悪役モブ貴族に転生したけど、召喚したのはラスボスでした。~もふもふ最強美少女魔王が闇落ちしないよう、全力で愛でることにします~

一森 一輝

少年期編

初めての召喚獣

第1話 悪役モブ転生

 人生で一番ハマったゲームは何ですか? と聞かれれば、俺は食い気味に『サモンイリュージョン』と答える。


 サモンイリュージョンというゲームを一言で表すと、「召喚獣と共に中世ヨーロッパ風ファンタジー異世界を冒険する」ゲームだ。


 そう、よくある「行け! ドラゴン! ドラゴンブレスだ!」みたいなタイプのゲームだ。だが、それだけのゲームではない。


 サモンイリュージョンはオープンワールドゲーなので、主人公は主人公でかなりアクロバティックだったりする。壁は登るし空は飛ぶし召喚獣と一緒に戦うし。


 それがこう、また良いんだ。お気に入りの召喚獣と共に冒険できる楽しさ。召喚獣と主人公の相棒感。気が向いた時に気が済むまで召喚獣を撫でたり餌をやれたりしてさ。


 だからまぁ、何というか。


 別のゲームに転生するくらいなら、このゲームで良かったな、と思ってはいるのだ。


「そこまで! ……坊ちゃん、お疲れ様でございました」


「あ、ああ……。もう、ダメ……」


 俺は騎士団長との早朝訓練を終えて、バタンとその場に倒れ伏した。


 ――――俺の生まれは、『サモンイリュージョン』の世界のとある伯爵家の子息のようだった。


 何で『サモンイリュージョン』の世界だと分かったかと言うと、出会う貴族が軒並み召喚獣を連れていたからだ。


「ハッハッハ! いやはや、十歳でこの訓練に最後までついてられるとは、坊ちゃんも逞しくなりましたな!」


 騎士団長はそんな風に笑って、倒れた俺の頭をくしゃくしゃに撫でる。騎士団長の肩に、ワシめいた猛禽の召喚獣がとまり、キュイと鳴いた。


 相変わらずかっこいいな、ワシの召喚獣。トサカみたいな羽が立ってる。顔立ちが凛々しいぜ……。


「我が召喚獣イグルも、坊ちゃんの成長に感心しておりますぞ! まったくアレだけナマイキ小僧だった坊ちゃんが、ここまでの努力家だとは思いますまい!」


 騎士団長は呵々大笑と笑っている。


 俺は苦い思い出を脳内に想起して、「はは……」と苦笑した。


 『ナマイキ小僧』と言うのは、つまり前世の記憶を思い出すまでの俺のことだ。


 ディアル・ゴッドリッチ。ゴッドリッチ伯爵家子息の三番目。


 甘やかされて育ったクソガキが俺だった。


 記憶を取り戻して真っ先に確認したのは外見だ。


 黒髪碧眼の、この地域の人間としては実に普通の外見。


 それもそのはず。俺はゲーム本編では登場しない存在だ。要するにモブである。


 が、ただのモブではない。ちょっと悪役めのモブ。それが俺ことディアル・ゴッドリッチなのだ。


 どういうことか詳しく説明する。俺はこのゴッドリッチ家の三人目の子供である。つまり上に二人いるということだ。


 具体的には姉が二人ほど。どちらも一つ年上で、双子の姉だ。


 そしてその姉たちが、本編ではしょ――――もない悪役として登場するのである。


 ポジションとしてはいわゆる噛ませ。主人公をバカにしてはあっけなく負けてしまう序盤の敵。けどやることがしょぼいので罰もしょぼく、思ったより出番があるタイプ。


 そしてその末弟で、出番すらないのが、俺ことディアル・ゴッドリッチだった。


「一応主人公と同い年のはずなんだけどな……」


 ゲーム本編の舞台は学園だ。だから登場してもおかしくないのだが、何故か登場しない。


 だから俺は、「しょーもない悪役の末弟」にあたるモブキャラだ、ということは知っていても、詳細な『ディアル・ゴッドリッチ』という人物像は知らないのだった。


「そもそも姉上ズも俺の話題まったく出さなかったしな」


 俺はようやく立ち上がれる程度に回復して、地面に手を突いて立ち上がった。「回復もお早い! これは姉上方も戦々恐々でしょうな!」と騎士団長は笑う。


 『ディアル・ゴッドリッチ』という名前が出てくるのは、姉上の所持品のフレーバーテキストのみだ。


 書いてある一文も「末弟ディアルは姉妹にとっての禁句である」とだけ。


 考察スレでは随分と議論が盛り上がったが、マジでそれだけだったので俺は「どんな派手なやらかしをするんだ」と、自分がディアルであると理解して震えあがったものだ。


 騎士団長との訓練は、その是正の一環だった。要するに「しょーもない悪役姉貴たちが禁句扱いするような大やらかしだけはするまい」という真面目大作戦なのだ。


 俺は立ち上がり、騎士団長に一礼する。「礼節も備わってきましたな。感心感心!」とうんうん団長は頷いている。


「この様子なら、坊ちゃんの召喚の儀もすぐでしょうな!」


「召喚の儀?」


「ええ! 貴族は十五歳のムーンゲイズ魔法学園入学直前か、親が認めたタイミングで召喚の儀を執り行うのです! そして!」


 騎士団長はイグルのあごを撫で、イグルはキュイキュイと撫でる指にじゃれつく。かわええ……。


「召喚獣とは、ムーンゲイズの貴族にとっての生涯の相棒! 魔法は召喚獣より借りて行使するものですし、戦うときも、寝るときも、あらゆる場面を共にするもの!」


 それを聞いて、俺はうずうずしてしまう。召喚獣。サモンイリュージョンでも俺が最も好きな要素。生涯の相棒と聞いて、ワクワクしない訳がない。


「召喚獣は、坊ちゃんに付き従いたいと願って現れます。今の坊ちゃんは立派ですから、きっと現れる召喚獣も立派でしょう!」


「あー本当に楽しみだ! 早く会いたいなぁ召喚獣! ……でも、父上はそう簡単に認めてくれるかな」


 何せ姉上二人にはまだ召喚獣とかいないしな。こういうのは年功序列というか。


 そう思っていると、騎士団長は俺の耳に口を寄せる。


「ここだけの話、……ディアル様のみ準備をせよ、と命令を受けております」


「本当!?」


「ええ! すでに坊ちゃんは私が認めるほどの腕がありますから!」


「でも、姉上たちは何て言うかな。図らずしも順番を抜かしてしまうわけだし」


「弱気になることはありますまい! 文句を言うようなら、分からせてやればいいのです!」


「いや、身内にそんなことはしないよ……」


「あ……訓練中はアレだけ動けるのに、謙虚ですね坊ちゃんは……」


 いやだって、ゲームでのザコ姉妹まぁまぁ面白くて好きだし。


 それでなくとも、俺は召喚獣が大好きなのだ。そしてたくさんの召喚獣に接するためには、その主である貴族と仲良くする必要がある。だから平和主義を貫くスタイルで行くぞ。


 そんな風に思いながら、俺は大人用の剣を担いで、子供用ののままガシャンガシャンと水浴びのために井戸に向かう。


 次は家庭教師の座学だ。遅れないようにさっさと向かわないとな。


 そう歩き去る俺の背中を見つめながら、ポツリと騎士団長は呟いた。


「……まぁ、文句があったところで、あの天才児には何も言えませんか」


 何か言ったようだったが、生憎と俺には聞こえなかった。

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