第20話 目的は果たされた
パーティからの帰宅翌日、俺は書斎で、父上に事の顛末を話していた。
「……やってくれたな、ディアル……」
はぁああ……と大きなため息を吐かれる。俺は目を細めて唸る。
「や、やっぱりマズかったですか?」
「マズい……というか、判断に極めて困る状況になった。今回の王位継承権争いは、ようやく役者が揃い、始まったばかりだ。なのにお前は、早々に十三王子に賭けてしまった」
何となくニュアンスを掴む。アレか。最後の趨勢だけ見て勝ち馬に乗るのが賢いのに、初手全ベットしちゃったみたいな。
「正解ではない。が、間違いでもない。ユディミル殿下が法王になれば、ディアルは枢機卿くらいにはなれるだろう。だがそれ以外の場合、分かるな?」
「ハイリスクハイリターンが過ぎる、と」
「そういうことだ」
理解して親子で唸る。やっぱそうだよなぁ~。乗り掛かった舟、で手を貸していい範囲、大きく越してたよなぁこれ。
「だが、十三王子に賭けてしまったとなれば、なしたことは満点ではきかん」
渋面のまま、父上は俺を褒めに掛かる。
「ユディミル殿下が気を許す一番の臣下という座は、もはや揺るがぬだろう。それだけのことをお前はした」
「え、いやぁ、そこまでは」
「いいや、ディアル以外にはできなかったことは、殿下が一番よく分かっているはずだ」
そう言われると、俺はこそばゆくて何も言い返せなくなる。
「また、マリア殿下とも親しくなれたのも大きいぞ。確かに政治的には難しい役どころだが、伯爵家という爵位で唯一手が届く王族は、マリア殿下くらいのものだろう」
「はい? どういう意味ですか?」
「ディアル。お前は今回、何を目的に舞踏会に行ったのか忘れたのか?」
俺は思い返す。そもそも俺が舞踏会に向かったのは――――婚約者探しのためだったと。
「いやいやいや! いやいやいやいやいやいやいや!」
「何だ。不満か?」
「いや全然不満じゃないですけど!? かなり可愛いとは思ってますけど、それとこれとは別の話で」
「不満じゃないなら私の方で動いておくぞ。乗り掛かった舟、というかすでに乗ってしまった舟だ。ユディミル殿下が王位争いに勝ったとき、得られるすべてを取りに行く」
「ご、強欲……!」
「それが貴族だ」
えー? と思う。思うが、マジか。俺、マリアと婚約者になるの? え? 本当に? ちょっと暗殺者撃退しただけで、そこまで行っちゃう?
「話は以上だ。次にルルフィーが控えているので、さっさと出ていけ」
「父上、何か冷たくないですか? もっと息子に優しくしてくださいよ」
「うるさいぞディアル。王族の婚約者を迎える準備をしておけ。ユディミル殿下に全身全霊を尽くせ。勝てば公爵家も夢ではないぞ。負けたら家が潰れかねんが」
「うぅ……頑張ります……」
トホホ……と俺は書斎を出た。するとすぐそばにルルフィーが控えていたので「空いたよ……」と告げる。
「キャハハッ! ディアル、変な顔~! 怒られ慣れてない坊ちゃんはこれだから~!」
「はいはい。何でルルフィーが呼ばれたのか分からないけど、さっさと行きなよ」
「はぁ~い」
俺と入れ違いで、ルルフィーが書斎に入っていく。俺は「ふぅー……がんばろ」と呟いて、廊下を前に進むのだった。
【ルルフィー】
ルルフィーが書斎に入ると、開口一番、お父様はこう言った。
「で? どこまでお前の思惑通りだ?」
ルルフィーは「ん~っ」と唇に触れながら考え、ニヤァと笑って、こう答える。
「七割くらい~?」
そう答えると、お父様はため息交じりにこう言った。
「未熟者め。手の内の割れている政争くらい十割読み切れ」
「お父様は厳しすぎ~!」
ルルフィーはぶーぶーと文句を言う。しかしお父様は肩を竦めてどこ吹く風。
むっ、と口を曲げて、ルルフィーは言う。
「だって、ディアルが思ったより暴れるんだもん。話は聞いてるでしょ~?」
「ディアルが素手で暗殺者二人を処理した話か?」
「それ~! お蔭でこっちは、ディアルの加勢用に話付けてた人達、全員意味なくなっちゃったし~。恩の売り損だったんだから~!」
「その程度、『想定範囲内の想定外』というものだ。ディアルならこのくらいは外してくる、という読みをすべきだったな」
「じゃあお父様はそこまで読んでたの~?」
ルルフィーが言い返すと、お父様はニヤリと笑って言った。
「バカを言え、すべて寝耳に水だ。よくも私が第五王子擁立ルートで練っていた準備を、すべておじゃんにしてくれたな。お蔭で家の評判は、ユディミル殿下派筆頭だ」
「キャハハッ! お父様のザコ呪術師~! 良かったね~子供たちが優秀で~」
「まったくだ。私の準備と手間を知った上で台無しにするほど胆力のある呪術師に、齢十二で暗殺者を素手で倒す天才と来た。癒しは生真面目な長女だけだ」
「サテ姉はじわじわ頭角を現し始めてるけどね~……。ディアルと似た雰囲気が出始めてるし~……こわ~」
それで、とルルフィーは尋ねる。
「アタシにはお小言はないの? 結局アタシの干渉はほとんど最小限に収まったけど、この方向性の着地を決めたのはアタシだし」
「先ほどのディアルへの小言は、覚悟を決めさせるのが主な目的だ。ルルフィーは分かってやった以上、覚悟も何もないだろう」
「ま、そうだけどね~」
「だが」
お父様はルルフィーを見る。真剣そうな面持ちで問う。
「この流れならば、正妻はまず間違いなくマリア姫殿下に落ち着くぞ。ルルフィーはそれでよかったのか?」
「だって、アタシとかサテ姉が正妻に収まるのは外聞悪いし~」
「外聞程度、呪術師ならばどうとでもできるだろう」
誤魔化すな、という目で、お父様はルルフィーを見る。ルルフィーは含みを持たせて笑みを浮かべてから、こう言った。
「……これでいいの。色々考えたけど、ディアルには英雄になってもらうのがいいかな~って思って。そうすればほら、奥さんがたくさんいても違和感ないでしょ~?」
「なるほど、一番を取るのではなく、パイを増やす策に出たか」
「まぁね~。キャハハッ、賢いでしょ~。っていうか、息子と娘がくっつくことには、そんな反対しないんだね~お父様」
「それはそうだ。どちらにせよ呪術師としての血は繋がねばならん。ゴッドリッチ家の表の血脈がディアルなら、裏はお前だぞ、ルルフィー」
「わぁ責任重大~」
ケタケタと笑うルルフィーに、淡々と述べるお父様。呪術師たちの悪だくみは続く。
【マリア】
あのパーティの日以来、ディアル様の顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
「うぅぅぁぅぁぅううう~~~」
お兄様とのお茶会をしていても、マリアはそんな調子だった。
ぽーっとして、自分を守るために戦うディアルの姿を思い出して、彼は勝利後に照れくさそうにはにかんで、マリアの安否を確かめてくれて。
そんな光景を思い出すと、マリアは顔が真っ赤になって、何度だって悶えてしまうのだ。
「ハッハッハ、会話にならん」
いつものように鷹揚に笑いながら、お兄様ことユディミル殿下はお手上げのポーズをとる。
「まったく。マリア、いつになったらお前は、親友の思い出から抜け出してくるんだ」
「だっ、だってお兄様! あ、あんな、あんな風に素敵に守られては、この、乙女心が爆ぜてしまいそうなのですよ!? あんな素敵な人を紹介して! どうしてくれるのですか!」
「大分理不尽な怒り方してるが自覚あるか?」
「ありません!!!」
「威張って言うなバカ妹」
ペシンと平手で頭をはたかれ、「ぁぅぅ……」と頭を押さえてしょぼくれるマリアである。
場所はパーティ会場にもなった、マリアの邸宅。その庭のテラスで、木洩れ日を受けながら、二人はティータイムを嗜んでいた。
「それで……? 今日は、お兄様は何の御用でいらっしゃったのですか……?」
「何だ、ご挨拶だな。用事がなかったら来てはいけないのか」
「用事がなくても来てください、と言い続けているのはわたくしの方です」
「これは一本取られたな。まぁこれを見ろ」
「何ですか? 手紙ですか」
お兄様の取り出したのは、一つの封筒だった。立派な封蝋がしているのを見れば、貴族が書いたものであるということは一目でわかる。
「これは……どちらの家紋でしょう」
「何だ、不勉強だな。お前の愛しの貴公子、ゴッドリッチ伯爵家の家紋だろうが」
「まぁ! えっ!? 何がどういう、えぇっ!?」
「混乱し過ぎだ。ひとまず開けるか」
「ま、まままま、待ってください! こ、心の準備をする時間を……」
「どのくらいだ」
「す、少し。ほんの十秒で構いませ、お兄様! もう開けてますわ!」
「待てるか十秒も」
「十秒くらい待って下さい!」
お兄様は封蝋を剥がし、手紙を中から取り出した。開いて机の上に広げるので、マリアは食い入るように見てしまう。
「はしたないぞ、マリア」
「良いのです。お兄様と使用人しか見ておりません」
「口が達者になったものだ」
ほとんど考えずにお兄様をあしらいながら、マリアは手紙の内容を入念に読み込む。
「えっと、時候の挨拶、今回の事件の要約、本題で『故に、此度の縁を大切にすべく、貴殿の妹君、マリア姫殿下と、我が息子ディアルの婚約を申し込みたく』―――!?」
「おう、めでたいな。渡りに船と言う奴だ」
マリアは硬直する。婚約。婚約? 目で見た文言が信じられない。婚約? マリアの知る婚約と同じ意味だろうか。そもそも婚約とは何か? 何がどうなることが婚約なのか?
「マリア?」
「……だ、ダメです。思考がまとまりません。創造主とは、この世界とは……」
「お前は昔から慌てると何もできなくなるな。では断って」
「絶対にダメです!!!!!!!!!!」
「ハッハッハ。ではその通りに返事をしておくぞ」
「えっ、あっ、えっ」
マリアは慌てるが「用事はこれだけだ。親友、おっとこれからは兄弟と呼ぶべきか? まぁディアルがオレに付くなら何でもいい」と言って、お兄様は去ってしまう。
「え、えぇ、ま、待って、えぇぇえええ……!?」
そうして、テラスには一人悶々と困惑するマリアばかりが、鳥のさえずり、美しい木洩れ日の中に取り残されるのだった。
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