第26話 俺が師匠のチュートリアル

 ここで一度、サモイリュのチュートリアルイベントがどんなものかを、明らかにしておこう。


 サモイリュの冒頭は、ロムと育ての親アモンこと、巨大な狼との平穏な二人(?)暮らしから始まる。


 しかし突如として狼の悪魔アモンが正気を失う。それはどこかで目覚めた、悪魔を超える大災厄、『黙示録の仔羊』の影響であると。


 狼の悪魔アモンは、ロムを傷つけないために出奔する。その、正気を保った状態での最後の言葉で、ロムにこう伝えるのだ。


『ロム、我を「ソロモンの指輪」で使役しろ。鎖で我を捕らえ、そなたの召喚獣とするのだ。そうすれば彼奴の影響から逃れ、正気を取り戻すことが出来る』


 そう言い残して、アモンはソロモンの指輪を吐き出し、ロムの家から去って行く。


 それから指輪を狙うユディミルからの逃亡という一幕を挟みつつも、アモンの強襲によって一時共闘を開始。


 ロムは妖精やユディミルの力を借りて、育ての親アモンを調伏するための一大作戦に出る……!


 というのがあらましなのだが、思い返すとこれ、元を正せば俺がメメを呼び出したせいじゃねーか。


「めぇ?」


「んー、何でもないよ、メメ」


「め」


 座って考える俺の膝に腰かけ、メメは上機嫌だ。


 メメ、設定的に召喚されただけで、世界中にかなりの影響及ぼしてるんだよな、と思う。原作ディアルが虐待したのもその所為では、とか思ったりする。


 じゃあ何で俺は平気なんだよ問題はあるが。それはさておき。


「なるほど、そんなことが」


「……」


 大体俺の知る通りの話をしてくれたロムが、深刻そうな顔で机を見つめている。


 俺たちは一旦話をちゃんとまとめるために、机について話をしていた。


 俺は出されたお茶を一啜りしてから、言う。


「分かった。じゃあ早速、ロムに訓練をつけようか。ソロモンの指輪を使いこなして俺と一緒に戦えば、きっと悪魔アモン相手でも勝てるはず」


「!」


 ロムは力強く頷く。よほど嬉しかったらしい。基本的に目だけで感情を表すスタイルなのに、今回に至ってはちょっと微笑んでいる。


 可愛げあるよなぁ、とちょっと思う。思うけど、やっぱりどっちなんだと思ってしまう。


 すると、メメが言った。


「めぇ。ロムって、男の子なの? 女の子なの?」


「メメ?」


 直でそれを聞くか、と驚く俺に「おとさま聞いて欲しそうだったから!」と満面の笑みのメメである。くぅう、叱るに叱れない。この可愛い忠羊め!


 この問いに、ロムはキョトンとしてから、しばらくアゴに手を当てて考えた。


 自分の性別に考える余地が……?


 ロムは言う。


「好きな方で良い」


「えっ」


「他に質問はある?」


「えっ」


 謎が謎のまま残されたんだけど! 好きな方で良いって何だよ! 可変か!? お前性別可変なのか!?


 俺は眉間に深いしわを刻んで、どうにか今のやり取りを飲み込む。メチャクチャに気になるけど、今回は重要じゃない。気になるけど、放置が正しい。


 俺は立ち上がる。


「ううん、これで十分だよ。じゃあ、始めようか」


「めぇー!」


「!」


 そんな訳で、ロムの育成計画が始まった。


 俺、メメ、ロムの三人で、家から出る。騒いでノームの排除機構が作動すると良くないので、対象を見付けるまでは無言だ。


 そうやって息をひそめて移動していると、フェアリーがふわふわと飛んでいる姿を見付ける。俺たちは見つからないように隠れて、コソコソと作戦会議だ。


「じゃあロム、最初の調伏と行こうか。ソロモンの指輪の使い方は分かる?」


「……分からない」


「分かった。じゃあ教えるね」


 俺は指輪同士を拍手の要領でぶつけ合うと、そこから鎖が伸びる、という説明をする。それからその鎖で相手をくくればあら不思議、調伏完了だとも。


「って言っても、効果は絶対じゃない。君の親アモンは特に強いから、十数秒にわたって拘束を続ける必要がある」


「分かった。……師匠詳しい」


「まぁね」


 伊達に数百時間プレイしていない。


「ひとまず、やる?」


「まずは簡単にお試しだね。俺から行くよ」


 俺は木の影から姿を現し、呪文を唱えた。


「ホワイトサンダー・パラライズ」


「ぴぃぃいっ?」


 麻痺の魔法を食らって、フェアリーはその場に落下した。ロムに視線をやると、素早く飛び出したロムは手を打ち付ける。


 ジヤラジャラジャラ! と甲高い金属音と共に、黄金に輝く鎖が、ロムの両手を繋ぐように現れた。


 ロムは素早くフェアリーを鎖で拘束する。すると鎖の内側から波紋めいた魔力波が流れ、フェアリーは「ぴぃっ」と言って痙攣した。


 そして、調伏完了を示す、キィィンッ! という甲高い金属音が響く。


 フェアリーの痙攣が収まる。野良のフェアリーとは目の色が違う。


 フェアリーはロムに振り向き―――「ぴぃっ」と懐いたような声を上げた。


「成功だ。そうやるんだよ」


「できた……!」


 目をキラキラと輝かせて、ロムはフェアリーを抱きしめる。抱きしめられたフェアリーは、主に好かれてくすぐったそうだ。


「楽しい。教えてくれてありがとう」


「ハハハッ、それは良かった。じゃあ要領も掴んだことだし、次は使役と行こうか」


「!」


 ロムは純粋に頷く。俺は、こんな無垢な子を『黙示録のロム』にするのかと、じわじわ罪悪感に苛まれる。


「じゃあまずはフェアリーを消してみて。『休め』とか『隠れて』とか言えば通じるから」


「お休み」


 ロムが言うと、フェアリーは粒子となって消えていく。


「呼び出すときは、ロムの場合、指輪に口づけをして呼び出したい相手を呼ぶんだ」


 俺が言うと、ロムはその通り指輪に口づけをして「フェアリー」と名を呼んだ。再びフェアリーが姿を現す。


「できた」


「できたね。使役だけど、他にはできることは大体自由にやってもらうことが出来るよ。フェアリーなら混乱の魔法をかけたり飛んだり」


「!」


「あとは……そうだね」


 俺はメメの耳を塞いだ。メメは「めぇ?」と俺を見上げる。俺は構わずロムに説明を続ける。


「基本的には召喚獣は不死身だから、あんまり大切にし過ぎるとできることの幅が狭まるかもね。ダメージを追いすぎると、さっきみたいに消えてしまうけど」


「多少の無理なら効く、ってこと?」


「その通り」


 飲み込みが早い。と俺は頷く。


 ……そう。今回のメイン目的、外道テクニックの布石である。『黙示録のロム』の再現を行うには、敵と召喚獣に情けなど持ってはいけないのだ。


 心苦しいが、勝つためには仕方がない。そう思っていると、「じゃあ」とロムはフェアリーに命じた。


「爆発物を持たせて敵に突っ込ませる、とかもできる?」


「……できるよ」


 俺は思った。


 もしかしたらこれ、特に何も教えなくてもいいかもしれない、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る