
首をかしげるメメに、ハキハキと答えるロム。俺は頷いて、手元にイラストを描き終える。
「一匹一匹は強くないけど、大量にいて、敵にしがみついて自爆する巨大アリ、ボムアント」
俺は、お尻が極端に肥大化し、その尻から導火線の伸びるアリの絵を、羽ペンで突く。
「こちらの攻撃がほとんど通らないほど固い、木の怪物トレント」
次に、幹に顔の付いた木、といった風情の姿をした木の絵を突く。
「俺たちが見上げるほど大きくて、とにかく速くて強いイノシシ、カリュドンボア」
最後に、おどろおどろしい姿をした巨大猪の絵を突く。
「この三種類を調伏出来たら、俺はロムの目標、悪魔アモンに挑んでもいいと思ってる。カリュドンボアまで使役出来たら、よほどのことがない限り負けはないはずだ」
「……!」
ロムは俺の絵を熱心に見つめて、「これを」と呟く。
「昨日避けた通り危険な相手には変わりない。でも、昨日あれだけ捕まえてのけたロムなら、このくらいはできると思ったんだ」
俺は前のめりになって、持ちかける。
「どう? やってみない?」
「分かった。やる」
「ものすごい即決」
話がトントン拍子過ぎてちょっとビビる。
そんな訳で、朝食を済ませてすぐ、俺たちは家から出て森を歩き始めた。
昨日とは違って、周囲の索敵にロムが犬妖精のコボルトを数匹走らせているので、ある程度気を緩めることができた。異変があったら鳴いて報告してくれるのだ。
「めぇ。ロムってここで育ったの?」
そうなると自然、増えるのは雑談である。
特におしゃべりなメメは、昨日話せなかった鬱憤を晴らすように、ロムに言葉を投げかけていた。
……昔は人見知りだったのになぁ、とちょっと感動するが、それはさておき。
「うん」
「めぇ。寂しくなかった? メメはおとさまがいないと、とっても寂しいの」
言いながら、メメは俺の腕をぎゅっと抱きしめる。可愛い召喚獣だなぁと俺は頭を撫でる。
対して、答えるロムは淡々としていた。
「アモンがいなくなってからしばらくは、寂しかった。けど、しばらくしたら慣れた」
「寂しいのって、慣れるの?」
「慣れる。人間は慣れる生き物」
「めぇ……。メメはおとさまと離れたら寂しくて死んじゃうと思う。おとさまは?」
「俺もメメと離れたら寂しくて死んじゃうよ~~~~~!」
「めぇ~~~!」
俺はメメの可愛さに、思わずぎゅっと抱き上げてしまう。メメは嬉しそうに、俺の胸元に頬を寄せている。
そんな俺たちを見て、ロムは微笑む。「仲良し」と言われて、二人で「「もちろん!」」と答える。
すると、ロムは言った。
「でも、昨日は楽しかった。人と何かするのって、楽しいなって思い出せた気がする」
「ロム……」
俺はロムの言葉に、思いを馳せてしまう。数年間、敵だらけの森で一人きりだ。寂しさなど忘れてしまわないと、生きていけなかったのだろう。
そう思ってると、ロムは俺に近づいてきて、メメのように俺の腕を抱きしめてきた。
「ロム?」
「特に、ボクに色々教えてくれる師匠は、頼もしくて好き。これからも教えてくれる?」
「い、いや、教えてくれるのはいいんだけど、え……?」
「嬉しい。ありがとう」
儚げな微笑を至近距離から向けてくるロムに、俺は思わずドキドキしてしまう。
脳裏によぎるのは性別のことだ。このドキドキは受け止めていいものなのかどうか、ということを考えて、脳が混乱し始める。
「めぇー! ロム近すぎ! おとさまはメメのおとさまなの!」
するとメメが目を怒らせて乱入してくる。意外にもロムはするりと俺から離れ、口を手で隠して、こう言った。
「プププ」
「……―――あっ! からかったな!」
「めぇっ!?」
「二人とも楽しい。からかい甲斐がある」
俺とメメはそろって歯噛みする。二人揃って手玉に取られている気分だ。
そういえば原作でもあったなぁ、と思いだす。ロムの返答はいつも三パターンあって、その内一つは絶対にふざけているのだ。
「でも師匠が好きなのは本当。メメも好き。二人とも可愛い」
「うっ!?」
「めぇっ?」
格好良さと可愛らしさの両方をまとって言うから、俺とメメはどちらもドキリとする。本当にどっちなんだ。ロムめ、男なのか女なのかどっちなんだ!
その時、索敵に出していたコボルトの鳴き声が上がった。
鳴き声は二回。一回なら敵接近の合図。二回なら、捜索対象の発見だ。
「メメ、ロム。見つかったみたいだ」
「めぇ」
「戻れ。コボルト、道案内」
ロムの『戻れ』の一言で、遠くにいたコボルトたちが粒子となってロムに戻る。
次いでロムが指輪にキスをして命じることで、再び顕現したコボルトが、俺たちの道案内に走り出した。
俺たちは駆け足でコボルトを追う。だいたい数十メートル程度を走った先で、コボルトは立ち止まった。
「くぅん」
「ありがとう、コボルト」
コボルトの頭をロムは撫でる。それから俺たちは、息をひそめてその先に進んだ。
その先にあったのは、崖だった。俺たちは体を屈めて、崖下を見下ろす。
そこにあったのは、地獄絵図だった。
木の怪物トレント。その中でも特に巨大なものに、爆弾アリのボムアントたちが群がっていた。
トレントが枝を振り回すたびに、ボムアントたちが次々と爆発していく。するとトレントの樹皮が傷つき、トレントの暴れ具合がさらに激しくなる。
そんな光景が、大体五塊ほど。五体の特大トレントとボムアントの大群の戦争の場に、俺たちはたどり着いてしまったらしい。
「……師匠」
ここまで不安そうな顔を一切見せてこなかったロムが、戸惑いの目を俺に向けてくる。
「これ、どうすればいい……?」
「……」
俺だって予想外だよ、こんなの。
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