第2話 いざ! 召喚の儀
翌日のこと。
父上に呼び出された俺は、謁見の間に呼ばれて参上していた。
謁見の間、というのは領主邸にはどこにでもあるような部屋のようで、何のかんの言っても伯爵という偉い貴族なのだなぁ、と思わされる。
爵位の中でも、ちょうど真ん中くらいだったか。領地もまぁまぁ広いしな。
そんな風に思いながら、俺は恭しく歩き、父上のいくらか前でひざを折る。
「父上、ディアルがここに参上しました」
「面を上げよ、ディアル」
「はい」
顔を上げる。父ことゴッドリッチ伯爵は、剽軽な笑みを浮かべ、肩を竦めながら俺を見つめていた。
「まったく、お前が優秀過ぎるせいで、十歳で召喚の儀を認めざるを得なくなってしまったではないか。一年前の放蕩ぶりはどこにいった」
「そうは言いましても……。もう十歳になりますし、わがまま放題ではいけないと思ったのです」
「たしかに成人まであと五年ではあるが、にしても全身鎧で剣を振るえるほどになれとは言ってないぞ」
「それはまぁ興が乗ったと言いますか。にしたって、父上は甘いでしょう」
俺が言い返すと、ぐぬぬと難しい顔になるのが父上だ。
「確かになぁ……。勝手にまともになったディアルはさておき、お前の姉二人は、我が子としては可愛いが、あの奔放ぶりは学園に行かせるのには少々不安が残る」
俺のからかいを真に受けて悩みだすのだから、父も愛嬌がある。
「ともかくだ」
父は俺を見据えて、パンッと膝を打った。
「ディアル。お前は非常に優秀だ。剣を振るえば大人の兵士を圧倒し、座学では家庭教師の方が舌を巻く。となれば、お前を召喚の儀に値すると認めるのが親の務め」
「ありがとうございます、父上」
「ということで、離れに儀式の用意をさせた。召喚魔法とは我が祖国ムーンゲイズ法国に伝わる、貴族の魔法。心してかかれ」
「はい。……ところで」
「何か質問があるのか?」
父の問いに、俺は答える。
「姉上たちはこのことについて何と?」
「ブーブーと文句を言っていたが、『ではディアルのように全身鎧で剣を振って、座学で教師を言い負かせ』と言ったら捨て台詞を言って逃げていったぞ」
「捨て台詞……」
俺は、ハー……、とため息を吐く。呆れのため息ではない。キャラとして完成しすぎてて『これだよこれ……』というニュアンスのため息だ。
「いやぁ……いいですね」
「ディアル、最近分かったのだが、お前はけっこうダメな奴が好きだな?」
「好きですね……」
逆に完璧なキャラとか結構嫌いだ。欠点あっての人間だと思ってる。というか動物っぽいのが好きなのの延長かもしれない。
「あとは二人がお前を受け入れてくれればなぁ……。いっそ敵わないと吹っ切れてしまえばいいものを」
「まぁまぁ、子供は元気が一番ですよ」
「それはそうだが、お前が最年少だという自覚はあるか、ディアル?」
言われて思い出す。そう言えば俺十歳だったわ。忘れてた。
「……人間は完璧じゃないんですよ」
「その繕い方はどうなのだ?」
仕方ないじゃんね、転生者なんだもん。とは言えない話。
ため息交じりに父上は言う。
「お前が大人びすぎているせいで、最近は双子とディアルでどちらが上だったか分からん始末だ。せめて敬語の一つでも使ってやったらどうだ?」
「最初は頑張ってたんですけどね……」
「ああ……そうか。分かった、もうよい。どうせお前は嫡男として迎えた養子だ。姉も妹もないだろう」
「大切な家族ですよ?」
「言わずとも分かっている。気恥ずかしいことを言うな我が息子よ」
父上は口をへの字に曲げて照れている。俺はその様子に苦笑だ。
養子と聞くと複雑な感じがするが、この国このご時世ではそう珍しいものでもないらしい。
特に貴族では、世継ぎが生まれず養子をとるのはよくある話だ。にしたって子供相手に開けっぴろげだとは思うが。
まぁよい、と父上は切り上げた。
「では準備を済ませ、召喚の儀に向かい、召喚獣と契約せよ」
「仰せのままに、父上」
俺は一礼して、謁見の間を出た。
さて、召喚の儀である。
俺は父に言われた通り離れに向かい、中に入った。
離れの中では、かなり大掛かりな準備がなされていた。部屋の中央には巨大な魔法陣。周囲には蝋燭が何本も立てられていて、端には準備していた神官が立っている。
「おや、ディアル様。お待ちしておりました。どうぞこちらに」
神官に招かれ、俺は近寄る。渡されるのは一枚の紙だ。
「召喚の儀の流れについてはご存知ですか?」
「魔法陣を前にして、占いによって判明した食物を食みながら、紙に書かれた文章を詠唱する。すると魔法陣に召喚獣が現れるから、血を与え契約を結ぶ、だったね」
「ええ、完璧です。なお、今回の食物は占いによってパンとワインと判明しました。ワインは酔わない程度の少量ですので、ご心配なく」
成人する十五歳ならまったくお咎めはないが、十歳では多少酒に対する配慮があるらしい。異世界の倫理観だなぁと思いながら、俺は差し出されたパンとワインを受け取る。
神官は、安心させるように、俺に言った。
「現れる召喚獣はディアル様に身も心も捧げたいと願うもの。万一の場合でも、許可なく魔法陣からは出られません。危険のない儀式ですから、気持ちを穏やかにして臨んでください」
「ありがとう。分かったよ」
「では、ご武運を」
神官の目礼を受けて、俺は魔法陣を前にした。神官は静かに離れを出て、扉を閉める。
静寂。あるのは闇と、それを薄暗く照らす蝋燭の火。そこに巨大な魔法陣があるのだから、荘厳さに緊張を感じるのも致し方ないことだろう。
俺は深呼吸をしてから、パンをひとかけら、ワインを一口飲み下す。
「『我、神の名において、召喚の儀を執り行う。此度呼び出すは、我が命運に付き従うもの。我が命運に意志と命を添い遂げるもの。応えるものあらば召喚に応じよ!』」
詠唱を終えると、体の中から何かが出ていった感覚に襲われる。召喚の儀では魔力を使うとあったが、これが魔力か、と失って初めて気づく。
それに従って、魔法陣がゆっくりと、線をなぞるように光りだす。それを目で追いながら、俺は来る召喚獣に思いを馳せた。
―――いやぁ~~~メチャクチャ楽しみだなぁ~~~! 召喚獣! 召喚獣だぞ!
俺はもうワクワクして仕方がない。何せ一生を付き従ってくれる相棒となる相手だ。どんな動物が来るのかワクワクがとまらない。
どんなのが来るかな。格好いい奴かな。可愛い子かな。怖い奴でもそれがまた格好いいんだよな、などと考える。
サモンイリュージョンに登場する召喚獣はもう多種多様で、さまざまな種類がいるのだ。そして俺はそのすべてが好きなので、もう何でもウェルカムといった具合。
何せラスボスに至っても誰かの召喚獣だという設定なのだ。アレは恐ろしかったなぁとゲームの光景を思い出す。
ラスボス。名を『黙示録の仔羊』と言った。
七つある目のどれか一つを開けば天変地異が吹き荒れ、ラッパが鳴らせば大地が狂い、鉢を返せばとうとうこの世が終わりを迎える。
今までの戦闘は何だったんだというくらい強くて、恐ろしくて、しかし悲しいラスボスだった。
というのもこの『黙示録の仔羊』、元は誰かの召喚獣で、その主にめちゃくちゃに虐待されたらしいのだ。
そういうフレーバーテキストがちらほら回収できて、からの主を殺して神罰を食らい、しかし死ねずに狂ってこの世に逆襲を行う、というストーリーがラスボスには存在した。
その戦闘時の姿はもうボロボロで、事情を知って戦うと悲壮感がたっぷりで泣けてくるのだ。
元々は人に近い姿だったのだろうと想像できる肌には、無数のミミズばれや火傷痕。くるりと丸まる角は片方が根っこから折れていて、開かれる七つの瞳は常に涙を流している。
極めつけはモフモフだったのだろうと思わせられる髪の毛が、もうしなっしなで……。
ラスボスに挑みながら、すでに死んだ主を倒させろ! 仔羊救済ルートやらせろ! と何度思ったか分からない。
そんな風に思い出に浸っていると、魔法陣に魔力が行き渡ったのか、より一層魔法陣の光が大きくなった。
「お、そろそろか!?」
俺は現実に意識を戻して、眼前の魔法陣に目を向ける。
その中心に、光の粒子のようなものが渦を巻いた。中に僅かに人めいた輪郭が現れ始める。
「お、おぉ?」
人型の召喚獣、というのは限りなく珍しい。それこそラスボスの『黙示録の仔羊』くらいのものだ。
だから見間違いだろうと思ったが、しかし光に隠れる輪郭はやはり人のそれ。しかも、俺より少し背が小さいくらいの女の子の姿をかたどり始める。
「おぉ? おぉぉおお?」
困惑する俺を前に、パァッと光の粒子が晴れた。魔法陣の神秘的な光を受けて、そこに俺の召喚獣が現れる。
「めぇ……? めー……!」
俺を見付け、表情を一気に華やがせる。それは―――羊のような少女だった。
モフモフの羊を思わせる純白の髪は腰まで長くのばされ、頭にはくるりと角が生えている。年頃は俺より少し下くらいで、クリクリの二つの大きな目で俺を一心に見つめていた。
「おとさま! 会いたかった! おとさまっ!」
パタパタと俺に駆け寄り、魔法陣の防御、バリアみたいな奴に弾かれ「んきゅっ!」と尻もちをつく。
「めぇ~いたぁい~……」
涙目になりながらお尻をさする少女を見下ろしながら、俺は呆然としてしまう。
だってそれは、俺の知るラスボス『黙示録の仔羊』にあまりに似ていたから。
もっと言うなら、可哀想すぎて人気が出た『黙示録の仔羊』の「在りし日の姿」という、SNSで流れてきたファンアートと瓜二つだったから。
「……マジか」
俺は驚愕のあまり、それしか言えない。
――――悲報。ゲームで超絶強い召喚獣を虐待してラスボスに仕立て上げたの、俺だった。
そりゃ姉上たちから禁句扱いもされるわ馬鹿野郎。
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