第18話 舞踏はお姫様と共に

 ひとまず無言でいるのも何なので、俺とメメ、マリアの三人で雑談を交わしていた。


「ところで……ディアル様って世話焼きな方なのですね?」


 というか他ならぬ世話焼きマリアから宣戦布告みたいなこと言われた。


「……ど、どうして?」


「いえ、だってメメの扱いがもう」


「めぇ~……」


 俺はマリアの指摘に従って自分のひざ元を見る。そこには俺の膝に腰かけて、心地よさそうに俺に髪を梳かれるメメが居た。


「……?」


「あっ、ご自覚ない……。ほ、ほら、わざわざ舞踏会にまで櫛を持ってきて、召喚獣の髪を梳かす方も少ないのでは?」


「確かに……」


 納得しつつ、俺はマリアの言葉の真意を考える。


 そもそも世話焼きキャラ筆頭のマリアに「世話焼きなのですね?」とかライバル認定意外にないのではなかろうか。


 キャラ被りを疑われている? 俺は想定していない角度からの敵対宣言にヒヤリと冷や汗が垂れるのを感じる。


「で、でもマリアの世話焼きっぷりには敵わないよ。うん。君がこの世界で一番世話焼きだ」


「何をおっしゃっているのですか……?」


 マリアが困惑の目で俺を見ている。違った? 『世話焼きキャラとして、あなたには敵いませんよへへへ(揉み手)』ってメッセージ送ったつもりだけど何か違った?


「「……?」」


 俺とマリアはお互いに警戒の目で見つめ合っている。お互いに真意が掴めていないという顔だ。


 どうしよう。家族以外とのコミュニケーションが久しぶり過ぎてうまくいってない感じがすごいしている。


 そう思っていたら、マリアは言った。


「……ディアル様。わたくしって、世話焼きに見えますか……?」


「……!?」


 俺は瞠目する。マリアに世話焼きの自覚がない……!? え、じゃあ本当に心の底から素で、ユディミルに母親みたいなこと言ってたの?


「だって、ユディミルにああやって世話焼いてるじゃないか」


「アレは、お兄様が心配をかけるのが悪いのです。お兄様は、いつも酷いのですよ? 危険なことはしないで、と言った一時間後には血まみれになって帰ってきますし!」


「それはユディミルが悪いね」


「でしょう!?」


 マリアは怒り心頭、という表情で言う。それでも可愛いのだから美少女は得だ。


「だからせめて、怪我の治療でしたり、身だしなみを整えたり、ということをして差し上げているのです。でなければお兄様はいつも傷だらけでボロボロです!」


「あ~……でもちょっと分かるなぁ。メメもおてんばだから、結構勢いで飛び出して髪の毛ぐしゃぐしゃ、とかよくあるもんね。ね? メメ」


「め、めぇ~?」


 メメは俺から顔を背けてすっとぼける。可愛いなぁメメ。俺は鼻歌交じりに髪を梳く。


「うふふっ、ディアル様はメメを可愛がっているのですね」


「そりゃあもう、たった一人の召喚獣だしね。このもふもふの髪の毛を保つためにどれだけの苦労をしたか……」


「とおっしゃいますと?」


 俺は一つ溜息を落として、マリアに説明する。


「商会でメメの髪質にあった洗髪剤探して比べて取り寄せて、毎日こまめに数時間かけて洗って、髪も一時間ごとに梳く必要があるし、魔法を使うとすぐゴワゴワになるし」


「めぇ……」


 特に嫌なのが魔法である。ホワイトサンダーの予兆というか、メメは感情が昂ると全身に電気が走るのだが、それで髪質が毎回悪化するのだ。


 だから召喚後より今の方が、メメの髪のもふもふ度が高いのは、一重に俺の苦労の結晶である。綿にも引けを取らないもふもふぶりだ。


 俺の語りに、マリアは感心したように手で口を覆う。


「……愛、ですわね」


「愛だよ……」


「め、めぇ。恥ずかしい……」


 マリアの感嘆に俺は渋い顔で頷き、メメは顔を赤くしてもふもふの髪で自分の顔を隠している。可愛い。


 そんな風に話していると、マリアはクスクスと笑いだす。


「うふふっ。初対面なのに、何だか昔からのお友達みたいです。お話していてこんなに楽しいのは、久しぶり」


「そうなの? 十数王子とかいう話だし、家族は多いものと思ってたけど」


「はい。同じ王族と言えども、お兄様お姉様方は、全員王位継承権を争う、腹違いの政敵ですもの」


 ああ、と思う。黙して、マリアの話を聞く。


「貴族相手でも同様で。歴史的にも王族と深く関わる貴族は長生きできませんから、一番上のお兄様方はともかく、わたくしのように影響力の無い姫に声をかける者などいません」


 暗にお前長生きできないぞ、と言われた俺の心境である。


「わたくしが唯一心を開けるのは、それこそお兄様くらいです。でも、お兄様は奔放でしょう? 危ないことばかりして。話していても気が休まらなくて」


「そう考えると、俺は奇跡みたいな存在になるけど」


「ええ、ディアル様との語らいは、奇跡みたいに楽しいんです」


 ぱぁっと曇りない笑顔を向けられて、俺は眩しさにやられそうになる。


 落ち着け。メインキャラとは関わらないのがいいのは分かってるだろ。俺はメメを愛でるだけでいいんだ。それだけでも十分世界平和に貢献してるんだから。


「でも、ディアル様のことを思えばこれっきりですわね。わたくしと無用に近づけば、その分ディアル様が危険視されてしまいます」


 それは、わたくしにとっても本意ではありません。


 マリアは、有無を言わさないようにぴしゃりと言う。拒絶。だが、それは俺のことを考えてのものだ。


 知っていた。知っていたが、現実として接して、改めて思う。


 マリアは優しすぎる。マリアは何も悪くない。なのに、その孤独を、恐怖を、一心に受け止めて生きている。


 マリアルートに入れば、その孤独は『サモイリュ』主人公が癒すことになる。ユディミルは主人公にマリアを託す。そうやって、マリアは幸せになれる。


 ―――だが、だからと言って、黙って見過ごしては『サモイリュ』ファンの名折れだろう。


「今日は、奇跡みたいに楽しい語らいでした。ですが、今後はわたくしには近づかないでください。それが、ディアル様の命を守ることにも繋がります」


「ねぇ、マリア。良ければ一度、ダンスを踊ってもらえない?」


「……わたくしの話を、もしかして聞いていらっしゃらなかったの?」


 マリアは、むっとして俺を見る。俺は肩を竦めて、微笑みかけた。


「聞いてたよ。聞いた上で、誘ってるんだ」


「……命など、惜しくないと?」


 マリアの表情が、さらに険しくなる。マリアは優しい子だ。命を捨てるとか、そういう話にとても敏感で、まるで母親のように正面から叱ってくるような子だ。


 だから俺はこう答える。


「違うよ。俺は命が惜しい。その意味で、ああ、なるほど、だからユディミルは俺をマリアに引き合わせたのか」


「はい……?」


「マリア」


 俺は呼びかけながら、メメを抱き寄せる。


「俺は死なないよ。だって俺は、俺たちは、君が思うよりずっと強いから」


「めぇ! おとさまは強いの! メメも強いの! 二人でね、さいきょーなの!」


 にっ、と笑うと、マリアの瞳で光が瞬いた。マリアは何度かまばたきをしてから「ふふ、うふふっ、うふふふふふふっ」と口を押えて、嬉しそうに笑い始める。


「ああ、なるほど。確かにお兄様の考えそうなこと。『格下の友人なんていらない』って言うのは、そう言うことですか。うふふっ。お兄様も本当に素直じゃないんですから」


「まったくだよ。ユディミルは素直じゃない」


 ユディミルの考えはこうだ。


『格下、つまり弱い人間を友達にすれば、政敵に狙われる。そうなれば命が危ない。友人を危険な目に合わせるなんて御免だ。そんな相手なら、友人にしない方が良い』


 ああ、実に合理的だ。表現がひねくれていて一見分からないが、友達を選ぶというのは、つまり王族のユディミルにとっての思いやりに他ならない。


 そして、同格―――ユディミル同様、暗殺者くらい簡単にひねれる奴なら、存分に友人にできると。


 あの一瞬のやり取りで、そこまで俺の実力を見抜いてしまうのだ。ユディミルの審美眼はどうかしている。


「なら、わたくしにもお断りする理由はございません」


 まるで、花が開く様な笑みを浮かべて、マリアを俺を見る。


「お受けいたしますわ、ディアル様」


 俺の手を取って、マリアは進む。メメが寂しそうにこちらを見ていたが、頭を撫でて我慢してもらうことにする。


「めぇ……。いってらっしゃい、おとさま、マリア」


「はい、行ってきますね、メメ」


「メメも、今度たくさん一緒に踊ろうね」


 俺たちは連れだってダンスホールの中心に参入する。音楽に乗って踊り出す。


 お互いに手を重ね、俺はマリアの華奢な背中に手を回し、マリアは俺の肘の裏に手を当て、リズムに乗って回るのだ。


 それを見て、周囲の貴族たちが目を丸くした。


「おい、見ろ。第七王女がダンスを!」

「相手は誰だ? 暗殺騒ぎがあった直後で、なんて命知らず……。なるほど! 先ほど殿下が言っていたゴッドリッチ家の!」

「今回のパーティは有益な情報が多いな。ディアル・ゴッドリッチ。注目に値する」


 どいつもこいつも政治政治で頭にくる。俺が渋面でいると、くすっとマリアは笑う。


「これが、王族に向けられる目ですわ。ディアル様は、今回の件で、お兄様ともわたくしとも関係を作りすぎました。お兄様陣営と見なされるのは時間の問題でしょう」


「まぁ、仕方ないね。これも一つの縁だ」


「まぁ! そんな簡単に決めてしまいますの? うふふっ、外見に似合わず、剛毅なお人」


「外見に似合わずって。俺、そんなに華奢に見える? 結構鍛えてるんだけどなぁ」


「物腰柔らかですから。でも、その方がわたくしは好きですよ?」


 好きと言われて、少しドキッとする。含みありげにクスクスと笑う姿が、年齢不相応に蠱惑的に映る。


 手を取って踊りながら、マリアは言う。


「ダンスにお誘いいただき、ありがとうございます。実はわたくし、これがこのパーティ初めてのダンスでしたの」


「本当に? マリア可愛いし、そもそもマリアが開いたパーティなのに」


「かわっ……!? も、もう! あまり淑女をからかってはいけませんよ?」


「その反応が一番かわいいけど」


「も、もう!」


 顔を赤くしてマリアは怒る。しばらくそのまま踊っていると、マリアは寂しげに笑って説明してくれる。


「仕方ありませんわ。もう少し上のお姉さまなら、政治的価値と暗殺リスクで釣り合いが取れますけれど、わたくしでは取れませんもの」


「何だか胸が苦しくなるような理由だ……」


 社交界ってこんなにゴミなの? 俺もっとキラキラした世界だと思ってた。


「お兄様もツレないですし。『誰も踊ってくれなかったら、仕方ないから最後の一曲だけ踊ってやる』ですって! お兄様は何様のつもりなのでしょう」


「じゃあ、逆に言い返せるね。『踊る相手がいたから、お兄様と踊らなくても結構です』って」


「うふふふふっ。それ、とっても楽しいですわ! 是非言ってあげましょう。きっとお兄様、目を丸くします!」


 クスクスと二人笑いながら、俺たちは踊る。


 何だか、ひどく心地のいい時間だった。気の合う可愛い女の子と踊る。それは賑やかなのに二人っきりでいるみたいで、何だか甘い気持ちになってくる。


 その時だった。


「親友! そっちに向かったぞ!」


 音楽を裂いてユディミルの警告が響く。見れば剣を持った男が二人、こちらに駆けてくる。


「ひっ」


 マリアはそれに、身を竦ませた。召喚獣もまだ持たず、戦闘能力のない女子が危険を目の当たりにすればこうもなる。


 だがそれは、俺たちにはあり得ない。


「メメ」「めぇっ!」


 俺はマリアの手を引いて背中の後ろに下がらせる。メメを呼んで一気に臨戦態勢に入る。


「さぁやろうか、メメ。楽しいダンスパーティーを邪魔する奴らに、裁きの雷を落としてやろう」


「めぇ! 悪い奴には、天罰なの!」


 俺とメメの手の内で、パツパツッ、と電気が弾ける。


 舞踏会最後の舞いが、始まろうとしていた。

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