第17話 第七王女

 屋敷の中に戻ると、不安そうな貴族の子女たちがざわめいていた。


「皆様、落ち着いてください! 落ち着いてください!」


 警備らしき、騎士服を纏った人々が声を上げている。その周囲で、ざわざわと声が聞こえる。


「自宅のパーティでこの騒ぎとは、第七王女も王位継承権からは遠ざかったな……」


「まぁ、元々そのつもりもなかっただろうし、気にもしないのでは? でなければあの野心家の十三王子とはつるまないはずだ」


「このタイミングでこの一手とは、差し向けた人物はやり手だな。騒ぎだけで評判は下がる。あとは第七王女が生き残れるかどうか……」


 聞こえる内容があまりに物騒で、俺は引いてしまう。そこで、「ふむ」とユディミルは言った。


「マリアの評判はまぁ仕方ないとして、回収できる名声は回収しておくか」


「え?」


「―――傾聴せよ! 我が名はユディミル・イスカリオテ・ムーンゲイズ! 第十三王子、ユディミルである!」


「!?」


 いきなり大声を上げたユディミルに、俺は瞠目する。


「此度皆様を騒がせた不審者は、私がすでに対処した! 皆様におかれては、どうか引き続きパーティを楽しんでほしい!」


 出しなれた通る声で、ユディミルはパーティ会場の全員に呼びかける。


 その不敵な様子に、会場全体が安堵に包まれたのが空気で分かった。


「ああ、十三王子が対処したなら問題ないな」

「まったく、この手の血なまぐさいことに慣れ過ぎだ、あの王子は」

「しかし、これを見越してユディミル殿下を呼んでいたなら、マリア様も侮れないぞ」


 すでに信用があるのか、ユディミルの一声で場が収まっていく。これが王族か、と俺は感心するばかり。


 と思ってたら、何かユディミルが俺を見てニヤッと笑った。


 え、何?


「此度は特に、私に協力してくれた友に感謝を表明しよう! ディアル・ゴッドリッチ! 知る人ぞ知る、天才と噂されるゴッドリッチ伯爵家嫡男が私の力になってくれた!」


「ユディミル? 勝手に何言ってんの?」


「ディアルは私に並ぶ召喚魔法使いで、侵入者を一秒と掛けずに制圧して見せた! 実に頼もしい新たなる友に、皆様からも拍手をお願いしたい!」


 ユディミルの所為で拍手が俺に向けられてしまう。俺はそんな体験初めてで、小声でユディミルに苦情をつけた。


「ねぇ、俺あんまり目立ちたくないんだけど」


「ハッハッハ」


 ハッハッハ、じゃねぇよ。


 俺は苦虫を噛み潰したような目でユディミルを睨む。しかしユディミルはどこ吹く風。


 ユディミルの所為で、周囲の俺への視線が変わる。


「そうか、あのゴッドリッチ家か」

「噂には聞いたことがあるぞ。ゴッドリッチ家に貸した兵士たちが、口を揃えて『嫡男ディアル様は天才だ』と言うんだ」

「とすれば傍にいるあの羊っぽい少女は、召喚獣か? ほとんど人じゃないか。珍しい……」


 周囲から関心の目が集まる。俺はむずがゆくて、ユディミルを睨んだ。「まぁそう睨むな」とユディミルは笑う。


「マリアへの紹介の名刺代わりになる。もう十分だろう。マリアに会いに行くぞ」


「はぁ……はいはい」


「めぇ……。そろそろビリビリさせた方がいいかも」


「メメ、人前でユディミルをしばくのは本当にマズい」


 ユディミルにペースを握られっぱなしで、フラストレーションがたまってきたらしいメメを宥める。ユディミルはチラチラとメメに怯えつつ先導する。


 パーティ会場の中央。そこに、第七王女マリアはいた。


「あ……お兄様」


 ピンクの柔らかそうな髪。真っ白なドレス。ティアラを被ったいかにもなお姫様スタイルは、ゲームで見慣れた姿だ。


 メインヒロインの一人で、人気キャラの一人。可憐な外見もそうだが、とくに取りざたされる要素の一つが―――


「もう! また危険なことをしたんですか? お兄様は何度言っても言うことを聞かないんですから!」


 ……この面倒見の良さだ。兄に対してこれである。ちなみに親密度が上がると主人公にもこんな感じ。本当に姫様?


 基本的に世話焼きなキャラで、怒る姿もプリプリとしていて可愛らしいのもあり、叱られていて何か嬉しいとプレイヤーからは好評だ。


 曰く『マリア……俺の服のアイロンがけをしてくれ……』『食事の栄養管理してほしい。ラーメン食べたら叱ってほしい』『マリア、俺たち結婚しよう』。


 良妻賢母感が強すぎて一部では『マリアは俺のママになってくれたかもしれない人だ!』と強弁するプレイヤーもいるほどだ。


 ……これ本当に姫様のキャラ付けかなぁ?


「何だ、ついでにお前の評判もいくらか戻しておいたのに」


「評判なんて、多少地の底ついているくらいが、王族としてはちょうどいいのです。そうすれば歯牙にもかける必要がない、と無視されるでしょう?」


「オレはそんな惨めなのはごめんだ」


「王族に生まれた時点で惨めも何もないでしょう! 幸せの青い鳥は、いつだって家に帰ればいるのですよ?」


 ユディミルとマリアの言い合いは平行線だ。そもそも価値観が違う、と苦笑しながら、俺は成り行きを見守る。


「ま、それはいい。マリア、先ほどは貴族どもにああ言ったが、実のところ何も終わっていない」


「はい?」


「だから、お前に付ける護衛を連れてきた。親友、挨拶してやれ」


「ええと、ということでご挨拶の機会に預かりました。ディアル・ゴッドリッチです」


「まぁ……! お、お兄様がお友達を連れてきましたわ!」


「そっち?」


 俺はユディミルを見る。ユディミルはそっぽを向いて口笛を吹いている。


「お兄様ったら、『格下の友人なんて御免だ』なんて格好つけて、何度パーティに出席してもいつも一人で……! うぅ、マリアは嬉しいです」


「ユディミル。マリア様泣いてるよ。妹に『兄の友達ができない』って泣かれるの相当だよ」


「……じゃっ、オレはすべきことをしてくる。色々分かったらまた戻ってくるから、適当にやっててくれ」


 ユディミルはそう言い残して、素早くこの場を去って行った。俺は渋面でそれを見送り、メメが「めぇ……もう会いたくない」と嫌そうに唇をゆがめている。


 ……逃げたな。いや、知ってたけど、身内に弱すぎるだろあいつ。


 そう思っていたら、マリアが俺に話しかけてきた。


「それで、ディアル様でしたわね?」


「はい」


 返事をしつつ、俺は振り返る。


「お兄様の初めてのご友人になってくださり、ありがとうございます。お兄様ったらいつも格好ばかり付けていて、口を酸っぱくして叱っているのですけれど」


「ハハハ……。友人というか、何というか。気が合いそうなのは分かったんですけどね」


 雑談の一言も交わしていない相手を、友人と呼んでいいものか、という疑問がある。向こうは勝手に親友認定してきたけど。


「うふふっ。初めはそんなものかと存じます。それと、お兄様のお友達というなら、わたくしにも敬語は結構ですわ。どうぞ『マリア』とお呼びください、ディアル様」


 王女様から一方的に様付けされて、こちらは敬語も敬称もなし、というのは何とも落ち着かないが。


 ともあれ、俺は貴族、王の家来なので従うばかり。


「じゃあ、一応成り行きは伝えておくね」


「はい。拝聴します」


 俺はマリアに、一通り話し出す。呪物による攻撃。パーティ後に計画された襲撃事件。それらの情報をどうやって得たか。


「……」


 マリアは、顔を青くして沈黙していた。だが、大きく狼狽えたりはしない。ムーンゲイズの王族は暗殺に慣れている、というのが改めて伝わってくる。


「話は、分かりましたわ。お兄様が護衛としてディアル様にお願いしたのも」


 青ざめた顔のまま、マリアを頷く。


「承知いたしました。ではお兄様に重ねて、わたくしからもお願いいたします。どうか暗殺者から、わたくしをお守りください」


「もちろん。よろしくね、マリア」


 微笑みかけると、マリアは何度かまばたきをしてから「お兄様が気を許したのも分かりますわ」と呟く。


「……俺、何かした?」


「いえ、理想的な返事と存じます。暗殺者と戦えと言われて、『もちろん』と余裕で微笑む。それも、学園入学前の、十二歳の子供が。うふふっ、理想的な貴族の振る舞いです」


「……なるほど」


 いつもの俺の、自分の年齢忘れてる問題か。こればっかりは直る気がしないんだよな。身体年齢が追いつくのを待とう。


 というか、マリアも俺、ユディミル同様に十二歳のはず。その上で一般的な十二歳像を理解して人物評価をするのだから、まったく賢い限りだ。


 余談だが、ユディミルとマリアが姉弟なのに同い年なのは、やはり腹違いだからである。


「あとは、そうですわね。そちらの可愛らしい召喚獣さんのことも、紹介いただけますか?」


「メメはメメって言うの! よろしくね、お姫様!」


「まぁ! 元気で愛らしい子ですね。ここまでずっと、静かに我慢できて偉いですわね」


「めぇ! おとさまのお話の邪魔しないように、メメ静かにしてた!」


 一瞬で打ち解けるメメとマリア。兄妹でも、メメの対応が全然違うなぁ、と俺は肩を竦めるのだった。

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