第21話 舞踏会をもう一度
早朝訓練、朝食後の座学、昼飯と一通り済ませて自由時間になった頃、俺の前にサテラが立ち塞がった。
「ディアル! ここは通さないわよ!」
「……これからカツアゲでもされるの?」
「しないわよ! 淑女がそんなガラの悪いことする訳ないでしょう!」
ナマイキディアル! とサテラのいつもの叫びを聞いて場が整う。
「じゃあ何の用さ。俺は一昨日のパーティで疲れたから、しばらくはメメを愛でて暮らすんだ」
「本当にディアルってメメ好きよね……。まぁそれはいいのよ別に! いい!? ディアル! 心して聞きなさい!」
サテラがビシィ! と俺に指を突き付けて言う。
「そのパーティで! 私はディアルと踊ってない!!!」
「……ん?」
うん、そうだね。と一瞬同意しそうになったが。
これはもしや……?
「踊ってほしいってこと?」
「そうよ! 察しがいいじゃない!」
ああ、いつものアレだな。大声だから怒ってる風だけど、本人的には特に怒ってないやつ。
前々から気付いてはいたのだが、サテラ、別に怒ってないことの方が多かったりする。大声で表情が厳しいから怒って見えるだけで、本人としては素というか。
「じゃあ踊る?」
「い、いいわよ! まったく、ディアルはお姉さま離れしないんだから!」
顔を赤くして、サテラは「ふんっ」とそっぽを向く。俺は苦笑しつつ「じゃあダンスレッスンに使ってた屋根裏に」と提案する。
そこに乱入してきたのが、メメとルルフィーだ。
「めぇ! メメもメメも! メメもおとさまといっしょに踊りたい~!」
「あー! サテ姉またズルしてる! サテ姉が踊るならアタシだってディアルと踊る~!」
わー! と駆けつけてくる二人に、俺とサテラは目を丸くする。最後に父上が俺たちの横を通り過ぎつつ、ちらと横目で俺を見た。
「随分とモテモテだな、ディアル。マリア姫殿下だけとは言わず、全員娶るか?」
「からかわないでください、父上」
「半分くらいは本気だぞ?」
「息子を困らせて楽しいですか」
俺が睨むと、父上はにぃっと笑った。
「実に楽しい」
「はいみんな行くよ。父上のことは無視だ無視」
「ハハハ、愉快な奴め」
そんな訳で、俺たち四人は屋根裏部屋に向かう。
屋根裏部屋につくなり、サテラが言った。
「こういうのはね、年功序列なのよ! だから私からディアルと踊るわ!」
こいつ。
俺はサテラのちゃっかり具合に苦笑するが、他の二人は特に異論はないようだった。何だかんだ長女のサテラは、他二人からは尊重されているのだ。
「じゃあ一番短い曲にするね~」
「めぇ、サテラもルルも早く踊って!」
まぁ順番以外はこの様だが。
ルルフィーが蓄音機っぽいアーティファクトに触れて、適当にいじる。するといかにも舞踏会らしい曲が流れ始める。
「いいね。じゃあサテラ、一曲どう?」
「ふんっ! お姉さま離れしないディアルのために、仕方ないから一曲だけ付き合ってあげるわ!」
俺の差し出した手を取って、サテラは近づく。俺はサテラの腰を取って、ゆったりと音楽に乗って踊り出す。
至近距離から見たサテラは、最初ちょっと照れくさがって赤面していたが、すぐに落ち着いた笑みを浮かべた。
優しい笑みだ。話し出すとああだが、黙っていれば可愛いもの。
黒のツインテールが踊りに揺れ、宙を舞う。
俺が一番ダンスレッスンを共にしたのはサテラだったから、ダンスの相手としては実にスムーズだった。音楽に乗って踊る、と言うだけの楽しさが、一番すんなり感じられる。
「ねぇ、ディアル」
小声のサテラなんて珍しくて、「何?」と俺はまばたきする。まぁこの至近距離で叫ばれたら嫌だが。
「今回の舞踏会、楽しかった?」
「あー……大変だったかな」
「そう言うことじゃないわよ」
足を踏んづけようとしてくるので、俺は華麗に躱す。
「ナマイキディアル」
「まだまだだね」
「ふんっ。……最初ちらっと見た時、何だか目を回してたから」
そっぽを向いていうサテラに、俺はさらにまばたきを繰り返す。
「心配してくれてたの?」
「当たり前でしょう? 誰がダンスをアンタに叩き込んだと思ってるの」
「それはまぁ、サテラだけど」
「ダンスはね、楽しむものなの。楽しんでなかったら、教え損よ」
サテラの言い分を聞いて、俺はサテラを見直す。
何だかんだ、一番姉らしく姉をやっているのは、サテラなのだと思う。
頑張り屋で、いかにもツンデレっぽく見えるが、ルルフィー、俺、メメと素直じゃない弟妹を持てばそうもなる。本当は、まっすぐな女の子なのだと。
だから、俺は言う。
「でも、楽しかったよ。最後のマリアとのダンスとか……あとは今とか」
「……今も楽しいの?」
「もちろん。サテラとのダンスは楽しいよ」
「そう。……ふふっ。ナマイキディアル」
曲が終わる。俺から離れて行きながら、サテラが「満足したわ。ディアルのダンスもまだまだね」と寸評する。実はこれ競技ダンスだった……?
「はいは~い! 年功序列だから、次はアタシ~!」
跳ねるように近づいてきたルルフィーが、俺の手を取る。曲はアップテンポな楽しい曲。ちょっとだけ不気味さが混じっているのがアクセントだ。
二人ではしゃぐように踊る。こんな踊り方は教わっていないが、基礎があるからノリで何とかなる。ルルフィーの見様見真似だ。けど楽しい。
ルルフィーはいつもの通り肌を多めに出す着こなしで、躍動感ある踊りにサイドテールが跳ねている。
「キャハハッ! まだまだダンスは不慣れみたいだね~ディアル~」
「そりゃあ経験は、二人に比べたら少ないからね。勉強中だよ」
「も~、ディアルったらいっつもああ言えばこう言うんだから~。からかい甲斐がないんですけど~」
「からかいスキルが足りてないルルフィーが悪い」
「ムカッ! それ、最近で一番ムカツク~!」
ルルフィーは「むーっ」と俺を睨んでくる。だが楽しいダンスの前には、そんな怒りもすぐに吹き飛んでしまう。「キャハハッ!」と二秒後には上機嫌だ。
「でも、大変なことになっちゃったね、ディアル~」
「大変? ああ、大変と言えば大変かな」
ユディミル陣営に組み込まれたこと。マリアとの婚約。一夜にして状況は、確かに一変した。
「……後悔してる?」
ルルフィーが珍しく探るような声で聞いてくるから、俺は訝しく思いながら答えた。
「全然? むしろ、いい出会いだった。あの二人はここまで深く踏み込まないと、長く付き合うことは難しかっただろうからね。俺は、これで良いと思ってるよ」
「―――――……ふ~~~~~~~ん?」
「何さ」
思わせぶりすぎるだろその反応。
「じゃあいいけど~。……でも、そっか。駒にする怖さとかって、こう言うことなんだね~。あーこわいこわい。たいさ~ん」
妙なことを言いながら、ちょうど終わった曲と共に、ルルフィーは俺から離れて行く。
サテラに「ルル、ディアルはどうだった?」と聞かれて、ルルフィーは「んー、合格ギリギリ?」と返す。おい。
「最後はメメ!」
ぴょーん! と俺に抱き着いてくるメメ。曲は一転して、またゆったりと落ち着いたものになる。
メメは満面の笑みで、ゆっくりと俺に合わせて動く。そうか。メメはレッスンしてないから、俺がリードすることになるのか。
二人に比べて小さな背丈のメメを、俺は優しくリードする。もふもふの髪が、ゆったりとはためく。
「めぇ、おとさまとダンス、楽しい!」
「ははっ、それは良かった」
「だってね、ずっとずっと楽しみにしてたの! おとさまとマリアが踊る時、おとさま『今度たくさん踊ろうね』って言ってくれたでしょ?」
「……。……そうだね」
口が裂けても忘れてたなんて言えない。
「めぇ。おとさまの近く、ほわほわして、ポカポカして、ドキドキする。楽しくて、幸せ!」
メメは満面の笑みで、俺に合わせて踊っている。音楽に乗って動く、原始的な楽しみを存分に味わっている。
この屋根裏部屋は、窓から日の光が差し込んでいて、立地にも拘わらずとても明るい。足元の木の板は下の廊下よりも手入れがされず軋んでいるが、それが逆に楽しかったりする。
曲が終わる。サテラ、ルルフィー、メメが「次は私ね!」「もう一回ディアルと踊っちゃおうかな~」「めぇ! もう一曲続けて踊ろ?」とねだってくる。
「はいはい、順番ね」
俺は三姉妹を宥めながら、こんな日も悪くないと、そう思った。
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