第19話 武闘は召喚獣と共に

 ユディミルの声が響く。


「護衛の騎士どもは全滅! オレは外で二人を相手取る! 親友は中に入った二人をやってくれ!」


 違和感に声の元を見れば、そこに居たのはアプルと思しき小さなヘビだった。俺に声を告げると同時に、霧のように消えていく。


「なるほどね、本人はまだ外か」


 俺はそう言いながら、敵を観察する。


 男二人組。貴族服ではなく騎士服を身に纏っている。揃って手にはロングソード。刻まれるのはルーン文字。


 それだけなら、すぐに終わりだ。魔法で痺れさせて、制圧すればいい。


 だが、それで済むのなら、ユディミルが取り逃がして俺に頼むわけがない。


「めぇ。あの二人、強い」


「そうだね。外で呪物を埋めていた四人とは比べ物にならない。こちらが暗殺部隊の本隊、というところかな」


 手練れ。俺は思う。生死を掛けた争いの相手で、本当の強者を相手取るのは、これが初めてだと。


「……緊張しすぎるな。ゲームのときを思い出せ」


 ゲームになぞらえて考えれば、俺だって『サモイリュ』を何周もした大ファンだ。敵の立ち振る舞いを見れば、どの程度の強さなのかは想像がつく。


 暗殺者たちは、短くやり取りを交わす。


「敵はガキの召喚魔法使い。ただし、召喚獣は極めてめずらしい人型」


「見りゃあ分かるな。。初手から全部使って挑め」


「おう」


 片方はルーン文字の刻まれた手袋でロングソードをなぞる。するとロングソードの刀身が青白い光を伴って巨大化し、大剣と化す。


 もう片方はロングソードとは反対の手に、複数の投げナイフを持った。投げナイフには、一つ一つルーンが刻まれている。


「―――なるほど」


 俺は理解した。これアレだ。特に名前とかないけど、『こいつ名前もないのに強すぎだろ!』って阿鼻叫喚になるタイプの敵だ。


 つまり嫌な敵! 普通にコントローラー投げたタイプの敵だ! 許さん! お前らにどれだけ辛酸舐めさせられたか!


「メメ!」「めぇ!」


 俺たちは同時に敵に手をかざす。


「「ホワイトサンダー・パラライズ!」」


 真っ白な電撃が放たれる。それに対して前に出たのは、投げナイフの暗殺者だ。


 奴は素早くロングソードを振りかぶり、刀身のルーン文字を素早く手で撫でた。ルーン文字が光る。剣が電撃に振り下ろされる。


【魔切】


 白の雷が、あっさりと切り落とされ、周囲に散り消えた。ああ、そうだよな。そのくらいしてくるよな!


 ナイフ暗殺者は次いで、投げナイフを俺に投げてきた。俺は首を傾け、最小限の動きで躱す。


 だが、俺は知っている。この手の奴らは、ここからさらに技を発展させると。


【転移交換】


 ナイフ暗殺者の姿がぶれる。俺は迷わず振り返り、暗殺者の顔面に拳を叩き込んだ。


 やっぱりな! 投げナイフと自分の場所を入れ替えたとか、そういう奴だろ! 知ってんだよこっちは!


「っ!? なっ、読まれ」「君みたいなタイプには苦戦させられたからね!」


 さらに追いすがり、関節を決めてナイフを奪い取る。その柄を固く握りしめ、後頭部に強く叩きつけた。


「かはっ、ぐ、まだ」


「いいや終わりだ! ホワイトサンダー・パラライズ!」


 至近距離で麻痺の電流を流され、ナイフの暗殺者は痺れて倒れ込む。


 殺気。


 俺は何も分からないまま、横っ飛びをした。直後、俺が立っていた場所に青白い大剣が振り下ろされる。


「チッ、勘のいい!」


「あっぶな!」


 振り返る。そこに居たのは、大剣の暗殺者だ。見ればメメが、大きく袈裟切りにされて地面に倒れている。


「メメッ!」


「だい、じょうぶ。おとさま、召喚獣は、休めば、治る、から」


 言いながら、メメが消える。俺は息をのむが、メメの気配がむしろ近くなったことに気付く。


 実体化の解除。召喚して以来初めてだが、こうやって休むのかと理解する。


 だが、理解と納得は別だ。


「よくも、お前、俺の大事なメメに痛い目見せてくれたな……」


 睨みつける。大剣の暗殺者が、びくりと震え咄嗟に後ずさる。


「……!? な、何だ? 子供の迫力じゃない。お前、何だ」


「うるさい、黙れ。お前は話の通じない獣だ。それに、ふさわしい扱いをさせてもらう」


 バチィッ! と激しく俺の手の中に、電気が弾ける。


 一つ、覚えた。ホワイトサンダーは、普通に撃てば威力が高すぎて危険だ。しかし、至近距離で威力を弱めれば、制御もしやすいし、ダメージそのままに威力を落せる。


 睨み合う。俺は手の内に雷を秘め、敵は大剣を振りかぶる。


 勝負は次の一手で決まる。お互いにわき目も降らず睨み合う。呼吸の乱れすら隙になる間合い。


 動揺した方が、焦れた方が、心が耐えられなかった方が、負ける。


 先に動いたのは、敵だった。


「う、うぉおおおおお!」


 雄たけびを上げながら、敵が倒れ込むほどの前傾姿勢で飛び込んでくる。高らかに構えられ振り下ろされるは必殺の一撃。


 だが俺は、それを鼻で笑う。


「当たれば必殺の一撃は、当たらなければただの大振りなんだよ」


 半身をずらして、俺は大剣の横をすり抜けるように踏み込んだ。大剣の間合いが死に、拳の間合いに肉薄する。大剣の暗殺者には、それに対応し直すほどの余裕はない。


 俺の手の平が、暗殺者の腹部に触れる。


「や、やめッ」


「ホワイトサンダー・ショートレンジ」


 閃光が、瞬いた。


 大剣の暗殺者の身体が、一瞬にして炭化した。白の雷が弾け、まばたきほどの時間で敵を焼き尽くした。


 それは威力を外に漏れないギリギリまで詰め込んだ、限りなく無駄のない白の雷。敵は炭化を通り過ぎ、そのまま灰となって空気に散った。


 パチパチ、と小さな静電気ほどの余波を残し、戦闘空間に静寂が訪れる。


 静寂を破ったのは、無邪気な声だった。


「めぇ! ふっかーつ!」


「はっや」


 メメが静電気の中から復活する。俺、メメがダウンしたのに結構キレたんだけど。何なら人生初殺人までしちゃったんだけど。


 と思っていたら、メメが俺に飛び込んできて、ぎゅうと抱き着いてくる。


「おとさまが倒した相手の魔力吸収して、復活してきた! おとさま、あんなに怒ってくれてありがと! 大好き!」


「……まぁ、メメがそれでいいならいいよ」


 俺はもふもふの頭を撫でる。やはりラスボスというか、メメって回復スペックも高いのか。マジで強いじゃん。直で勝てない相手にはどうしようもないにしても。


 そこまでやって、冷静になる。周囲の貴族たちから集まる視線に気づく。そして背後からの熱い視線も。


「……ディアル様」


「あ、えっと、……け、怪我はない?」


 そのくらいしか言うことがなかった俺に対して、マリアの反応は激烈だった。


「っ! ~~~~~~!」


 言葉にならない声と共に、マリアは俺に駆け付け、抱き着いてくる。


「こ、怖かった、ですわ。メメが切られて、消えて、ディアル様も殺されてしまうのでは、なんて」


 マリアは珠のような大粒の涙をこぼしながら、「でも」と続ける。


「ディアル様、あなたは、あなたは本当にお強い人。……わたくしを守っていただき、ありがとうございます」


 涙をぬぐいながら、顔を赤くしながら、マリアは姫としての品と礼を欠かさなかった。


 それと同時に、周囲から拍手が起こり始める。声を出すこともできなかった空間に、興奮を共有するだけのざわめきが戻ってくる。


「い、今の見たか? 何であの瞬間移動に反応できるんだ」

「見た見た! しかもあの魔法の威力! 暗殺者が一瞬で吹き飛んだぞ!」

「俺はむしろ、あの大剣に飛び込んでいった度胸に痺れた! すげぇ!」

「これは……まずいな。ただでさえ予測不能の十三王子陣営に、これほどの天才が付くとは」

「彼らが学園に入学するのは三年後か。備えねばならんな……」


 単純に俺の戦闘に賞賛を示すもの。政治的に厄介だと警戒するもの。


 俺は疲れ切って、正直もうさっさと家に帰りたい。


 そう思っていたら、群衆の中から二人、見慣れた影が飛び出してきた。


「ナマイキディアル! あ、アンタ! アンタなんて無茶してるのよ!」


「だ、大丈夫~!? いくら魔法があっても、暗殺者相手に素手で戦うって、頭やばくな~い!?」


 双子の姉上ズがダッシュで俺に駆け付けてきて、それから近くのマリアに気付いて慌てだす。


 マズい、事態が混沌と化して来ている。全員何が何やら分かってない。


 そう思っていた矢先、この混乱にトドメを刺す人物が現れた。


「っしゃあ! 親友! こっちは片づけたぞ! いますぐそっちに加勢、して……」


 玄関扉を蹴破って現れたのは、ユディミルだった。神秘的なまでのイケメンな面には血が垂れていて、よほどの死闘だったのだろうと思わせられる。


 が、一方こっちは、女の子四人に集まられ、ちょっとしたハーレム状態。


「……あ、ゆ、ユディミル。無事で何より……」


「……」


 ユディミルの額で、ピクピクと青筋が動く。しかしユディミルは怒りをまき散らすことはなく、深呼吸をして、敵から奪ったのだろう剣を地面に強く突き刺し、叫んだ。


「パーティ! 終了! 解散!」


『……はい』


 みんな揃って従う。ユディミルの決定に逆らえる奴など一人もいない。


 かくして。


 俺とゲームにおけるメインキャラクターがとうとう邂逅してしまう一騒動は、幕を下ろしたのだった。






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