原作主人公
第22話 受験期の前のこと
早朝訓練で、サテラと向かい合っていた。
お互いに手に持つのはレイピアの模造剣。筋力差を可能な限り埋めて、対等に近い状態で戦うための選択だ。
初夏の早朝の訓練場に、涼しい風が流れる。
騎士団長が腕を組んで。メメが固唾をのんで。サテラの召喚獣のカラス、ワンダが俺たちの宙を旋回して、俺たちを見つめている。
「では両者、尋常に見合って―――」
騎士団が高らかに声を上げる。周囲の兵士たちも真剣な目で俺たちを見つめている。
「―――模擬戦、始めッ!」
俺とサテラは、同時に動き出した。
先手を打ったのはサテラだった。素早く、キレイな姿勢で突きを放ってくる。俺はそれを目視で捉えて躱し、サテラの死角を狙って突きを繰り出す。
だが、サテラは反応した。「ナマイキディアル!」とレイピアを翻し、受け流す。
「だから言ってるでしょう!? 私の死角は、ワンダが潰してる! そう言う小細工は意味がないのよ!」
「ハハハッ! メメほどじゃないにしろ、羨ましいよワンダの能力は!」
サテラの召喚獣、カラスのワンダの特殊能力は、主人との視界の共有だ。
これがまた厄介で、こう言う風に直接戦闘で空を飛んでいると、戦闘状況が筒抜けになる。かくれんぼなんか絶対勝てない。
ちなみにルルフィーの召喚獣、オリーブの枝をくわえた鳩のオリベルも、同じ能力があるという。流石双子、と思ったものだ。
俺は以前よりずっと強くなったサテラに、楽しくなって次々に突きを繰り出した。そのすべてを的確に躱し、サテラは反撃を放ってくる。
受け、からの弾き。肉薄。至近距離になって、俺とサテラは同時に飛び退く。
「っていうか、ワンダの補助ありきの私と、素で対等なのおかしいでしょ! ナマイキよ! ナマイキディアル!」
「まぁまぁ、そう言わ、ずッ!」
「これしきッ!」
突き、流される。楽しい。かなり高度な剣戟を交わしているという感覚がある。
そんなやりとりを、だいたい十五分。お互いに全力で動いたせいで、「そこまでッ!」と終了の笛が騎士団長から鳴らされた時、二人してその場に崩れ落ちた。
「くぅ……! また勝てなかったぁ……! ナマイキディアルぅ……!」
「こっちの、セリフだよ……! つっかれたぁ……」
「お二人とも、お疲れ様でございましたな!」
「めぇ! 二人ともすごかった!」
俺とサテラに、メメと騎士団長が近寄ってくる。騎士団長は飲み物を手に、メメは俺たちにぶっかけるようの桶水を手に。
「めぇ!」
ばっしゃーん! と一思いに俺たちは水をぶっかけられる。汗だくでダウンしていたので、心地よく「「ふぇえ……」」と揃ってその場に伸びた。
「いや……あの二人すごいな」
「目で追えたか? あの動き」
「無理無理! 全然分かんないって! 何だよあの反応速度!」
「天才ディアル様に、女だてらについていけるサテラ様がすごいのか、あるいは召喚獣の手を借りて戦うサテラ様を、平気で相手取れるディアル様がすごいのか……」
観客を気取っていた兵士たちが、難しい顔で唸っている。完全に見世物だな、と思いつつ、俺は苦笑しつつ立ち上がった。
「ふぅ、あー楽しかった。サテラ、本当に強くなったね」
「えぇ……何でもう立てるの……? ナマイキディアル……」
サテラは全然立つ様子がない。仕方ないので背負ってあげると「仕方ないから背負われてあげるわ……」とツンデレムーブだ。
水を一杯ずつ受け取り飲み干し、渡してくれた騎士団長に一礼して、メメと共に井戸へと移動する。
服までびしょぬれなので、諸々着替えねばメイドたちに屋敷に入れて貰えないのだ。
歩きながら、俺は言う。
「でも、サテラは頑張ってるよ。ルルフィーも。もう受験まで一年切ってるしね」
「そうよ……。受験って嫌ね。心が苦しくなるわ」
井戸まで移動して、ヘロヘロのサテラを地面に下ろす。
動けそうになかったので「脱がせる?」と聞くと「淑女になんてことを聞くの!」と叱られる。まぁそれはそうか。
俺は家族の目など気にしないので、さっさと訓練服を脱いで、井戸水をもう一杯浴びる。自分の身体を見下ろして、我ながら中々の筋肉だな、なんてことを思う。
「……何よその体付き……ナマイキディアル……」「めぇ……おとさまムキムキ……♡」
女の子二人からの視線は完全に無視する。
かつての舞踏会から、また一年。俺、ディアル・ゴッドリッチは十三歳になっていた。
つまり一歳年上の姉上ズは、揃って受験生という訳だ。
受験。受験である。
一歳差と言いつつ、二人してもう十五歳だが。ともかく、姉上ズの二人は、忌まわしき受験に挑む身なのだ。
そのこともあって、サテラとルルフィーは二人して、受験勉強に励んでいた。
といっても、単なる勉強には留まらない。
貴族の子女が、入学を義務付けられているムーンゲイズ魔法学園は、試験科目に様々なルートが用意されている。
魔法試験、武術試験、座学試験。
魔法学園と銘打ちながらも、座学一本で入ることも不可能ではない。武術だけでも卓越すれば受かる。もちろん魔法が優れていれば合格は間違いない。
年齢的に高校を想定していたのだが、実態は大学に近いのだ。
しかも七年制。高校三年間に大学四年間、と思わせておきながら、実質的には大学三年間の大学院四年間に近い。
後半四年間、なんならガチで軍の指揮をして、その軍事戦略を研究レポートにまとめる、とかあるんだよな。実践軍事理論という訳だ。やべぇ。
そのため、サテラは武術に座学、実技マナーの三本槍。ルルフィーは座学、実技マナーの二本槍で試験に臨んでいる。
試験難易度はちゃんと難関だ。とはいえ、それは平民の話。子供のころからちゃんと家庭教師を雇って教育を受けている貴族には、勤勉なら受かるという程度だという。
ただ、その基準が義務だというのだから、まぁ貴族の子女は大変だ。試験に落ちれば翌年の試験まで入学はお預け。入学が遅れるほど外聞は悪くなる。
だからサテラもルルフィーも必死である。訓練こそ一緒にできるが、遊びなんてもっての外、という雰囲気がある。
俺も来年は受験生かぁ、と思うと多少気が重い。
いや、過去問の点数的に余裕そうではあるのだが。油断できない性質なもので。
そんな風に朝の訓練を終えて、昼の座学を済ませ―――と日課を一通りこなした午後のこと。
今日は何しようか、とメメと一緒に歩いていると、メイドから声をかけられた。
「ディアル様、メメ様。第七王女、マリア様がお越しです」
「めぇ! マリア来た!」
メメが興奮に声を上げる。俺は何だか照れ臭いような気持ちになりながら「ありがとう」とメイドに告げて、応接室に向かった。
「まっりあ、まっりあ!」
俺の横を歩きながら、メメはマリアの名前で鼻歌を歌っている。よほど懐いているのだろう。俺はその様子が可愛くて、微笑みながらその頭を撫でる
第七王女マリア。去年の一騒動の末に、俺の婚約者となった少女。
婚約者になってからというもの、度々この屋敷に顔を出すようになっていた。大体二週間に一回くらいの頻度で、遊びに来てくれるのだ。
応接室について、扉を開ける。すると、彼女は応接室の奥で淑やかにソファに腰掛けていた。
俺は声をかける。
「いらっしゃい、マリア」
すると、マリアはこちらを向いて、パァッと顔を華やがせた。しかしすぐに表情を引き締め直し、緊張した様子でピンクの長い髪を撫で付ける。
「ごっ、御機嫌よう、ディアル様。本日も歓待いただき、誠にありがとう存じま「マリア~~~!」きゃあっ!」
マリアの畏まった態度が、メメの突撃で木っ端みじんに粉砕される。「マリアマリアマリアマリア!」とメメは、マリアのお腹にぐりぐりと顔を押し付けている。
「うふふっ、もうメメったら甘えんぼ、いた、いたたた、メメ、いた、いたいです。角。角がお腹を抉っていたたたた」
「メメ、マリアに会えてうれしいのは分かるけど加減しよう」
俺は粛々とメメを抱えてマリアから離す。マリアがお腹を押さえてグロッキーになっている。
「あ、ありがとうございます、ディアル様……」
「めぇ、ごめんね、マリア……。メメ力入れすぎちゃった……」
「俺からもごめん、マリア。メメも、謝れて偉いね。俺がもうちょっと捕まえるのが早ければ」
反省である。最近のメメの身体能力、めちゃくちゃ高いからなぁ。単純な体術だと、俺はもう相手にならない。
しかしマリアはやはり優しくて、しゅんとするメメの手を取って引き寄せる。
「いいんですよ、メメ。それだけ好いてもらえているのだと思えば、痛みなど気になりません」
「顔まだ青いけど」
「気になりませんっ」
意外に意思が強いマリアである。
「メメ、こちらに来てください」
「めぇ~」
マリアはメメを膝にのせて、メメの頭を撫でる。その様子は慈愛に満ちていて、姉妹を越えて母子のようだ。
メメも気持ちがいいのか、目を細めてうっとりとしている。可愛いなぁメメ。そしてメメを可愛がるマリアも可愛い。
俺は前世の『サモイリュ』ファンの気持ちが蘇って、なんて尊い光景なんだ……。と内心で拝んだ。
何せ世界にイジメ抜かれて、復讐しか頭になくなってしまったはずラスボスを、優しく撫でて慰めるヒロインの図である。
ファンとしてはこれだけで救われた気分だ。泣きそう。
とか思っていると、メメは「満足!」とぴょんと立ち上がった。
「じゃあメメ、マリアのためにお茶菓子持ってくるね! おとさまもゆっくりしてて!」
「メメ? お茶もお菓子もうあるよ?」
「じゃあ行ってくる!」
メメは俺の言うことも聞かず、素早く部屋から出ていってしまう。
一番賑やかなメメがいなくなって、部屋が静寂に包まれた。シン……とした空気の中、再び緊張が戻ってくる。特にマリアに。
「め、メメも早とちりですね……」
「……そうかな」
部屋出ていく瞬間、こっち見てニヤッとしたんだよなメメ。多分、分かってやってる。
恐らく、婚約者水入らずで、という要らない気づかいだろう。サテラ、ルルフィー相手だと張り合うのに、何故かマリアだとメメは俺を譲るのだ。ちょっと寂しい。
そう思っていると、マリアがじっと俺のことを見つめていることに気が付いた。
「マリア?」
「あっ、いえ、その、ふ、二人っきりだな、なんてことは本当に全然思ってなくてですね」
「完全に思ってる人の物言いだけど」
マリアは赤面して、両手を振りながら何かよく分からない弁明をしている。
俺はずっと立っているのも何だから、とマリアの隣のソファに腰掛ける。するとマリアはまんじりともせずに俺のことを見つめた。
「……流石にそこまで熱烈に見つめられると困っちゃうなぁ」
「あっ、いえあの違くてっ。わ、わたくしはただ、その、ディ」
「ディ?」
マリアは恥ずかしそうに、両手の人差し指をツンツンと合わせながらこう言った。
「ディアル様の頭も、撫でてみたいなって……」
「……」
急に母性出してくるじゃん。
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